26時のお茶会

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3/27/2023, 9:35:40 AM

ないものねだり


期待するから裏切られた気持ちになり、手に入ると勘違いするから落胆し、たらればを夢想するから落ち込むのだ。
そう、つまり、この世で一番するべきではないことは「ないものねだり」である。
そう朝霧とアプリコットの魔女は確信していた。

かつては魔女らしく自分への自信に溢れた性格をしていた朝霧の魔女は、以前とある魔女に自信やプライドをバキバキに折られた。
結果、現在「魔女にしては落ち着いている」「一歩引いたような態度の」「達観したものの見方をする」魔女だ、と周囲から評価を受けるようになった。野心に満ちていたかつてよりも所属内での地位が上がったのも怪我の功名というか…皮肉なものである。

「いやそれ褒められないから。自分に正直に生きないなんてもうそれ、魔女らしさを失ってんの。退化よ退化。班長なんて面倒なもんまで押し付けられちゃってさあ~」
朝霧の魔女は自身の部屋に勝手に入り込み、ソファに寝転びながら我が物顔で寛ぐ鉄と水飴の魔女の言葉に顔を顰めた。
「押し付けられたんじゃないよフェール、マルクトの魔女様方から任命されたんだ、光栄なことじゃないか」
そこに噛み付いてくるのかと鉄の魔女はうへぇとわざと大袈裟にジェスチャーをする。
「光栄、ね。大層な言い草だわ。そもそもマルクトの魔女たちを敬う気持ちが私には分からないわよブリュイエール。私達は皆対等のはずだもの」
「言葉上ではね。でも実際は違うでしょう?」
「あんたがそう思ってるなら、あんたの中ではそうなんでしょうね」
「…今日はやけに突っかかるねフェール」
文句があるならはっきり言えば?と朝霧の魔女はため息をついた。
「別に。従順な振りして大変そうだなって思っただけ」
鉄の魔女はよいしょと体を起き上がらせると朝霧の魔女と視線を合わせた。
「なんかさぁ、どんな綺麗事並べ立てても実際私には、コクマーで1番になってゼニスブルーと武器庫の魔女を追い抜きたいって行動にしか見えないのよブリュイエール」
「フェール、やめて」
「あんたの言う、ないものねだりの延長なんじゃないの?それ」
「フェール」
ぐん…っと部屋の空気に質量が増す。朝霧の魔女から盛れた魔力がちりちりと音を立てた。
「…はいはい、部外者は口出すなってことね。あんたがはっきり言えって言ったんでしょ」
ぱっと身を翻して去ろうとする鉄の魔女を恨みがましい視線で朝霧の魔女は射抜く。
「…的はずれなことばかりを言えとは言ってない」
「本当に的外れなら一笑に付しなさいよ。…ねぇブリュイエール。自分に嘘つくのだけはやめた方がいいよ」
「何言って」
「んじゃまた来るねぇーん」
最後だけいつもの調子で挨拶し、鉄の魔女は煙になって消える。
残された朝霧の魔女はしばらく自室だというのに所在なしげに佇み、ズルズルとその場に蹲った。
「…自分に嘘ってなに」


急に大図書館の受付前に現れた鉄と水飴の魔女に、当番で座っていた杜若とフォークの魔女は「ひょぇあ…?!」と情けない声を出す。そんな杜若の魔女にはお構いなしで盛大な溜息をつきながら鉄の魔女はカウンターに寝そべった。
「あ、あのぅ、鉄と水飴さん…そこ寝るとこじゃ…」
「はーぁ。ないものねだりしてんのは私もってわけ」
「聞いてくれないしぃ…」
しょんぼりしながらもどうしたんですか?と声をかけてやる杜若の魔女に「私は私でもう居なくなっちゃった大好きだった昔のあの子を押し付けようとしてるってことよ」とだけ返して鉄の魔女はふて寝を決め込んだ。
「さらにわけわからなく…って、ちょっと鉄と水飴さんそこでガチ寝はやめてくださいぃ」

3/25/2023, 5:42:07 PM

好きじゃないのに


以前、知り合いの魔女たちに愛と恋の違いについて尋ねてみたことがある。

皆、恋から愛に変わるものだなどと恋の延長線上に愛を置く、そんな前提で私に答えてみせた。

だが、ただ1人。境界の魔女は少しの間言葉を選ぶように視線をさ迷わせて、皆違う自分の正解を持っているだろうけども、と前置きしながら
「僕はね、愛の本質は捧げるもの、恋の本質は求めるものだと思っているよ。愛はどんな見返りも必要ないくらい、相手の幸せを願い求めるアガペーと言われる感情。逆に恋は相手からも同量同質の感情を欲しいと願ってしまう…そう、見返りを欲する捧げもの。そんなイメージが強いかな」
「愛は与えるだけで、恋は与えた分欲しがるもの…」
境界の魔女の言葉を反復すると「僕にとってはね」と魔女はころころ笑った。
「蛇足だけどどちらも相手を想うという意味では並々ならぬエネルギーが込められていてね。そういうものは強い呪いになりやすい。実際僕の店にもかなり持ち込まれているよ、愛や恋の成れの果てってやつ。うん、そういう意味ではベクトル…込める気持ちの方向性や意味合いはほぼほぼ似通ったものかもしれないな。…どちらにせよ等しくエゴさ。自分の持っているものを相手に押し付けるという面で見ればね」
だから違うとも言えるし同じとも言える。そう締めくくって境界の魔女は紫水晶のような瞳を細めながら侍従が持ってきた紅茶に口をつけた。

私はなるほどと今言われた言葉を咀嚼する。そうして、境界の魔女の隣に立つ端正な顔つきの男…はたから見ていても並々ならぬ感情を魔女へと向けるシキと名付けられた男を見ながら、この男の想いは愛なのだろうか恋なのだろうか、それともまた別の何かなのだろうか、とそんなことを思っていた。


さて、それでは。「好き」とは果たして愛の言葉だろうかそれとも恋の言葉だろうか。
好きですと伝えるという行為時点で相手に自分の想いを認知して欲しいという感情が少なからず含まれるということはそこに受け入れて欲しいというエゴイズムがノイズとして紛れ込むだろう、それならやはり恋の言葉なのだろうか。
相手から同量同質の心を奪うことを考えない愛の言葉にはなれないのだろうか。
それは嫌だな、と思う。私はあの人からそんなものを与えてほしくはないのだ。

私は瞼を閉じてあの橙に透ける赤髪を、男にしては長い睫毛に縁取られたペリドットの瞳を、少し甘やかに私の名前を呼ぶ声を、アガットと旋律の魔女という一人の男を思った。
あの魔女の心に遥か昔から住んでいる女性を知っている。そこに入れ替わりたいとも自分を差し込みたいとは思わない。あの魔女のなりたい姿や目標を知っている。それを邪魔したいとも思わないのだ。

だから、これは恋ではない。故に、この気持ちを言葉にしたとして「好き」ではない、はずなのに。これは「好き」じゃないのに。
どうして周りの人たちは私の感情に恋だ好きだと名前をつけるのだろうか。
それとも周囲には、私自身気付いていない、浅ましい求める心とやらが透けて見えているのだろうか。

彼に笑っていて欲しい、幸せであって欲しいと思うこの気持ちは、大多数の者が言う恋の延長線上にあるという愛には昇華されないのだろうか。

そんなことをぐるぐる考えているうちに仕事の時間がやってくる。
当然、ビナーとして担当の魔女たちに会いに行かなければならないわけで。
その中にはアガットと旋律の魔女も含まれているわけで。
「私はアガットさんを好きじゃない、すきじゃない、よし」
そう自分に言って監督官の顔を作り、私はいつものようにゲートを開いた。

3/24/2023, 3:06:17 PM

ところにより雨

鏡の前で左右に身体を捻りながらあれじゃないこれでもないと本日の装いを選ぶ女に請われるまま、次の服を手渡しながら李は本当に猫みたいな人だなどと考えながらその女を鏡越しに見続けていた。

雨の日は出かけない。それが浅葱と焱の魔女のルールだ。理由は至極個人的で、曰く「頭痛がしてテンションが下がる」「傘を差すのがだるい」「どれだけ傘を大きくしても服に水が飛ぶのが嫌」「夜でもないのに空が暗くて不快」との事だった。
元々今日はショッピングの予定だったのが天気予報の急変で雨マークが表示された途端「すもも。この日はおうちで映画三昧にするわよ」と言われたのが3日前。そういう日もいいだろうと昨日の夜のうちにポップコーンは3種類、ドクターペッパーもメロンソーダも用意して。焱の魔女好みの映画鑑賞セットを揃えるまでした。
が、今朝起きてみればなんと快晴。寝起き一番に李の上に馬乗りになり「出掛けるわよすもも!服を選ぶわ」と宣言した李の主様。もちろん答えはYES一択である。そして今に至る訳だが。

もちろん李に不満はない。食べ物は下拵えをしただけだからまだ持つし、そもそも全ては焱の魔女に喜んでもらいたくてやったことだ。その彼女が出掛けたいといえばもちろん叶えてやりたい。
それに…と、李はまた鏡の前に立つ焱の魔女に意識を戻す。本当は自分を着飾ることにそこまで興味が無いこの魔女が、李が買った服だけは大切に保管して、李と出かける時だけはしっかりお洒落をするということにもちろん李は気付いていた。嬉しくないはずがない。
(ペットの猫に振り回されて幸せって言ってる奴らの気持ちはかなり分かるって話だな。まあこいつが主人だから関係性は真逆なわけだが)
そんなことを考えているうちに「決めたわ!!」と焱の魔女は一着のワンピースを手に取り、着替えようとその場で今来ている服を脱…
「って焱待て待て待て今俺外出るから」
「?別に減るものでないのだから良いでしょう?むしろ感謝の言葉を述べて伏し拝み奉りながら一時たりとも逃さないようガン見すべきシチュエーションよね」
「だーっ!喋りながら脱ぐなほんとあんたってやつはァ!!」
退室は間に合わなかったために目を強く瞑る李を見て「焱のすももは照れ屋のピュアね」と魔女は肩を竦めた。


「着替えたわよ」
仕方なしに声をかけてやれば恐る恐ると言ったように目を開く自身の侍従に
「今更何を照れているのかしら」
焱の魔女はおかしな子ね、と言いながらその鼻先を指で軽く弾いた。
名前も帰りたい家もなかったこの男に、すももという言葉と自分の隣という場所を与えたのは焱の魔女だった。もちろん祝うべき生まれた日も知らないといった李に、自身と出会った日を誕生日として決めてやったのも。
そう、誕生日。1週間後には何度目かになる李のための祝いの日がやってくる。
自分を恐れの象徴である「浅葱と焱の魔女」ではなくただの「えん」として接し好意を寄せてくれる、得難い男に対してそんな日くらいなにかしてやりたいと思うのはそうおかしなことではないだろう。
だと言うのに。
(プレゼントが用意できてないのよ…!すももったら最近とみに過保護だから中々焱ひとりでお出かけさせてくれないし!遠回しに欲しいものを聞いてもそれ結局焱のためのものよね?!みたいなものしか言わないし…!)
せっかくの晴れ、今日という今日は、一緒にショッピングして欲しそうなものをリサーチ、あわよくば李の目を盗んで購入…!とかなりやる気に燃えている焱の魔女である。

「このワンピース、いつだったかすももがくれたものよね?流石焱に似合うものをよく理解しているわ」
久し振りに袖を通した服に気分が上向きになった焱の魔女はその場で1周くるりと回る。
そうして髪を軽くひとまとめにして持ち上げて「ポニーテールがいいわ、結って頂戴」と背を李に向けた、その時。
李の喉が大きく鳴った。
「すもも?」
急に纏う空気が変わった李を振り返れば、ギラギラした双眸が焱の魔女をとらえている。
(…どこでスイッチ押しちゃったのかしら…?)
おやおやぁ?と内心首を傾げていると低い声が魔女を呼んだ。
「なぁ、焱」
「何かしらすもも」
「外出は明日にしよう。雨が降りそうだ」
雨の日は出かけない。2人のルールだ。
これは魔女が雨の日を好まないからという理由もあるが、実はもう1つ。
李が外出を好まない日に雨が降りそうを口実にリスケジュールを促して来ることがある。
その場合、焱の魔女は必ず
「あらそうなの?じゃあ仕方ないわね。今日はこのまま2人で過ごすとしましょう」
と返す。どれだけ外が晴天でも。李が雨の日…出掛けない日だといえばそうなのだ。

焱の魔女は堪えきれず「ふふ、」と笑みを零した。
「お前いつの間に天気予報を見たの?」
「ついさっきな。ところにより雨、だとさ」
「焱の家の周りだけに降るなんて随分と局所的な「ところにより」だわ」

3/23/2023, 3:04:32 PM

特別な存在

朝早く…もない午前10時半過ぎ頃。屋敷の2階から騒がしい音が聞こえ、思ったより早かったな、と男は己の主人の起床を知った。
きっと次は大声で自分を呼ぶだろうと容易に想像がつく。苛烈で鮮烈で凄烈な浅葱と焱の魔女が実は誰よりも寂しがり屋なことを男はちゃんと理解していた。
「すもも!すーもーもー!どこにいるのか返事なさいな!」
案の定聞こえた主の呼び声に「ここにいるよ」とキッチンから声をかける。すると直ぐにどたどたどたという階段を転げ落ちるような音と共に、ふわりと広がる金青の髪を踊らせながら浅葱と焱の魔女が飛び込んできた。
「すもも!お前、焱が起きるまで傍に居ないなんてどういう心算なのかしrむぐっ!」
「はい、おはようさん」
文句を言うために大きく開かれた口に1口大に切った出来たてのオムレットを突っ込んでやれば、行儀は悪くない焱の魔女は口の中が終わるまで一旦静かになる。そうしてごくんと飲み込んだ後に「おはよう、すもも。…お前ねぇ!」ときちんと挨拶を返してから、またも猫のように毛を逆立てた。
「そう怒りなさんな。あんたが言ったんだろ?昨日テレビを見ながら「このふわふわのオムレットが食べたいわ。近々朝食を取りにこの店に行くわよ」ってさ」
男、李の言葉を聞いた焱の魔女はぴたりと動きを止めて頭ふたつ以上上にある顔をじっと見つめた。
「…お前、焱が食べたいと言ったから、朝からそれを拵えていたの」
「あー、まあ。予想より俺の魔女サマが起きる方がちょっとばかし早かったから、こいつを持って起こしに行ってやれなかったけどな」
傍を離れて悪かったよ、と少し決まり悪そうに視線を逸らして頬を掻く李に、焱の魔女の乙女回路はギュルンギュルンすごい勢いで刺激されまくった。
「お、お前というすももは、無駄に大きな図体に死んだような三白眼に堅気に見えないオールバックなんて最高に格好良い見た目しておいて…。そんな可愛い名前してそんな可愛いこと考えてそんないじらしい行動をするなんて焱をどうしたいのかしら。格好良くて可愛いなんて流石焱のすももね感服だわ。そこまで細やかに焱のことばかり考えているなんて見所しかないわね」
そのままつらつらと李の賛辞なのか自分の自画自賛なのか分からない言葉を並べ立て続ける焱の魔女を、李は慣れたように席に座らせて食事の邪魔にならないように髪を後ろでまとめてやる。この魔女は話始めると長いのだ。待っていたらせっかくの暖かい料理を食べさせてあげられなくなってしまう。
食卓にオムレットを並べながら
「容姿はそれ全く褒めてねーし、名前はあんたが付けたんだからな?俺の趣味100%じゃねーからな?」
と一応相槌という名の訂正を入れるのも忘れないが。

「まあとにかくすももは本当に焱が好きね。…まあ焱は顔も声も可愛いし頭は良くて天才だし好きになる要素しかない完全無欠の存在だもの、尽くしたくなる気持ちは分からんでもないわね、理解するわ。他の有象無象ならさておき、お前の気持ちはしっかり受け取るわありがとうすもも。美味しそうなオムレットね、いえ、先程の味見で美味しさは確認済みなのだけど。せっかくだから冷める前にいただくわ」
「あんたはいつも自信満々でいいなぁ」
李は向かいに腰掛けながら、焱の魔女のオムレットを少し引き寄せて口に入れやすいサイズに切っていく。
「焱が優れているのは事実だもの。過ぎた謙遜は対峙する相手にとっても失礼にあたるわ」
「へーへー。そんなもんかねぇ」
当然のように開いた口へとそのひとつを運べば「うん、美味しいわ」と焱の魔女は花のように微笑んだ。
その顔を見て1度納得したように頷いた李はカトラリーを取りやすいように魔女へと向けつつ自分の分のオムレットへ雑に噛み付いた。
「…生クリーム甘すぎたか?」
「いえ?ちょうど良いわよ、お前の狙い通り焱の好みど真ん中」
「ならいーや」

少し食べ進めたあたりで「でもなぁ…」と李が急に呟いた。
「何かしら?」
「いや、何度考えてもさ。確かにあんたは特別だけど」
李は話しながら魔女の唇の端についた生クリームを指で掬い、
「別にあんたの容姿も才能もなくたってあんたがあんたのまま焱であれば、俺はあんたが特別だなって」
思ったってだけ。とそれをぺろりと舐めた。
焱の魔女は一拍置いてからふぅー、と深めの息を吐き、全くうちのすももは末恐ろしいわねと内心天を仰ぐのだった。
「最高の殺し文句ね、この発禁野郎すもも」
「なんで最後罵られた?」

3/22/2023, 11:59:02 AM

バカみたい

ああ、まただ。
ゼニスブルーと武器庫の魔女はいつもの発作が来ることを予見した。
目の前で呑気にぺちゃくちゃと「男魔女なのに才能豊かで凄い」などと媚びた笑顔を浮かべる女たち(…名前は何といったか、忘れてしまった。)に常の笑顔を貼り付けて所用がありますので等々の嘘をサラリと言葉に乗せてその場を後にする。

足早に本部内の自室へと急ぎ、荒く扉を開いて中へと体を滑り込ませる。内鍵をひとつ、ふたつ、みっつ…とかけて武器庫の魔女は大きく息をついた。元々セキュリティ万全の部屋にこんなものは不要である。が、この鍵は本来の自分と外の世界を切り分けるための盾だった。
優秀で完璧なゼニスブルーと武器庫の魔女。その仮面が剥がれ落ちる所を誰にも見られたくないからこその鉄壁の守りだ。

忌々しい。
湧き上がる激情に、ふらつきながら倒れ込むように椅子に座る。
『人であった頃、恐れ多くも筆頭聖騎士の位に就いておりました。魔女となった今はこの世界のために少しでも我が剣を振るうことが出来る、そのことを誇りに思っております』
数分前の自分がペラペラと喋っていた内容を思い出し、嘲笑が漏れた。

自身がなにか成功を収める度に、何かを達成する度に、脳裏にちらつくのはあの猫のような魔女だった。
この世界のためなんて大層な思いはない。武器庫の魔女を選ばなかったあの魔女が、あのような物如きを傍に置くと決めたあの魔女が、逃した魚は大きかったと後悔すればいい。ただその一心で、魔法を磨き、容姿を磨き、権力を身につけて。
それでも、報告すればあの魔女はきっと「へぇ、それはすごいね。おめでとうゼニス」とただただ紫水晶を細めて笑うのだろう。
それが分かるから、今回もあの店の扉を叩きに行くことはないだろう。
忌々しい。

だが武器庫の魔女が一番忌々しく思うのは、自分自身の心だった。
もし自分の手を離したことを悔いて縋って来るようなら…、そんなことを考えてしまう自分があまりにも滑稽で。
「…馬鹿みたいだ」
唇から零れた落ちた独り言を否定してくれる者はここには誰もいなかった。

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