『鋭い眼差し』2023.10.15
板の上であの眼差しと目が合うと、役など忘れて怯んでしまうことがある。もちろん、そんなこと面には出さないし、芝居に支障をきたすことはない。なぜなら、オレはプロだから。
ギャップとでもいうのだろうか。普段は、のほほんとしてて天然で、マイペースな彼。しかし、役者としてのスキルは高い。海外で学んできた技術を舞台の上で惜しみなく発揮している。
稽古場では目立つ方ではない。若手をあたたかく見守っていて、悩んでいたり行き詰っていたりする者がいれば、さりげなく声をかけている。それで、持ち直した者もいる。オレだってその一人だ。
それはプライベートも同じこと。面倒見がいいし、優しいし、こちらを立てながらも年上として振る舞う。
とにかく、そんなひとだから、ひとたび役に入るとギャップがすごい。
どんな役でもそう。コミカルな役だとこちらも楽しくなるし、嫌な役だとこちらも嫌な気持ちになる。乗せるのが上手いのだ。
今回の彼の役は、とにかく悪逆な男。簡単に人を傷つけて、平気で裏切る。そんな役どころだ。
オレの役はそんな彼に裏切られる役。ボロボロに傷付けられたあげくに、ゴミのように捨てられるのだ。
裏切られるまでは、優しくて寄り添ってくれているのに、あるきっかけでそれが崩れる。
信じていたのに、とすがるオレに彼は射殺すような鋭い眼差しを向けてくるのだ。口元を手で隠し笑いながら視線を下げる。そして、ひとしきり笑うと、顔を上げつつ、口元の手を離し、すっと真顔になるのだ。
どろりと濁ったその瞳。それをオレに向けて、セリフを言いながら客席に向ける。観客が息を呑んだ気配が伝わってきた。
これでこの場は、完全の独壇場となったのだ。
10/15/2023, 10:44:52 AM