26時のお茶会

Open App

見つめられると


最近、すごく、とある魔女からの視線を感じるんです。
そう零すオペラモーヴと断熱の魔女は、温めのグリーンティーが注がれたティーカップを両の手で強く握った。
「それは殿方?」
もう1人の来客、朝霧とアプリコットの魔女にもカップを差し出しながら唐紅と櫛の魔女はこてりと首を傾げる。
「そう、です。探求と賛美の魔女さん…」
名前を聞いてあー、と朝霧の魔女は頬杖をついた。
「あの魔法大好きくんかぁ。あれじゃないの?いつもの発作」
そうねぇと頷き、
「気になる固有魔法を使う方に一定期間並々ならぬ興味を見せるって聞いたわぁ。貴女の魔法が気になっているんじゃないかしら?」
そう言う櫛の魔女に弱々しく断熱の魔女は首を横に振った。
「もう、私の魔法は十数年前くらいにお見せして満足していましたし…そういうんじゃなくて、その、ずっとじぃっと見てくるんです。話しかけてくるとかではなく、じぃっと。私、その視線がなんだか居心地悪くて…」
断熱の魔女の様子に少しは真面目に聞いてやるかと思った朝霧の魔女だが、
「ドキドキしちゃうのね?」
その櫛の魔女の言葉を聞いて、ははーん、と途端にニヤニヤし始めた。
「なるほどねぇ?要約するとずっと見つめられるとドキドキしちゃうってこと?あーあ、ひよっこ断熱がついに男魔女と恋か~」
「まぁ素敵だわぁ」
櫛の魔女まで両手を合わせておっとり微笑んでみせる。そんなふたりに断熱の魔女は「そ、そういうんじゃないんです!」と少し声を大きくした。
「私、説明力ないからあれなんですけどっ、な、なんかどこに行ってもいるんですあの人…!それで絶対目が合うんです。そのまま私が逸らしてもずっと見てるんです。一定の距離を置きながらですけど着いてくる時もあって。最近はなんか寝付きも悪いし、魔法の調子も悪くて。なんかカース系の魔法を使われてるんじゃないかって、思っ…な、なんなんですかその顔ぉ」
櫛の魔女は優しい目をしながら断熱の魔女の頭を撫でる。
「うふふ、断熱ちゃん可愛いわぁ。恋ねぇ。讃美くんのことが気になって寝不足になって注意も散漫になっちゃうなんて」
「だからそういうんじゃないんですってぇ!ゾワゾワなんですってぇ!」
「殿方の視線に慣れてないのねぇ、可愛いわぁ」
慌てれば慌てるだけ怪しいんだぞ断熱ぅ、櫛さんに口で勝つのは難しいぞ断熱ぅ…と思いながらも口に出さず朝霧の魔女はまろい味のグリーンティーに口をつけた。



数日後、朝霧の魔女はこの日を後悔する。あの時、確かになにかの違和感を感じて1度は真面目に聞いてやるかと思ったくせに、先入観に囚われてまともに取り合わなかった自分自身の愚かさを。

体を床に投げ出した断熱の魔女の、有り得ない方向に曲がった首を見ながら。
レモネードに輝いていたなんて信じられないくらいに濁ったもう何も映さないふたつの瞳を見つめながら。

ー…カース系の魔法を使われているんじゃないかって

大図書館の「探求と讃美の魔女の書」は上位権限ですぐにチェックした。呪いタイプの魔法はひとつたりとも刻まれていなかった。
それでもあの子が感じた不安の正体を探ってやる、と、朝霧の魔女は讃美の魔女を尋ねる。そして、彼が1か月前から行方不明になっている事実を知った。



じぃ、っと視線を感じる。
鋭く振り返れば、人混みの奥から朝霧の魔女を見つめるそれと目が合う。
慌てて近付こうとそちらへと進めば同じだけの遠ざかる。逃げている様子もなく、ただただ距離が縮まらない。
見詰める、という表現に正しく自身片時も離れず注がれ続けるその視線に、朝霧の魔女の背中に一筋冷たい汗が流れた。

3/29/2023, 1:05:49 AM