26時のお茶会

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3/31/2023, 11:18:50 AM

幸せに


深夜2時。ましらは音もなく少女の部屋に忍び込んだ。ましらの雪のように白い肌と髪、血のように赤い瞳は、この普通を体現したような部屋の中ではどう足掻いても異質だった。

ましらは音もなく少女へと近寄ると、呼吸と鼓動を確かめるように少女の胸の上に手を置いた。その仕草は嫌になるほど潔癖的で、一つの性欲も感じない。
(生きてる。当たり前か、ただ寝てるだけだもの)
だけどましらは知っている。太陽が登ってしまえば今日がこの子のXデー。「このルートを辿ったこの少女がほぼ確実に死ぬ日」であることを。

「絶対に今度こそそんなことは僕が……いや、違うか。君のことが大切で大切でたまらない「彼」が今度こそそんな結末は崩してくれるさ」
万全は期したはずだ。微々たる歪みをそこらかしこに設置した。
蝶の羽搏きが嵐を起こせるなら、僕の足掻きで君の命くらい救ってみせる。

今日が過ぎれば、流石にドクトルたちやとうさまたちが僕のしたことに気付くだろう。許されないはずだ。良くて不良品としてスクラップだろう。
分かっている、それでいい。

眠る少女の顔にかかった髪を払ってやる。呑気なその寝顔はどこまでも日の光が似合いそうな平々凡々な女の子。
ましらは少女の寝顔に吸い寄せられるように顔を寄せる。
あとほんの数センチで唇が触れる、そこまで近づき、止まる。
ふ、と自嘲しながら、額をあわせた。

「…幸せにおなり」

祈るように囁いた声が消えた瞬間、ましらの姿も闇に溶ける。

そうしてまた一人分の寝息だけが、その部屋にはあった。

3/31/2023, 9:49:25 AM

何気ないふり(忘れてたので未完。後ほど完成させます)



少年が目を覚ますとまだ夜だった。
なんだか喉が乾いていたから、もう一度眠る前に飲み物でも取りに行こうとベッドから降りる。
部屋のドアを音が立たないようにゆっくり開ける。皆寝静まって真っ暗だろうと思っていた廊下には、少し開いたままになっている台所に続く扉からオレンジの光がほのかに漏れていた。どうやら先客がいるらしい。

アールグレイと境界の魔女は手元のカップにぼんやり視線を落としていた。
湯気も見えないことから、飲み物を用意してから短くない時間が経っていることが伺える。それでもなみなみと注がれたブラウンの液体はまだ一滴たりともあの魔女の口内に招き入れて貰えないのだろう。

酷く整った容姿をしている境界の魔女は、表情をなくすと、現実味がいつも以上に希薄になり、レジンキャストで出来た精巧な球体関節人形を思わせる。
それが何だか気に食わなかった少年は、こっそりと覗くことをやめて、わざと音を立てて部屋へと入った。
一拍遅れて境界の魔女はゆるりと視線を少年へと向けて
「…ああ、僕のお砂糖ちゃん。どうしたんだいこんな夜遅くに。眠れなくなっちゃったのかな?今ホットミルクをいれてあげようね、こちらにお座り」


「…」

3/30/2023, 9:12:06 AM

ハッピーエンド

「焱はね。幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、ハッピーエンド…ってのが大の苦手なの。だって、大抵のお話は一難去ったあとの幸せの絶頂で物語を締めているのだけど、どう考えたってそこで終わりなわけが無いわよね?まだまだ沢山困難苦難その他もろもろが押し寄せてくるはずよ。この世はそう優しく出来てはいないもの。困難を乗り越え続けることを人生と呼ぶのよ。だからね、すもも。お前と焱のお話だってこれで終わりってわけじゃないの。ここからが本番、むしろ本編よ。分かってる?ハッピーエンドではなくてハッピーto be continuedってわけ」

浅葱と焱の魔女へ、急に思いついて揃いの指輪を買ってきた李は、指輪を見た途端そう流れるように言う焱の魔女に目を瞬かせた。
「あー…っと?わりぃ指輪やだった?」
「嫌だなんで言ってないでしょう?!今が幸せの絶頂って話をしたのに聞いてなかったのかしらこのすももは。まあ焱に指輪を送るなんてシチュエーション、緊張しない方がおかしいわよね。仕方のないすもも」
ぷりぷりと怒った風を見せながら、李に向かって差し出した左手を早くつけろとばかりにプラプラと揺らす。
「あ、あー…そういう?あんたの言葉は一々遠回しなんだよなぁ」
「ふん。お前はそんな焱が良いんでしょ。物好きな子」
最愛の手で、迷いなく薬指へと嵌められたそれを見ながら。
焱の魔女はくふ、と堪えきれない笑みを零した。

3/29/2023, 1:05:49 AM

見つめられると


最近、すごく、とある魔女からの視線を感じるんです。
そう零すオペラモーヴと断熱の魔女は、温めのグリーンティーが注がれたティーカップを両の手で強く握った。
「それは殿方?」
もう1人の来客、朝霧とアプリコットの魔女にもカップを差し出しながら唐紅と櫛の魔女はこてりと首を傾げる。
「そう、です。探求と賛美の魔女さん…」
名前を聞いてあー、と朝霧の魔女は頬杖をついた。
「あの魔法大好きくんかぁ。あれじゃないの?いつもの発作」
そうねぇと頷き、
「気になる固有魔法を使う方に一定期間並々ならぬ興味を見せるって聞いたわぁ。貴女の魔法が気になっているんじゃないかしら?」
そう言う櫛の魔女に弱々しく断熱の魔女は首を横に振った。
「もう、私の魔法は十数年前くらいにお見せして満足していましたし…そういうんじゃなくて、その、ずっとじぃっと見てくるんです。話しかけてくるとかではなく、じぃっと。私、その視線がなんだか居心地悪くて…」
断熱の魔女の様子に少しは真面目に聞いてやるかと思った朝霧の魔女だが、
「ドキドキしちゃうのね?」
その櫛の魔女の言葉を聞いて、ははーん、と途端にニヤニヤし始めた。
「なるほどねぇ?要約するとずっと見つめられるとドキドキしちゃうってこと?あーあ、ひよっこ断熱がついに男魔女と恋か~」
「まぁ素敵だわぁ」
櫛の魔女まで両手を合わせておっとり微笑んでみせる。そんなふたりに断熱の魔女は「そ、そういうんじゃないんです!」と少し声を大きくした。
「私、説明力ないからあれなんですけどっ、な、なんかどこに行ってもいるんですあの人…!それで絶対目が合うんです。そのまま私が逸らしてもずっと見てるんです。一定の距離を置きながらですけど着いてくる時もあって。最近はなんか寝付きも悪いし、魔法の調子も悪くて。なんかカース系の魔法を使われてるんじゃないかって、思っ…な、なんなんですかその顔ぉ」
櫛の魔女は優しい目をしながら断熱の魔女の頭を撫でる。
「うふふ、断熱ちゃん可愛いわぁ。恋ねぇ。讃美くんのことが気になって寝不足になって注意も散漫になっちゃうなんて」
「だからそういうんじゃないんですってぇ!ゾワゾワなんですってぇ!」
「殿方の視線に慣れてないのねぇ、可愛いわぁ」
慌てれば慌てるだけ怪しいんだぞ断熱ぅ、櫛さんに口で勝つのは難しいぞ断熱ぅ…と思いながらも口に出さず朝霧の魔女はまろい味のグリーンティーに口をつけた。



数日後、朝霧の魔女はこの日を後悔する。あの時、確かになにかの違和感を感じて1度は真面目に聞いてやるかと思ったくせに、先入観に囚われてまともに取り合わなかった自分自身の愚かさを。

体を床に投げ出した断熱の魔女の、有り得ない方向に曲がった首を見ながら。
レモネードに輝いていたなんて信じられないくらいに濁ったもう何も映さないふたつの瞳を見つめながら。

ー…カース系の魔法を使われているんじゃないかって

大図書館の「探求と讃美の魔女の書」は上位権限ですぐにチェックした。呪いタイプの魔法はひとつたりとも刻まれていなかった。
それでもあの子が感じた不安の正体を探ってやる、と、朝霧の魔女は讃美の魔女を尋ねる。そして、彼が1か月前から行方不明になっている事実を知った。



じぃ、っと視線を感じる。
鋭く振り返れば、人混みの奥から朝霧の魔女を見つめるそれと目が合う。
慌てて近付こうとそちらへと進めば同じだけの遠ざかる。逃げている様子もなく、ただただ距離が縮まらない。
見詰める、という表現に正しく自身片時も離れず注がれ続けるその視線に、朝霧の魔女の背中に一筋冷たい汗が流れた。

3/27/2023, 4:01:27 PM

My Heart



「人の心はどこに宿るのだろうか。なんていう使い古された問いに対して今更ボクなんかが言葉を重ねる必要などないくらいには、様々な立場や考えの学者の皆様が散々議論を重ねて来たのだろうけどさ。やはりボクとしてもそれは折に触れて考えたくなる話題なわけだよ。キミも一度くらいは考えたことくらいあるだろう?やぁ、いい朝だねダーリン」
出会い頭、挨拶の枕詞にしては長すぎる台詞を1度も噛まずにすらすら述べる目の前の女に、僕は目を見開き、固まる。…そして数秒を使って何とか脳を動かして状況を理解。嘆息を返した。
「なんだいなんだい、景気悪いね。やなことでもあった?」
「目覚めたら自室に招いた覚えのない女が布団に潜り込んでいて、しかも寝起きの頭に訳の分からない前置きを長文でつらつらぶち込んでくるんだ」
「それは災難だったね」
「お前のことだよ」
そいつは失敬!なんて言って布団からするりと抜け出した彼女はへらへら楽しそうに笑っている。
「話の続きは朝食の席でしようか。ボクはジャパニーズブレックファスト定番の納豆ご飯でいいよ。お腹ぺこぺこだからなるはやでよろしく」
「飯までたかる気か…?てか作るの僕かよ」

僕が用意した朝食にありつきながら、彼女は「さっきの話の続きだけどね」と僕の注意を集めようと箸を向けてカチカチ鳴らしてくる。
「箸でこっち指すな行儀悪い」
それを軽く手で押さえながら、仕方なしに聞く姿勢を取る。基本的にこの女は自分のやりたいことはやりきる性分だ。しっかり話を聞かない限りずっと隣で何かを言い続けるだろうからトータルで見てしっかり話を聞いてやる方が効率が良い。
「他の派閥もいるだろうけどね。心の在処については脳、心臓、体という器の中、魂と呼ばれる部位の中…基本的にこの4つが有力候補だろう。その中の魂派は、その21gを証明する手立てがほぼなく、そのことから魂派の者の主張は精神論にならざるを得ずに、悔しいが一番論拠が薄かった。でもね、それは昨日までの話さ。ボクはついに真実に辿りついてしまったんだ。そう、魂はある」
「何でもいいから食べながら喋るな。米粒飛ぶから」
そいつは失敬!なんて言って飛んだ米粒を拾い集めてひょいぱくと口に突っ込む彼女。先程も含めて、多分失敬なんて思っていないだろう。
「ふう、ところでダーリン。僕の理論を完璧にするには1つ前提が必要なんだけども」
そして彼女は
「なんでキミは朝からボクに聞いてこないんだい?「キミって昨日死んだよね?なんでここにいるの?」ってさ」
天気の話くらい気軽に、易々と僕の地雷を踏み抜いた。

「…何言ってるんだよ現にお前は、目の前に」
「分かってるくせに。まあ説明して欲しいんだね?いいとも。ボクのこれは死体だよ。魔力でコーティングして腐らないように。魔力を流して動いているように見せているだけの機能停止した廃棄物さ。いやぁ死んでから魔女になるとは思ってなかったけど、昨日まで自分になかったはずの魔力でも案外使ってみれば出来るもんだね?」
まあ動かすのに1晩かかっちゃったけども。と、彼女…僕の目の前で昨日脳漿を撒き散らして死んだはずの恋人は、昨日までと何ら変わらない笑顔をへらりと浮かべた。
「で、さっきの話に戻るとね。今って動いて見せてるけど言わば糸で操る人形みたいなものでさ。脳も動いてなければ、心臓の鼓動もなくて、外殻だって生命活動が何もないただの肉塊と何ら変わらないものになってしまった。多分今ボクと言えるものはこの魂のみ。だけど今ボクは魔法を操れるし、考えることもできるし、昨日と同じようにキミを愛していると確信できる。ということはやはり心と言えるものは魂に紐ついていたのだと、まあそう結論付けたというわけさ」
正直、昨日から僕の頭はそれほど働いていない。脳が処理を拒んでいたからだ。でも、これだけは言える、いや言っていいんだよな、と僕は緊張で乾ききった唇を舐めて湿らせながら恐る恐る声を出した。
「…でも、だったら。お前は死んだ、けど、これからも今までと変わらず僕のそばにいるってことだ、そうだろ?」
うんそうだよ。となんてこともないように気軽に返事をしてくれる、そう信じて疑わない僕を
「うーん、そうだと言いたいところなんだけど。それに答えるためにまずボクが聞きたいんだよね。ねぇダーリン」
またも彼女はどん底へと突き落とすのだ。
「キミさ、キミの魔法でボクのこと作ったりしてないかい?ダーリン…じゃなくて鬼灯と虚構の魔女」
僕の通り名を久々に口にした彼女は、朝目覚めて一番に考えた可能性を僕に再度突きつけていた。いなくなったはずの恋人がいる、そんな奇跡あるはずない。
虚構の魔女。固有魔法は「在るはずのないものを在ると偽る」能力である。

「もちろん、キミが何もしていないというのなら正真正銘ここにいるのはボクさ。タッチの差で魔女になれたから上手いことこの世にしがみつけた超絶ラッキーなボク。だから先程の問いにもいくらでも頷くよ、今日を過ぎてもずっとキミと一緒にいよう。魂とやらが摩耗して消えるその時まで。約束だ」
「でもね、これでキミがボク恋しさに無意識で「ゾンビ風になって蘇ったボク」を作り出してしまったならそもそも先程の理論は何一つ意味がなくなる。だって魂も何もないこういう風に話して笑って過ごすだろうなってキミが思うボクの幻影なんだもの。約束だってできないさ、だってそれならもう本当のボクはいないってことになるんだもの」
「だからキミに聞きたいんだよ虚構の魔女。キミはボクに魔法を使ったかい?」
そう言い連ねる彼女に僕は喘ぐようにして小さな反論をする。そうだ、この子も魔女になったのだから。
「お前も魔女になった…そう言ったじゃないか。そうしたらセフィロトに登録されて今頃大図書館にお前の名前の本があるはず…流石に僕の能力だって不可侵の大図書館までは変質させることはできないはずだ。だったら、お前が魔女になった、その事実でお前の存在を証明出来る」
そんな僕に
「うん、まあ見に行ってもいいんだけどね。ボクの魔女名言ったっけ?言ってなかったかな?…では改めてボクの名前は「虚像の魔女」。キミたち魔女の通り名は必ず2つの要素で構成させてると前に言っていたじゃないか。じゃあボクは何故不完全にも1つの…しかも虚像なんて名前なんだろうね」
彼女…虚像の魔女は少し寂しそうに微笑んだ。



後にセフィロトに向かうも、やはり本には虚像の魔女としか書いておらず、司書をしている魔女たちも全員首をかしげた。
そして僕は、彼女…虚像の魔女の存在が僕の魔法によるものかを疑いながらも、それでもどうしたって本人としか思えない彼女を愛さずにはいられずに。
ここから、虚像の魔女の心の実在を証明するための長い長い日々が始まったのだ。

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