特別な存在
朝早く…もない午前10時半過ぎ頃。屋敷の2階から騒がしい音が聞こえ、思ったより早かったな、と男は己の主人の起床を知った。
きっと次は大声で自分を呼ぶだろうと容易に想像がつく。苛烈で鮮烈で凄烈な浅葱と焱の魔女が実は誰よりも寂しがり屋なことを男はちゃんと理解していた。
「すもも!すーもーもー!どこにいるのか返事なさいな!」
案の定聞こえた主の呼び声に「ここにいるよ」とキッチンから声をかける。すると直ぐにどたどたどたという階段を転げ落ちるような音と共に、ふわりと広がる金青の髪を踊らせながら浅葱と焱の魔女が飛び込んできた。
「すもも!お前、焱が起きるまで傍に居ないなんてどういう心算なのかしrむぐっ!」
「はい、おはようさん」
文句を言うために大きく開かれた口に1口大に切った出来たてのオムレットを突っ込んでやれば、行儀は悪くない焱の魔女は口の中が終わるまで一旦静かになる。そうしてごくんと飲み込んだ後に「おはよう、すもも。…お前ねぇ!」ときちんと挨拶を返してから、またも猫のように毛を逆立てた。
「そう怒りなさんな。あんたが言ったんだろ?昨日テレビを見ながら「このふわふわのオムレットが食べたいわ。近々朝食を取りにこの店に行くわよ」ってさ」
男、李の言葉を聞いた焱の魔女はぴたりと動きを止めて頭ふたつ以上上にある顔をじっと見つめた。
「…お前、焱が食べたいと言ったから、朝からそれを拵えていたの」
「あー、まあ。予想より俺の魔女サマが起きる方がちょっとばかし早かったから、こいつを持って起こしに行ってやれなかったけどな」
傍を離れて悪かったよ、と少し決まり悪そうに視線を逸らして頬を掻く李に、焱の魔女の乙女回路はギュルンギュルンすごい勢いで刺激されまくった。
「お、お前というすももは、無駄に大きな図体に死んだような三白眼に堅気に見えないオールバックなんて最高に格好良い見た目しておいて…。そんな可愛い名前してそんな可愛いこと考えてそんないじらしい行動をするなんて焱をどうしたいのかしら。格好良くて可愛いなんて流石焱のすももね感服だわ。そこまで細やかに焱のことばかり考えているなんて見所しかないわね」
そのままつらつらと李の賛辞なのか自分の自画自賛なのか分からない言葉を並べ立て続ける焱の魔女を、李は慣れたように席に座らせて食事の邪魔にならないように髪を後ろでまとめてやる。この魔女は話始めると長いのだ。待っていたらせっかくの暖かい料理を食べさせてあげられなくなってしまう。
食卓にオムレットを並べながら
「容姿はそれ全く褒めてねーし、名前はあんたが付けたんだからな?俺の趣味100%じゃねーからな?」
と一応相槌という名の訂正を入れるのも忘れないが。
「まあとにかくすももは本当に焱が好きね。…まあ焱は顔も声も可愛いし頭は良くて天才だし好きになる要素しかない完全無欠の存在だもの、尽くしたくなる気持ちは分からんでもないわね、理解するわ。他の有象無象ならさておき、お前の気持ちはしっかり受け取るわありがとうすもも。美味しそうなオムレットね、いえ、先程の味見で美味しさは確認済みなのだけど。せっかくだから冷める前にいただくわ」
「あんたはいつも自信満々でいいなぁ」
李は向かいに腰掛けながら、焱の魔女のオムレットを少し引き寄せて口に入れやすいサイズに切っていく。
「焱が優れているのは事実だもの。過ぎた謙遜は対峙する相手にとっても失礼にあたるわ」
「へーへー。そんなもんかねぇ」
当然のように開いた口へとそのひとつを運べば「うん、美味しいわ」と焱の魔女は花のように微笑んだ。
その顔を見て1度納得したように頷いた李はカトラリーを取りやすいように魔女へと向けつつ自分の分のオムレットへ雑に噛み付いた。
「…生クリーム甘すぎたか?」
「いえ?ちょうど良いわよ、お前の狙い通り焱の好みど真ん中」
「ならいーや」
少し食べ進めたあたりで「でもなぁ…」と李が急に呟いた。
「何かしら?」
「いや、何度考えてもさ。確かにあんたは特別だけど」
李は話しながら魔女の唇の端についた生クリームを指で掬い、
「別にあんたの容姿も才能もなくたってあんたがあんたのまま焱であれば、俺はあんたが特別だなって」
思ったってだけ。とそれをぺろりと舐めた。
焱の魔女は一拍置いてからふぅー、と深めの息を吐き、全くうちのすももは末恐ろしいわねと内心天を仰ぐのだった。
「最高の殺し文句ね、この発禁野郎すもも」
「なんで最後罵られた?」
3/23/2023, 3:04:32 PM