かのこ

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『もう一つの物語』2023.10.29


 もし、今の仕事をしていなかったら何をしていただろう。
 案外、実家の寺を継いでいたのかもしれない。案外、あのままサラリーマンを続けていたかもしれないが、寺を継ぐ者がいないので、すぐにやめてそうなっていただろう。
 そうなると、役者なんてやっていなくて、他の連中とも今みたいに会うこともなかっただろう。
 他のやつはどうだ。
 一番身長の高い彼は、きっとサラリーマンをしていたに違いない。金髪の彼は、医者になっていたかもしれない。いじられキャラの彼は高校教師をしていただろう。最年少の彼が一番、想像つかないが、セレクトショップかなにかを開いて個性的な洋服でも販売してそうだ。
 それぞれがそれぞれの道を歩んで、少しもすれ違うことはない。万が一、会うことがあっても。今のような親密さはないだろう。
 別世界別次元の世界のことをマルチバースというのだと、一番身長の高い彼がいつか言っていた。その世界には、俺たちだけど違う俺たちがいるのだという。
 今の関係はとても心地がいい。ケンカもするし、腹が立つこともあるし、何度も解散しようと思ったこともある。しかし、それでも一緒にいるのは、彼らといると安心するからだ。
 親友とは違う戦友のようなもの。その表現がしっくりくる。
 そこまで考えて、次回の本公演のテーマが決まった。
 登場人物は俺たち。今の仕事をしていない俺たちを描いた作品にしよう。
 役者をしている俺たちとしていない俺たちの世界をテレコするというわけだ。
 もう一つの物語。
 それが、次回のテーマである。

10/29/2023, 12:57:29 PM