彼女のいない過去には興味がない。
彼女と結ばれない未来にも耐えられない。
それでも時々、どうしようもない嫉妬心と独占欲に駆られては頭の中をよぎることがあった。
彼女の初めての恋人が俺だったら、と。
*
特大サイズのマットを広げてリビングを占領している彼女は、体の可動域の限界にでもチャレンジしているのだろうか。
しなやかに開脚して右側に上半身を倒したと思ったら、上の手が背中側に曲がっていった。
膝に向いていた顔が天井を仰ぎ、後頭部と膝がくっつき始める。
……いつ見ても凄いな。
苦し気もなく一連の動作をこなした彼女の姿を、ソファに座りながら見ていた俺の素直な感想だった。
左右2セットずつこなしたあと、ひと息ついた彼女の背中に向かって声をかけた。
「俺たち、高校生でつき合えていたらどんな未来になってたと思います?」
こちらを振り向くことなくゆっくりと立ち上がる彼女は、さらりととんでもないことを言い放つ。
「私と元カレが虹の橋を渡ってそう」
「勝手に人を犯罪者にしないでください。あと、ふたりで仲良く三途の川渡れると思ってるんですか?」
マットをくるくる巻いて片づけていく彼女は、ハンッと鼻を鳴らした。
「そういうところ」
「!? 謀りましたね!?」
「勝手に自滅したんだろ」
そもそも、元カレってなんだ、元カレって!?
ああっ!?
そういえば中学の卒業式で告白されたとかなんかロマンチックなこと言ってたな!?
ダブルで自滅して項垂れると、マットをリビングの隅に立てかけた彼女が俺の隣に座った。
「なに? そんなに未成年に飢えてるの?」
「未成年というより、制服姿のあなたに飢えています」
「いろんなヤツらから当時の写真いっぱい巻きあげてるクセに贅沢言うなよ」
彼女の言葉に間違いはないが、「いっぱい」というには語弊があった。
俺と彼女は中学も高校も違う。
俺の人脈に乏しいせいもあるが、あまり写真を入手することができなかった。
彼女のガードも固く、その写真もほとんどTシャツ姿で制服姿なんてほとんどと言っていいほど持っていない。
飢えるなというほうが無理だろう。
「スクール水着と競泳水着とプライベート用の水着はありませんでした」
「制服に飢えてたんじゃなかったのかよ」
「水着も立派な制服でしょうが」
「なんでもアリじゃん」
あきれ果ててイヤそうに眉を寄せるが、それもこれも俺の知らない姿を隠し持っている彼女のせいだ。
本当に罪深くてかわいいな。
彼女の写真をもらえるならなんでもいい。
「それで、水着姿は誰が持ってます?」
「水泳の授業取ってなかったし、ないと思う」
「えぇー」
「だって水着とか恥ずかしいし」
「なるほど」
人の目を過度に気にしてしまうのが思春期だ。
大人になった今なら受け入れてくれるかもしれない。
「では次のデートは温水プールにでも行きましょうか」
「ウッソでしょ? 私の話聞いてた?」
「もちろん、聞いていましたよ?」
身を乗り出して抗議した彼女に、俺はしっかりとうなずいた。
聞こえていないふりをすることはあるが、聞き流したことはない。
口元を引きつらせている彼女の右手を包み込んで懇願した。
「それに、どうせ行ったら行ったで泳ぐでしょう。荷物預かりますし、記録と計測係しますよ? あ、その前に水着の調達からですかね?」
「やる気に満ち満ちている……」
口ぶりや態度から泳げないということもないだろう。
律儀に俺の意思を汲んでくれようとする彼女は、包み込んだ右手をぷらぷらと揺らした。
「でもまぁ、気になっている競泳水着はあるっちゃある」
「なるほど。ではこれから見に行きましょう」
ソファから立ち上がったタイミングで、彼女は俺の手を払いのける。
「鼻息荒すぎて怖いから今日はヤダ」
「怖いってなんですか! 怖くないですっ!?」
想定すらしていない理由で彼女から突っぱねられて喚き散らす。
だが、俺の訴えは聞いてもらえず、彼女は無情にも風呂へにげてしまうのだった。
『パラレルワールド』
9/26/2025, 3:55:10 AM