『懐かしく思うこと』2023.10.30
同窓会の帰りに、昔よく遊んでいた場所に行くことは、ベタな行動だと分かっている。それでも、そんなベタな行動をとったのは、俺たちが酔っぱらっているからだろう。
高校生の頃によくたまり場にしていた、タコの遊具のある公園。久しぶりに訪れたその場所は、すっかり様変わりしていた。
あれだけ異彩を放っていたタコの遊具は無くなっていて、ジャングルジムもブランコも無くなっていた。
あるのはベンチと砂場だけの、ただの広場になっていた。
「あらぁ、なんもないね」
残念そうにコイツは言う。
経年劣化と、最近のアレコレで公園から遊具が消えている。それはここの公園も例外ではなく、危ないからという理由で広場になってしまったのは、噂で耳にしていた。
噂を聞いたころはなんとも思わなかったが、コイツと一緒だと寂寥感に襲われて鼻の奥がツンとなった。
あれがあそこにあって、それがここにあってとコイツと二人で公園を歩く。
ジャングルジムでは当時つるんでいた不良仲間と、近所に住むガキどもで高オニをした。タコの遊具では雨の日に、ヤツと雨宿りをした。
そんな日々を懐かしく思うのは、俺たちが大人になったという証しだ。
「鬼ごっこやらねぇか」
「いいね、やろう」
俺の提案にコイツは迷うことなく頷く。
どっちが鬼かどうかは関係ない。
俺たちが青春を過ごしたこの公園の、在りし日を思い出すように、俺たちはぶっ倒れるまで走り回った。
『もう一つの物語』2023.10.29
もし、今の仕事をしていなかったら何をしていただろう。
案外、実家の寺を継いでいたのかもしれない。案外、あのままサラリーマンを続けていたかもしれないが、寺を継ぐ者がいないので、すぐにやめてそうなっていただろう。
そうなると、役者なんてやっていなくて、他の連中とも今みたいに会うこともなかっただろう。
他のやつはどうだ。
一番身長の高い彼は、きっとサラリーマンをしていたに違いない。金髪の彼は、医者になっていたかもしれない。いじられキャラの彼は高校教師をしていただろう。最年少の彼が一番、想像つかないが、セレクトショップかなにかを開いて個性的な洋服でも販売してそうだ。
それぞれがそれぞれの道を歩んで、少しもすれ違うことはない。万が一、会うことがあっても。今のような親密さはないだろう。
別世界別次元の世界のことをマルチバースというのだと、一番身長の高い彼がいつか言っていた。その世界には、俺たちだけど違う俺たちがいるのだという。
今の関係はとても心地がいい。ケンカもするし、腹が立つこともあるし、何度も解散しようと思ったこともある。しかし、それでも一緒にいるのは、彼らといると安心するからだ。
親友とは違う戦友のようなもの。その表現がしっくりくる。
そこまで考えて、次回の本公演のテーマが決まった。
登場人物は俺たち。今の仕事をしていない俺たちを描いた作品にしよう。
役者をしている俺たちとしていない俺たちの世界をテレコするというわけだ。
もう一つの物語。
それが、次回のテーマである。
『暗がりの中で』2023.10.28
暗がりの中で、荒い気遣い、喘ぐような声が口からもれる。体はじっとりと汗ばんでいて、無意識で繋いだ手が熱い。
相手からも同じような感情が伝わってきていて、嬉しいようなそうでないような。
ビクッとこわばる体。動きが止まり、先へ進めない。
早く、と急かしても彼は動かない。こんな状況で焦らすなんて意気地のない男だ。こちらが軽く刺激を与えると彼は、声を上げた。
「なにすんだ!」
顔を真っ青にして、彼は器用に怒ってみせている。
「さっさと行けよ。ビビッちょるんか?」
「うう。もう無理だってぇ。お前が先に行けよ」
「年下を先に行かするなんて、意気地のない男たい」
こうなることは、予想はついていたので、仕方なく先頭に出る。ついでに手も振り払ってやろうと思ったが、思ったより強く握られているので、諦めることにした。
今、俺たちはお化け屋敷ロケの真っ最中だ。くじ引きで俺とお化けが嫌いな彼とが同じチームになり、順路を進んでいる。とにかく彼はビビりなので、かなりの鈍行となっており、なかなか前に進めない。
「手ぇ、離すなよ」
はたから見ればかなり男らしいセリフに聞こえる。しかし実態は、怖いので手を離さないでください、という意味だ。
手を繋いでいるだけならまだ許せるが、大きな体でしがみついてくるものだから、うっとうしくてしかたがない。
これが美女ならいいのにと思いながら、背中で悲鳴を上げまくる彼を引き連れて、ゴールへ向かって進んだ。
『紅茶の香り』2023.10.27
彼が紅茶を飲んでいると、様になって見えるのは日本人ではないから。
普段はコーヒーを注文する彼が、今日は紅茶を所望してきた。
うちにはアッサムとダージリンしか置いていないので、日本育ちとはいえ生粋の英国人である彼の気を損ねやしないかと勝手にヒヤヒヤしたが、別に茶葉にこだわりはないそうなので少し安心した。
コーヒーを飲む時は彼はミルクとシュガーをたっぷり入れる。しかし、紅茶はミルクだけ要求してきた。
彼は紅茶をティーポットから紅茶を注ぐと、そのあとにミルクを注いだ。
ミルク問題はたびたび議論になるそうで、彼の両親は先入れ派と後入れ派で対立しており、紅茶を飲む度にバチバチしているという。
その息子である彼は後入れ派で、量もたっぷり入れるそうだ。
それはともかく。
彼が窓辺の席で、陽の光と同じ色の髪をキラキラと輝かせながら紅茶を飲んでいる様は絵になる。
口を開くと出てくるのはカタコトでない流暢な関西弁だが、黙っていると外見のままの印象を抱いてしまう。
紅茶の香りに包まれる彼は、ただ美しい。
『愛言葉』2023.10.26
我が家はいついかなるときも「好き」や「愛している」ということを伝えるようにしている。
うちが夫婦喧嘩をしないのも、そういったことが関係しているのかもしれない。
もともと、それを言い出したのは奥さんだ。
人間なのでイラついたりムカついたりすることもあるかもしれない。しかし、それを表に出すのは美しくない。というのが、奥さんの弁だ。
愛の言葉に慣れている奥さんは、たやすくやってのけるが、俺はどうにも苦手だ。苦手なことは苦手なのだと素直に言うと、奥さんはプロポーズの時はあんなに情熱的だったのにと反論してくるので、それ以上なにも言えなくなる。
しかし、それも最初だけで毎日、愛の言葉を聴いて口にすると慣れてくるものだ。
娘が産まれてから特にそう感じる。
とにかく娘は可愛いので、可愛いだの大好きだの言いまくっていたら、奥さんへの愛の言葉も自然と増えていった。
「好きっちゃ」
奥さんと二人きりのときに無意識にそう口にすると、普段は絶対に照れたそぶりを見せない彼女が、
「今の言い方、ちょっときゅんときた」
と恥ずかしそうに言ったので、
「愛してると。これからもずっと一緒にいてくれんね」
重ねていうと、奥さんはますます恥ずかしそうにしながら、頷いてくれた。
見つめ合う視線、縮まる距離、めくるめく甘い時間――
に突入しようかとしたそのとき、寝たと思っていたはずの、最近おしゃまになってきた五歳の娘にばっちり見られて、さんざんにからかわれたのだった。