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7/22/2024, 10:27:30 AM

「今、一番欲しいものはなんですか?」
年金を貰った帰り道、そう質問を投げかけられた。
「まあ強いて言えば、お金じゃないかな」
なにかのロゴTシャツを着た青年はうなずいた。
「なるほど。そうですね、お金は大切です。でも、本当にそれが一番欲しいものですか?」
確かに一番と問われれば、そうではない気がする。貯金と年金でそれなりの生活はできているし。
「たとえば、ですけど。僕が人生に彩りが欲しいんです。それが僕にとっての今一番欲しいものです」
にこやかに笑う彼に、つられて笑ってしまう。
「彩りか。それはいい」
「そうですよね。僕もそう思います」
彼は振り向いて、後ろにあるテントを指差す。そこには人がちらほらいてなにかを囲んでいるように見える。
「絵を描いているのか」
「はい。よかったら見て行きませんか」
俺は首を縦にふり、そのテントに近づく。
俺と同じか、少し歳上の年寄りたちが集まっていた。
「ちょっと俺もやっていいか」

それから2時間くらい黙々と描いた。我ながら満足するものができた。
「いいですね。すごく上手です」
先ほどの彼が俺のデッサンを褒める。鼻が高くなった。
「いいよな。俺もそう思う」
片付けはじめた彼の背に向けて言う。
「わかったぞ。俺が今、一番欲しいものは生きがいだってな」

7/21/2024, 1:08:10 PM

さあ、今日も冒険だ。
お気に入りの靴を履いて、気持ちをこめてドアを開ける。
村から飛び出した勇者は、鬱蒼とした森を目指す。
ひとたび強い武器を手にいれた。
ただの細い木の枝と思うなかれ。
これは私にとっての最初の武器なのだから。
勇敢なる私は迷うことなく、恐れることなく進んでいく。
その先には魔王のいる城がある。
その城へと続く長い階段。きっと一筋縄じゃあいかないだろう。
それでもずんずん進む。
道中、草のかげから鳥が飛んでいったときは驚いた。
しかし私の敵ではない。
階段を登りきり、一息つく。
さあ待っていろ、魔王め。
木の枝をにぎりしめ、城へと向かう。
「なにをしているんだ?お嬢ちゃん」
見慣れない服を着たおじさんが箒を手にこちらをうかがっている。
私は仰天して後ずさりをした。
「ああ、あいつの友達か?おい、友達きてるぞ」
神社の裏から男の子がやってくる。
「なに、どうかした?」
「友達きてるって。夕飯までには帰ってくるんだぞ」
おじさんはそう言い残してどこかへ去っていった。
男の子と私、ふたりだけがその場に佇んでいる。
「ええと、だれだっけ。クラスメイトだったりする?」
彼の問いに私は首をかしげた。知らない子だ。
「おれ2組の、まさき。かがまさき」
「あれ、うちの学校は1組しかないけど」
まさきはくりくりの目をまんまるにしていた。
「え?ああ、学校がちがうのか。おれ、西小なんだけど」
「私、北小だ。そっか、学校ちがうんだ」
そりゃ、クラスメイトじゃないよね。とふたり同時に吹き出した。
「そうだ、名前は?君の名前」
君ってはじめて人に言われた。なんだかくすぐったい。
「私の名前はね、」
そしてまさきは仲間になった。
はじまりのはじまり。

7/20/2024, 1:46:09 AM

黒板を叩くチョークの音、身体をつつむ暖かな陽のひかり。教卓に立つ先生の流れるような言葉たちの海に僕は、ゆらり揺れて、船をこいでいた。
夢と現実の狭間、脳内に映像が流れる。
僕は教卓に立っていた。チョークを黒板に押し付け、なにかを書いている。指に付着したチョークの粉の感触。
およそ20人ほどが各々の席に着席していた。
その全員が僕、僕、僕だった。
違和感はあったけど、教卓の僕は指摘することなく話進める。
机に突っ伏す僕がいれば、真剣にシャーペンを持つ僕もいた。
僕は僕に向かって話す。
それは歴史であり、公式であり、科学であり、文学であった。
やがてチャイムが鳴る。それと同時に全員が椅子から立ち上がった。
教卓の僕には僕しか見えない。
そして起立した僕には僕しか見えない。
視線の先には僕がいる。

7/17/2024, 1:44:11 PM

「過去ってのはいちばん遠いんだぜ」
肩を組んでくる親父はやたらタバコ臭かった。
「そしていちばん近いのは今だ。その次に未来ってとこか」
1滴ものんでいないはずのこの男は酔っぱらっているように見える。それにしても鬱陶しい。
「だからな、ケイ。いちばん遠い過去をどうにかしようとすること、それは素晴らしい気概だ。だがな、それにとらわれちゃあ、いかん」
ぼくに体重をかけ、肩を揺らしてくる。
こっちは勉強中なんですけど。必然的に線がゆがむ。
「未来はこれから決められる。そしてそれは今からどうしていくのかっていうことだぞ。つまり今だ、今」
「だから今、未来のために勉強しているんじゃん」
のしかかってくる親父を押し退ける。それから冷蔵庫から麦茶の入ったペットボトルを取り出した。
「そうか、そりゃあいい。だがな、ケイ。だれかから押し付けられた学びより、自分の心に従うほうがきっといい」
台所から見えた親父のその得意げな顔。
それがぼくにとっての遠い記憶。

7/15/2024, 7:58:49 AM

奇妙な目に対して俺は自由気ままに振る舞う。
どこまでもついてくる目から変わった鳴き声がした。
いや、違った。変ないきものではなく、俺の主人だ。
俺はどこにでもいるただの柴犬、つまり犬なのだ。
指示された通りに動けば、うまいおやつがもらえる。
特に主人が持つヘンテコな目のついた四角の前だと多く与えられるんだ。
だから俺は今日もパフォーマンスをするのだ。

おやつもほしい。だけど、ごはんをたらふく食いたい。
どうすればいいだろう。
「がめついっすね、センパイ」
空から降ってきたその声に、うんざりした。
「おめえだって腹一杯メシ食いたいだろ」
「ふん。まあセンパイほどではないっすけど」
声の主のしっぽと思われる部分が揺れているのがわかる。馬鹿にしてんのか?
「なんかいい方法ねえかなあ」
そこらへんに転がっていたお気に入りのボールを噛む。
「センパイ」
突如として姿を現したコイツに俺はおおげさにビビってしまった。そんな俺をコイツは鼻で笑い、三角形の耳を震わせる。
「確実ではないっすけど。ぼくら手を取り合って協力し合えば、ごはんいっぱい食べられるかもっすよ」

また、奇妙な目が俺らを追いかけまわしている。
俺らは一緒に駆け回り、時にケンカし、おなじ皿のメシと、おなじ布団で寝た。
アイツは自由にニャアニャア鳴き、俺は忠実にパフォーマンスしていく。
たらふく、と言えるほどには増えてはいない。だけど少しずつ増えている気がする。
なにより、気に入らなかったアイツは思ったよりいいヤツだ。
「センパイなにしてんすか。もっとあざとくないとダメっすよ。ってセンパイにはできないっすよね」
「おいこら、おめえ。馬鹿にしやがって」
相変わらず生意気ではあるが。
俊敏すぎるその背中を追う。
いつかたらふく食おうな、相棒。

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