26時のお茶会

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My Heart



「人の心はどこに宿るのだろうか。なんていう使い古された問いに対して今更ボクなんかが言葉を重ねる必要などないくらいには、様々な立場や考えの学者の皆様が散々議論を重ねて来たのだろうけどさ。やはりボクとしてもそれは折に触れて考えたくなる話題なわけだよ。キミも一度くらいは考えたことくらいあるだろう?やぁ、いい朝だねダーリン」
出会い頭、挨拶の枕詞にしては長すぎる台詞を1度も噛まずにすらすら述べる目の前の女に、僕は目を見開き、固まる。…そして数秒を使って何とか脳を動かして状況を理解。嘆息を返した。
「なんだいなんだい、景気悪いね。やなことでもあった?」
「目覚めたら自室に招いた覚えのない女が布団に潜り込んでいて、しかも寝起きの頭に訳の分からない前置きを長文でつらつらぶち込んでくるんだ」
「それは災難だったね」
「お前のことだよ」
そいつは失敬!なんて言って布団からするりと抜け出した彼女はへらへら楽しそうに笑っている。
「話の続きは朝食の席でしようか。ボクはジャパニーズブレックファスト定番の納豆ご飯でいいよ。お腹ぺこぺこだからなるはやでよろしく」
「飯までたかる気か…?てか作るの僕かよ」

僕が用意した朝食にありつきながら、彼女は「さっきの話の続きだけどね」と僕の注意を集めようと箸を向けてカチカチ鳴らしてくる。
「箸でこっち指すな行儀悪い」
それを軽く手で押さえながら、仕方なしに聞く姿勢を取る。基本的にこの女は自分のやりたいことはやりきる性分だ。しっかり話を聞かない限りずっと隣で何かを言い続けるだろうからトータルで見てしっかり話を聞いてやる方が効率が良い。
「他の派閥もいるだろうけどね。心の在処については脳、心臓、体という器の中、魂と呼ばれる部位の中…基本的にこの4つが有力候補だろう。その中の魂派は、その21gを証明する手立てがほぼなく、そのことから魂派の者の主張は精神論にならざるを得ずに、悔しいが一番論拠が薄かった。でもね、それは昨日までの話さ。ボクはついに真実に辿りついてしまったんだ。そう、魂はある」
「何でもいいから食べながら喋るな。米粒飛ぶから」
そいつは失敬!なんて言って飛んだ米粒を拾い集めてひょいぱくと口に突っ込む彼女。先程も含めて、多分失敬なんて思っていないだろう。
「ふう、ところでダーリン。僕の理論を完璧にするには1つ前提が必要なんだけども」
そして彼女は
「なんでキミは朝からボクに聞いてこないんだい?「キミって昨日死んだよね?なんでここにいるの?」ってさ」
天気の話くらい気軽に、易々と僕の地雷を踏み抜いた。

「…何言ってるんだよ現にお前は、目の前に」
「分かってるくせに。まあ説明して欲しいんだね?いいとも。ボクのこれは死体だよ。魔力でコーティングして腐らないように。魔力を流して動いているように見せているだけの機能停止した廃棄物さ。いやぁ死んでから魔女になるとは思ってなかったけど、昨日まで自分になかったはずの魔力でも案外使ってみれば出来るもんだね?」
まあ動かすのに1晩かかっちゃったけども。と、彼女…僕の目の前で昨日脳漿を撒き散らして死んだはずの恋人は、昨日までと何ら変わらない笑顔をへらりと浮かべた。
「で、さっきの話に戻るとね。今って動いて見せてるけど言わば糸で操る人形みたいなものでさ。脳も動いてなければ、心臓の鼓動もなくて、外殻だって生命活動が何もないただの肉塊と何ら変わらないものになってしまった。多分今ボクと言えるものはこの魂のみ。だけど今ボクは魔法を操れるし、考えることもできるし、昨日と同じようにキミを愛していると確信できる。ということはやはり心と言えるものは魂に紐ついていたのだと、まあそう結論付けたというわけさ」
正直、昨日から僕の頭はそれほど働いていない。脳が処理を拒んでいたからだ。でも、これだけは言える、いや言っていいんだよな、と僕は緊張で乾ききった唇を舐めて湿らせながら恐る恐る声を出した。
「…でも、だったら。お前は死んだ、けど、これからも今までと変わらず僕のそばにいるってことだ、そうだろ?」
うんそうだよ。となんてこともないように気軽に返事をしてくれる、そう信じて疑わない僕を
「うーん、そうだと言いたいところなんだけど。それに答えるためにまずボクが聞きたいんだよね。ねぇダーリン」
またも彼女はどん底へと突き落とすのだ。
「キミさ、キミの魔法でボクのこと作ったりしてないかい?ダーリン…じゃなくて鬼灯と虚構の魔女」
僕の通り名を久々に口にした彼女は、朝目覚めて一番に考えた可能性を僕に再度突きつけていた。いなくなったはずの恋人がいる、そんな奇跡あるはずない。
虚構の魔女。固有魔法は「在るはずのないものを在ると偽る」能力である。

「もちろん、キミが何もしていないというのなら正真正銘ここにいるのはボクさ。タッチの差で魔女になれたから上手いことこの世にしがみつけた超絶ラッキーなボク。だから先程の問いにもいくらでも頷くよ、今日を過ぎてもずっとキミと一緒にいよう。魂とやらが摩耗して消えるその時まで。約束だ」
「でもね、これでキミがボク恋しさに無意識で「ゾンビ風になって蘇ったボク」を作り出してしまったならそもそも先程の理論は何一つ意味がなくなる。だって魂も何もないこういう風に話して笑って過ごすだろうなってキミが思うボクの幻影なんだもの。約束だってできないさ、だってそれならもう本当のボクはいないってことになるんだもの」
「だからキミに聞きたいんだよ虚構の魔女。キミはボクに魔法を使ったかい?」
そう言い連ねる彼女に僕は喘ぐようにして小さな反論をする。そうだ、この子も魔女になったのだから。
「お前も魔女になった…そう言ったじゃないか。そうしたらセフィロトに登録されて今頃大図書館にお前の名前の本があるはず…流石に僕の能力だって不可侵の大図書館までは変質させることはできないはずだ。だったら、お前が魔女になった、その事実でお前の存在を証明出来る」
そんな僕に
「うん、まあ見に行ってもいいんだけどね。ボクの魔女名言ったっけ?言ってなかったかな?…では改めてボクの名前は「虚像の魔女」。キミたち魔女の通り名は必ず2つの要素で構成させてると前に言っていたじゃないか。じゃあボクは何故不完全にも1つの…しかも虚像なんて名前なんだろうね」
彼女…虚像の魔女は少し寂しそうに微笑んだ。



後にセフィロトに向かうも、やはり本には虚像の魔女としか書いておらず、司書をしている魔女たちも全員首をかしげた。
そして僕は、彼女…虚像の魔女の存在が僕の魔法によるものかを疑いながらも、それでもどうしたって本人としか思えない彼女を愛さずにはいられずに。
ここから、虚像の魔女の心の実在を証明するための長い長い日々が始まったのだ。

3/27/2023, 4:01:27 PM