26時のお茶会

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ないものねだり


期待するから裏切られた気持ちになり、手に入ると勘違いするから落胆し、たらればを夢想するから落ち込むのだ。
そう、つまり、この世で一番するべきではないことは「ないものねだり」である。
そう朝霧とアプリコットの魔女は確信していた。

かつては魔女らしく自分への自信に溢れた性格をしていた朝霧の魔女は、以前とある魔女に自信やプライドをバキバキに折られた。
結果、現在「魔女にしては落ち着いている」「一歩引いたような態度の」「達観したものの見方をする」魔女だ、と周囲から評価を受けるようになった。野心に満ちていたかつてよりも所属内での地位が上がったのも怪我の功名というか…皮肉なものである。

「いやそれ褒められないから。自分に正直に生きないなんてもうそれ、魔女らしさを失ってんの。退化よ退化。班長なんて面倒なもんまで押し付けられちゃってさあ~」
朝霧の魔女は自身の部屋に勝手に入り込み、ソファに寝転びながら我が物顔で寛ぐ鉄と水飴の魔女の言葉に顔を顰めた。
「押し付けられたんじゃないよフェール、マルクトの魔女様方から任命されたんだ、光栄なことじゃないか」
そこに噛み付いてくるのかと鉄の魔女はうへぇとわざと大袈裟にジェスチャーをする。
「光栄、ね。大層な言い草だわ。そもそもマルクトの魔女たちを敬う気持ちが私には分からないわよブリュイエール。私達は皆対等のはずだもの」
「言葉上ではね。でも実際は違うでしょう?」
「あんたがそう思ってるなら、あんたの中ではそうなんでしょうね」
「…今日はやけに突っかかるねフェール」
文句があるならはっきり言えば?と朝霧の魔女はため息をついた。
「別に。従順な振りして大変そうだなって思っただけ」
鉄の魔女はよいしょと体を起き上がらせると朝霧の魔女と視線を合わせた。
「なんかさぁ、どんな綺麗事並べ立てても実際私には、コクマーで1番になってゼニスブルーと武器庫の魔女を追い抜きたいって行動にしか見えないのよブリュイエール」
「フェール、やめて」
「あんたの言う、ないものねだりの延長なんじゃないの?それ」
「フェール」
ぐん…っと部屋の空気に質量が増す。朝霧の魔女から盛れた魔力がちりちりと音を立てた。
「…はいはい、部外者は口出すなってことね。あんたがはっきり言えって言ったんでしょ」
ぱっと身を翻して去ろうとする鉄の魔女を恨みがましい視線で朝霧の魔女は射抜く。
「…的はずれなことばかりを言えとは言ってない」
「本当に的外れなら一笑に付しなさいよ。…ねぇブリュイエール。自分に嘘つくのだけはやめた方がいいよ」
「何言って」
「んじゃまた来るねぇーん」
最後だけいつもの調子で挨拶し、鉄の魔女は煙になって消える。
残された朝霧の魔女はしばらく自室だというのに所在なしげに佇み、ズルズルとその場に蹲った。
「…自分に嘘ってなに」


急に大図書館の受付前に現れた鉄と水飴の魔女に、当番で座っていた杜若とフォークの魔女は「ひょぇあ…?!」と情けない声を出す。そんな杜若の魔女にはお構いなしで盛大な溜息をつきながら鉄の魔女はカウンターに寝そべった。
「あ、あのぅ、鉄と水飴さん…そこ寝るとこじゃ…」
「はーぁ。ないものねだりしてんのは私もってわけ」
「聞いてくれないしぃ…」
しょんぼりしながらもどうしたんですか?と声をかけてやる杜若の魔女に「私は私でもう居なくなっちゃった大好きだった昔のあの子を押し付けようとしてるってことよ」とだけ返して鉄の魔女はふて寝を決め込んだ。
「さらにわけわからなく…って、ちょっと鉄と水飴さんそこでガチ寝はやめてくださいぃ」

3/27/2023, 9:35:40 AM