『秋晴れ』2023.10.18
パァンと高らかな号砲。転がるように児童たちが一斉に走り出す。観客席からは父兄の歓声が上がる。
「うおー、頑張れー!」
それに負けないぐらい大きな声で俺たちは応援する。舞台で鍛えた声量で応援すれば、他の父兄が面白そうに笑った。
今日は俺の息子の運動会だ。そして、金髪の彼の娘ちゃんの運動会でもある。
奇しくも俺たち全員のスケジュールがオフだったので、五人そろって応援にきたというわけだ。
「いけ、そこだ、差せ!」
「いやいや、競馬じゃないんだから」
応援に熱が入ってしまいそう声を張り上げると、ツッコミが入る。
そんなやり取りすら面白いと感じてしまうのは、ここにいるのが俺の大好きな仲間たちだからだ。
俺の息子も他の連中が応援に来ると知たときは、照れてはいたが当日になると、かけっこで一番になると意気込んでいた。
息子は顔を真っ赤にして前へ前へ進んでいる。後方からのスタートで最初は出遅れていたが、今は一位をキープしている。しかし、その後ろには俊足で知られる彼の友人。どちらが一位になってもおかしくない。
俺たちの応援にも力が入る。競馬のような応援だろうとかまわない。
ゴールまで、あと少し。どちらが勝つか――
そして、ゴールテープが切られた。勝ったのは俺の息子だった。差し切ったのだ。
勝利を祝いつつ、他の子たちの健闘も称える。げれっぱの子がゴールしたときなんて、うちの最年長の彼は号泣しながらバチンバチンと拍手を送っていた。
秋晴れのもと、感動と大歓声のなかで、かけっこは幕を下ろした。
――ちなみに、運動会が開始して一時間のできごとである。
『忘れたくても忘れられない』2023.10.17
本気で好きだった。だからこの関係もずっと続くのだと思っていた。でも、バレンタインデー当日にフラれた。これまで付き合ってきた女の子と同じ言葉を言われてフラれた。しかも自分の誕生日にというダブルパンチ。
これを忘れろというほうが無理な話である。
今でこそ笑い話として話題に出しているが、その実はそれなりに気にしている。
そんな話を年上の友人にすると、おかしそうに笑い飛ばした。
気にしてるから笑うなと憤慨するが、彼はよけいに笑みを深める。
「お前、そんなに繊細なやつだったんだな」
かわいいなぁと付け足して、ワシワシと頭を撫でてきた。
「今もその子のこと好きだったりする?」
「いや、さすがにそれは」
もう一度、いい仲になりたいとは思っていない。たしかにその彼女を忘れられないのは事実ではあるが、そこまで執念深くないし女々しくないつもりだ。
あくまで一つの『想い出』として忘れらないのだ。
そんなことを重ねて伝えると、彼は微笑ましそうにそうかと頷いた。
「若いうちはいろいろ恋愛経験をして大人になっていくもんなのさ」
「それってアンタとのことも?」
「どうだろうね」
嫌味をこめて聞けば、彼ははそうはぐらかした。
もし、将来この関係に終わりがきたとしても、彼とのことは忘れたくても忘れられないことになるのだろうと思った。
『やわらかな光』2023.10.16
夜中にふと目が覚めた。時計を見るとちょうど二時になったところだった。
ベッドに入ったのてっぺんだったから、二時間しか寝ていないことになる。
なんとなく喉の渇きを覚えて、キッチンでミネラルウォーターをコップ一杯飲んだ。
自分のベッドの下に敷かれた布団では、友人が気持ちよさそうに眠っている。さっきまで散々、酒を飲んでいたので少しいびきが大きい。気になるほどではないのだが、お約束とばかりに鼻を軽くつまんでやった。ふがっと変な声を上げるものの、起きそうにない。起きてほしいわけではなかったので、放っておくことにした。
トイレを済ませてベッドに戻る前に、なんとなくベランダに面したカーテンを少しばかり開ける。
まん丸になりかけの月が、優しく地上を照らしていた。
秋の夜空は好きだ。空気が澄んでいて、星や月がよく見える。
都会のネオンとは違ったやわらかさがあり、見ているとホッとするのだ。
しばらく月を眺めていると、ほどよい眠気がやってくる。
酒に酔い月に酔う。なかなかどうして風流だ。
少し開いたカーテンはそのままに、ベッドに戻った。やさしい月の光を浴びながら、そのまま夢の中に沈んでいった。
『鋭い眼差し』2023.10.15
板の上であの眼差しと目が合うと、役など忘れて怯んでしまうことがある。もちろん、そんなこと面には出さないし、芝居に支障をきたすことはない。なぜなら、オレはプロだから。
ギャップとでもいうのだろうか。普段は、のほほんとしてて天然で、マイペースな彼。しかし、役者としてのスキルは高い。海外で学んできた技術を舞台の上で惜しみなく発揮している。
稽古場では目立つ方ではない。若手をあたたかく見守っていて、悩んでいたり行き詰っていたりする者がいれば、さりげなく声をかけている。それで、持ち直した者もいる。オレだってその一人だ。
それはプライベートも同じこと。面倒見がいいし、優しいし、こちらを立てながらも年上として振る舞う。
とにかく、そんなひとだから、ひとたび役に入るとギャップがすごい。
どんな役でもそう。コミカルな役だとこちらも楽しくなるし、嫌な役だとこちらも嫌な気持ちになる。乗せるのが上手いのだ。
今回の彼の役は、とにかく悪逆な男。簡単に人を傷つけて、平気で裏切る。そんな役どころだ。
オレの役はそんな彼に裏切られる役。ボロボロに傷付けられたあげくに、ゴミのように捨てられるのだ。
裏切られるまでは、優しくて寄り添ってくれているのに、あるきっかけでそれが崩れる。
信じていたのに、とすがるオレに彼は射殺すような鋭い眼差しを向けてくるのだ。口元を手で隠し笑いながら視線を下げる。そして、ひとしきり笑うと、顔を上げつつ、口元の手を離し、すっと真顔になるのだ。
どろりと濁ったその瞳。それをオレに向けて、セリフを言いながら客席に向ける。観客が息を呑んだ気配が伝わってきた。
これでこの場は、完全の独壇場となったのだ。
『高く高く』2023.10.14
天高く馬肥ゆる秋とは言ったもので、この季節はなにを食っても美味い!
サンマ、毛ガニ、シマエビ、シシャモも美味い、料理なら石狩鍋。これはなまらうめぇべ。うちの奥さんの作る石狩鍋うめぇから一回食ってみって。
この時期は鮭が産卵のためにもどってくるから、卵はたくさん持ってるし、脂も乗ってんだわな。それで、鮭の親子丼なんてしたらもう最高よ。
あとは牡蠣だな。牡蠣まつりなんて有名なイベントもあるな。
あ、さっきも言ったけどシシャモもいいな。
本物のシシャモを食ってほしい。普段、俺らが食べてるのはシシャモじゃないだわ。
カペリンていう。代用魚なんだ。だから、本物のシシャモは世界広しといえど、北海道の太平洋岸だけなんだべ。産地なら刺身も食えるんだって。
あと、あれだ。たちって知ってっかい? 言ったら白子だな。
もう少し寒くなると、たちの天ぷらが居酒屋に出るから、一度食ってみって。
な。想像したら腹減ってきたべ? せっかくだし、うちに飯食いにこねぇ?
俺の奥さんがさぁ、石狩鍋作ってくれるんだよ。
うちの奥さんの作る石狩鍋、なまらうめぇからな、もう世界一よ世界一。
そんなうまいもん食ったらよ、元気になるし身長も伸びるって。
だから元気だせって。天高く馬肥ゆる秋。
テンションも高くしていこうぜ!