『子供のように』2023.10.13
「よし、炙りカルビゲームをしましょう」
稽古の休憩中、おもむろにメンバー最年少の彼が言い出した。
「炙りカルビゲーム?」
「炙りカルビを一回ずつ増やしていくゲームです」
「それいいなぁ! やろうやろう!」
すぐに他のメンバーも同意する。
スタートは最年少の彼からだ。そこから最年長の彼、一番身長が高い彼、金髪の彼、そして僕と順繰り順繰り回っていく。
きわめて単純なゲームだが、炙りカルビという似た語感と同じ言葉を繰り返すことでこんがらがってしまい、わけが分からなくなってしまうという、実は少し難しいゲームなのだ。
十回を超えたあたりで、最年少の彼が噛んでしまう。それだけで、僕たちは大盛り上がりだ。
普段、稽古となるとピリピリギスギスしてしまうが、誰かがこうして遊びを提案すると、それに乗っかるというのが僕たちのルールである。
王様ゲームやしりとり、ババ抜きとこれまでいろいろやってきた。
周りの人は子供っぽいと笑うが、そんな子供っぽいのが僕たちが今の距離感を保つ手段なのである。
そんな子供のようにみんなで遊んでいるのが好きです、とファンの方に言われることがある。
二十代の頃は嫌だったが、三十歳を超えると嬉しくなってしまう。
照れ隠しに「そんなことない」と否定するが、それすらもファンのみんなは喜んでくれるのである。
僕たちが六十歳を超えるまで、ずっと子供のようにはしゃいでいようとそう決めているのだ。
『放課後』2023.10.12
ロケ車の中から帰宅途中の学生の姿を見つけた。あれは高校生ぐらいだろうか。少し照れたように歩幅を合わせて歩く男女。
「ありゃ付き合ったばかりだな」
からかうように呟く。
「甘酸っぺぇなぁ。俺もあったわ。学生の頃」
一番身長の高い彼も同調して頷いている。今日は俺たちふたりでのロケだった。
「あれぐらいの時って、手ぇ繋ぐのも勇気いったよぁ」
彼はしみじみと言って、他のスタッフと微笑ましそうに初々しいカップルを見送った。
「お前にもそんな時期あったんだな」
「そりゃもう、ドラマみたいに純愛だべ。学校終わったら、昇降口で待ち合わせてよ、外に出るまでは手を繋がないんだわ。そんで、校庭の外に出たら手を繋いでたなぁ。そのあとにいろんなとこでデートしたんだわ」
「ラブホも入ってな」
「そうそう、ラブホもって。んなわけねぇーべや! 清い関係だった!」
ちょっとからかってやると彼はすぐにムキになる。大きい図体をしていても性格はちょっと子どもっぽい。それゆえ、からかいやすくその反応も面白いのだ。
『カーテン』2023.10.11
カーテンが風に揺れている。おかしい、校内の窓は全て閉めたはずなのに。もしかしたら見落としていたのかもしれないと思い、教室の中に入る。
当然、いるのは自分だけだと思っていた。誰かいるはずがないと。
窓に近づいたとき、強い風が吹いた、カーテンが大きく揺れる。
「うわ」
急に声が届いて驚いた。誰もいないはずのそこに、最近転校してきたという生徒の姿が急に現れたからだ。
いつの間にそこにいたのかとか、どうやって入ってきたのかとか聞きたいことはたくさんある。
「お前、どっから」
ドキドキしているのを隠すようにそう問えば、生徒は右の口角を上げるような笑みを浮かべる。
「俺、ずっといましたよ」
ごまかしていることはすぐに分かった。しかも、上手いことそれが嘘ではなく事実である、ということを思い込ませるような口ぶりだ。そして、追及すら許すつもりもないらしい。
「やだなぁ、先生。寝ぼけてるんですか?」
「外から入ったのか?」
「そんな忍者じゃないんだから」
生徒はヘラヘラと笑う。ここは三階。壁をよじ登るのは、普通の人間では無理だ。それこそ忍者でなければできない芸当。フィクションの世界である。
「先生」
生徒が急に真面目な顔になって、そっと耳打ちしてくる。
「世の中には知らないほうがいいこともあるんですよ」
低い声で生徒はささやいた。瞬間、また風が強く吹いてカーテンが暴れる。
顔にかかるカーテンを跳ねのけたころには、生徒の姿はもうなかった。
『涙の理由』2023.10.10
わぁわぁと生まれたばかりの娘が泣いている。次男はすわ何事かとうろたえて俺を呼びに来た。妹が泣いていると、自分も泣きそうになりながら伝えにきたので、ありがとうと礼を言って彼女の元へ向かう。
すると、そこにはすでに長男がいて、ほとほと困った顔をしていた。
その傍らには新しいオムツとミルクの入った哺乳瓶がある。それだけで、彼がいろいろ考えて泣き止ませようとしていたのがわかった。
そんな努力に目頭が熱くなる。ああ、お兄ちゃんになったんだなと。
しかし、俺はパパだ。伊達に二人も育ててきていない。俺に任せろと、娘を抱き上げた。
オムツでもミルクでもないとなると、きっと彼女は寂しいのだろう。抱っこしてゆらゆらと揺らすと、余計に娘の泣き声が大きくなる。
いないいないばぁをしたり、話かけたり、彼女が絶対に泣き止む曲をかけても意味をなさなかった。
情けない男三人で、あの手この手で小さなお姫様を宥める。
しかし、それでも彼女は泣き止まない。
もしかすると、どこかが痛いのかもしれない。これは一大事だ。
スマートフォンを手にして、かかりつけ医に電話をかけそうになったとき、妻がリビングに戻ってきた。
号泣する娘とうろたえる俺たちを見て、全てを察したらしい彼女は困ったように笑った。そして、俺の手から娘を掬い上げる。
するとどうだろう。今まで号泣していた娘はぴたりと泣き止んだ。それどころかキャッキャと笑顔を見せている。
どうやら、彼女はママが恋しかったらしい。
そういえば、息子二人が赤ん坊のときも同じように妻が抱っこすると泣き止んだことがある。
すっかり忘れていた感覚に、ブランクの長さを思い知り、改めてママは強いなと思った。
『ココロオドル』2023.10.09
心が躍る瞬間は、なんといっても新しい作品の台本をもらったときだろう。
今回はどんな人物を演じるのだろう。どんなセリフを口にして、どんな歌を唄うのだろうか。
真新しい台本をパラパラとめくる。それだけで、自分や他の演者がどのような動きをするのか頭の中で想像する。
自分のセリフを素読みすれば、そこにはその人物が見える。
なるほど、コイツはこんなやつか。
ごくたまに、自分とは合わない性格のやつもいる。自分だったらこんな言い方や態度はしないのに、と憤りを感じることもある。絶対にコイツとは友達になりたくない、とブツブツ文句を言いながら演じることもある。
しかし、それも公演が終わるころになると、あれコイツもしかしていいヤツなんじゃねと考え方を改めることもある。
そんなときは、やっぱり新しい友達ができたみたいで心が躍るものだ。
これまで演じてきた役、すべてが大切な友達。
たとえそれが一回きりだったとしても、出会いは出会いなのだ。
もし、魔法か何かでその友達全員と話すことができたらどうなるだろう。
やっぱり気が合うやつは合うし、合わないやつは合わないのかもしれない。
そんな妄想すら、ココロオドルものなのだ。