マグカップから滲み出る白が不思議
君はどこに行って、どこにたどり着くんだろうね
蛍光灯のその下に
息を潜めているのかもしれない
冬休みが近づいてくるのがボーナスタイムみたいでいつも浮き足だっていた。
テレビをつければ、怒涛の音楽番組。
当たり前みたいに3、4時間誰かが歌っている。
今日まで聴いてきた音楽がまっすぐ響いて、私を包んでいく。
やさしさだけで救えたらいいのに。
やさしさだけでは届かないのに。
それでも誰かのやさしさを信じて止まない。
だから私は誰かのしあわせを願っていたい。
ゆるりと流れる時間のなか、私はきっと宙に浮いていた。
落ちていく、落ちていく。
どこが上で下で。右も左もまったくわからない。
暗くてじめじめしていて、私はそれだけで泣きそうだった。
どうしてこうなったのかなんて、今さらになって考える。
だけどどうしたって自分を卑下する言葉しか出てこない。
そんなことしたってどうにもならないのに。
落ちていく、落ちていく。
そのまま私は慟哭した。
目が覚めた。なにかの夢をみていた気がする。
まだ、夜明け前の暗がりのなか。
きっと眠れなくなることはわかっているのに、抗えず机に投げ出したスマホを手に取る。
まだ、2時すぎだった。
嫌な時間に起きてしまったな。
小さくため息をつき、無意識にLINEを開く。
スクロールして、見慣れたアイコンをタップする。
流れるように時間を遡っていった。
はじめてLINE交換したときのてきとうなスタンプの送り合い。
好きな音楽の話。担任の先生に対しての愚痴。共通の趣味の話。翌日の宿題について。
付き合ってはじめてのデートの待ち合わせ。
振り返ればどれも微笑ましい言葉たちだった。
そうやって僕たちは何度も何度もメッセージを互いに送っていた。
そしてある日を境に、LINEは途絶えた。
どうしようもないその事実に胸が苦しくなる。
カレンダーアプリを開いた。
彼女がいなくなったのは4年前の今日。
突然のことだった。
4年たった今でも喪失感に襲われる。
どうして君が。
そうして僕は僕の無力感に打ちひしがれる。
もう一度、LINEを開く。
本気の恋だったんだよな。
君の最後のメッセージを親指でなぞる。
「懐かしいね」
小さいころのアニメの話になって、彼女が送ってきたもの。
僕はきっといつまでも君のことを忘れない。
この命が燃え尽きるまで、そして燃え尽きたあともこの恋を絶対に忘れない。
世界は灰色だ。なんの希望もない。
人々は罵り合い、お互いがお互いを比べ合う。
夢を語れば馬鹿にされ、一度の過ちで非難される。
こんな世界になんの意味があるって言うんだ。
もういい。もうやめる。
何度も思って、だけどやらなかったこと。
いなくなるなら、都会の喧騒なんかより自然豊かなところにしよう。
僕は降りたことのない駅の改札を通る。
ここまで来ても景色は灰色のままだ。
誰もいない。そりゃ、そっか。こんな辺鄙なところに人なんているはずがない。
廃れた商店街を抜ければ、広大な畑がいくつもあった。
だけど僕が目指しているのは山だ。人のたち入らないような。
視線の先にある山は想定より遠い。ただ家がぽつぽつとしかないから人と会うこともないだろう。
黙々と歩いていく。バスに乗ろうか迷ったけれど、バス停には2時間来ないようだ。しかたなく諦めた。
「あぶない!」
気づいたときには遅かった。あざ笑うかのような斜めに傾く灰色の景色がやけに脳みそにこびりついた。
神様が舞い降りてこう言った。
「怪我してない?おにいさん」
神様が手を差し出す。奇跡的に怪我はしてないようだった。僕はおそるおそる手を取る。
「おにいさん、この辺の人じゃないよね。観光地でもないし」
ぎくりとする。誰にも会わないまま、入山する予定だったのに。
「おにいさん、お腹すいてない?」
そこで僕は盛大に腹を鳴らしたのだった。
どうぞ、と渡されたのはトウモロコシ。
「茹でてあるから熱いかも」
歯を当ててみると言っていた通り、熱い。
セーラー服を着た神様、というより女神様はお腹を抱えて笑う。
「1に睡眠、2に食事、3、4が無くて、5は食事で6も食!」
「食べてばっかだ。体型とか気にならないのか」
女神様は破裂しそうなほど頬を膨らませ、
「完全に気にしないわけじゃないよ。でも私は美味しいもの食べたら幸せなの」
とそっぽを向いた。
「もし誰かがお腹すかせてそうな顔してたら、私はきっとこうやってなにかをあげるんだ」
僕はもう一度、トウモロコシをかじる。
甘かった。食べれば食べるほど、草花の濃い緑と空の青さとセーラー服のリボンの赤さが世界を縁取っていた。
どんどん甘さが増していく。
女神様はトウモロコシ色のハンカチを貸してくれた。