26時のお茶会

Open App

バカみたい

ああ、まただ。
ゼニスブルーと武器庫の魔女はいつもの発作が来ることを予見した。
目の前で呑気にぺちゃくちゃと「男魔女なのに才能豊かで凄い」などと媚びた笑顔を浮かべる女たち(…名前は何といったか、忘れてしまった。)に常の笑顔を貼り付けて所用がありますので等々の嘘をサラリと言葉に乗せてその場を後にする。

足早に本部内の自室へと急ぎ、荒く扉を開いて中へと体を滑り込ませる。内鍵をひとつ、ふたつ、みっつ…とかけて武器庫の魔女は大きく息をついた。元々セキュリティ万全の部屋にこんなものは不要である。が、この鍵は本来の自分と外の世界を切り分けるための盾だった。
優秀で完璧なゼニスブルーと武器庫の魔女。その仮面が剥がれ落ちる所を誰にも見られたくないからこその鉄壁の守りだ。

忌々しい。
湧き上がる激情に、ふらつきながら倒れ込むように椅子に座る。
『人であった頃、恐れ多くも筆頭聖騎士の位に就いておりました。魔女となった今はこの世界のために少しでも我が剣を振るうことが出来る、そのことを誇りに思っております』
数分前の自分がペラペラと喋っていた内容を思い出し、嘲笑が漏れた。

自身がなにか成功を収める度に、何かを達成する度に、脳裏にちらつくのはあの猫のような魔女だった。
この世界のためなんて大層な思いはない。武器庫の魔女を選ばなかったあの魔女が、あのような物如きを傍に置くと決めたあの魔女が、逃した魚は大きかったと後悔すればいい。ただその一心で、魔法を磨き、容姿を磨き、権力を身につけて。
それでも、報告すればあの魔女はきっと「へぇ、それはすごいね。おめでとうゼニス」とただただ紫水晶を細めて笑うのだろう。
それが分かるから、今回もあの店の扉を叩きに行くことはないだろう。
忌々しい。

だが武器庫の魔女が一番忌々しく思うのは、自分自身の心だった。
もし自分の手を離したことを悔いて縋って来るようなら…、そんなことを考えてしまう自分があまりにも滑稽で。
「…馬鹿みたいだ」
唇から零れた落ちた独り言を否定してくれる者はここには誰もいなかった。

3/22/2023, 11:59:02 AM