「今、一番欲しいものはなんですか?」
年金を貰った帰り道、そう質問を投げかけられた。
「まあ強いて言えば、お金じゃないかな」
なにかのロゴTシャツを着た青年はうなずいた。
「なるほど。そうですね、お金は大切です。でも、本当にそれが一番欲しいものですか?」
確かに一番と問われれば、そうではない気がする。貯金と年金でそれなりの生活はできているし。
「たとえば、ですけど。僕が人生に彩りが欲しいんです。それが僕にとっての今一番欲しいものです」
にこやかに笑う彼に、つられて笑ってしまう。
「彩りか。それはいい」
「そうですよね。僕もそう思います」
彼は振り向いて、後ろにあるテントを指差す。そこには人がちらほらいてなにかを囲んでいるように見える。
「絵を描いているのか」
「はい。よかったら見て行きませんか」
俺は首を縦にふり、そのテントに近づく。
俺と同じか、少し歳上の年寄りたちが集まっていた。
「ちょっと俺もやっていいか」
それから2時間くらい黙々と描いた。我ながら満足するものができた。
「いいですね。すごく上手です」
先ほどの彼が俺のデッサンを褒める。鼻が高くなった。
「いいよな。俺もそう思う」
片付けはじめた彼の背に向けて言う。
「わかったぞ。俺が今、一番欲しいものは生きがいだってな」
7/22/2024, 10:27:30 AM