あれ?
ローテーブルを挟んで彼女と向かい合って食事をしたあと、酒を飲んでいたのだが。
いつの間にか彼女の隣にピッタリとくっついていた。
位置的にも移動したのはどう考えても俺だろう。
このような状況になったきっかけはよくわからなかったが、至近距離で彼女の存在を感じられるのは願ったり叶ったりだ。
「あなたのその永久保存版の美しさはどうにかなりませんか?」
酒を片手に、ちょこんとお行儀よく座っている彼女の肩に手を回す。
小さく肩を揺らしてかわいらしく動揺を見せたあと、彼女はいじらしく取り繕った。
「視界を潰せばいいと思う」
視線を俺に寄越さないまま、彼女は麦茶の入ったグラスを手に取る。
彼女は麦茶を少し口に含んだあと、ため息をついた。
アルコールを一切含んでない理性的な瑠璃色の瞳は、長い睫毛で隠される。
俺もグラスに入っていた残りの酒を全て飲み干した。
「毎日毎日その瑠璃色の瞳に吸い込まれそうで……永遠に見ていられます♡」
澄ました横顔を動揺させたくて、彼女が手にしていたグラスを奪い取った。
適当にグラスを指で滑らせたら、ローテーブルの上で俺のグラスと軽くぶつかる。
祝福の音を立てた俺たちのグラスは、仲良く寄り添っていた。
一方で、視線の合わない意地悪な瞳を追いかける。
物理的に逃げられなくなった彼女は、両手で俺の顔を押しのけた。
「そっちが勝手に寄ってきてるだけだから離れてくれる?」
棘をまとった口調と、腕力に頼り始めた彼女の態度に口元が緩んだ。
「あなたとつき合えた俺は一生ずっとハッピーですね♡」
「実績もないクセによく言えたな?」
多分、彼女にとって今の俺の発言は不興そのものだろう。
永遠や一生がないことを、無垢だった彼女は経験してしまった。
鼻を鳴らしてあからさまに機嫌を損ねる。
麦茶に手を伸ばして溜飲を下げようとするその右手を掴んだ。
「そっちこそ。そんな俺から逃げきれなかったクセにまだそんなくだまいてるなんて、かわいいですね?」
「は?」
ようやく彼女との視線が絡み合う。
眼光を鋭く光らせて怒っているのが残念だが、こうでもしないと目を合わせてくれそうになかった。
「さっきからなに? ケンカでも売ってる?」
「まさか」
感情の起伏を利用したことは間違いないが、ケンカをしたいわけではない。
当然、傷口に塩を塗りたいわけでもなかった。
「いい加減、あなたにわかってほしいだけですよ」
つき合った今もなお、口説き足りない思いの丈をほかの誰でもない彼女に知ってほしい。
それだけだった。
「俺以上に執着できる男はいませんし?」
「それ、褒められたことじゃないからな?」
極寒の北極海よりも冷め切った目を向けて、彼女は身震いさせる。
厳酷な彼女の態度にさすがにツンが手強すぎると、普段の俺なら尻込みしていた。
ところがどっこい。
今日の俺はいつもよりたくさんアルコールが入っているから無敵である。
「あなたの一生を、今さら俺が手放すわけないでしょう?」
蔑みの目を向けて、ついには足まで出しながら離れようとする彼女にもめげずに食らいついた。
「あなたの心に一生しがみついてみせますから。安心して残りの人生、しっかり俺のことを引きずってください」
「うっわ。なにコイツ。本格的にダルいこと言い始めた」
「ええ? そんなつれないこと言わないでくださいよ?」
本当に嫌そうにしてリビングから出ていこうとするので、彼女の腰に腕を回して阻止をした。
「永遠なんてそんな生優しいだけの言葉で縛るつもりはありません」
「今日よりも明日、明日よりも明後日、明後日よりも明々後日。あなたの未来を少しずつ俺にください」
「……っ」
ああ。
本当に、この澄みきった瑠璃色の瞳に吸い込まれそうだな。
ぼんやりとした頭でゆっくりと彼女との距離を埋めていくと、真っ赤に染まった顔を逸らして抵抗してきた。
「きゅ、急にガチで口説くのやめてっ! この酔っ払い!!」
「軽めにジャブ打っても相手にしてくれなかったクセに♡ いじわる言わないでください♡」
むちゅりと彼女の唇に吸いついたあと、エグめに舌を捩じ込んで強引に彼女をなし崩していく。
彼女が無防備に身を委ね始めたところで、俺たちは寝室に移動した。
『永遠なんて、ないけれど』
9/29/2025, 5:35:05 AM