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9/16/2024, 2:31:01 AM

目が覚めた。なにかの夢をみていた気がする。
まだ、夜明け前の暗がりのなか。
きっと眠れなくなることはわかっているのに、抗えず机に投げ出したスマホを手に取る。
まだ、2時すぎだった。
嫌な時間に起きてしまったな。
小さくため息をつき、無意識にLINEを開く。
スクロールして、見慣れたアイコンをタップする。
流れるように時間を遡っていった。
はじめてLINE交換したときのてきとうなスタンプの送り合い。
好きな音楽の話。担任の先生に対しての愚痴。共通の趣味の話。翌日の宿題について。
付き合ってはじめてのデートの待ち合わせ。
振り返ればどれも微笑ましい言葉たちだった。
そうやって僕たちは何度も何度もメッセージを互いに送っていた。

そしてある日を境に、LINEは途絶えた。
どうしようもないその事実に胸が苦しくなる。
カレンダーアプリを開いた。
彼女がいなくなったのは4年前の今日。
突然のことだった。
4年たった今でも喪失感に襲われる。
どうして君が。
そうして僕は僕の無力感に打ちひしがれる。
もう一度、LINEを開く。
本気の恋だったんだよな。
君の最後のメッセージを親指でなぞる。
「懐かしいね」
小さいころのアニメの話になって、彼女が送ってきたもの。
僕はきっといつまでも君のことを忘れない。
この命が燃え尽きるまで、そして燃え尽きたあともこの恋を絶対に忘れない。

7/27/2024, 12:42:52 PM

世界は灰色だ。なんの希望もない。
人々は罵り合い、お互いがお互いを比べ合う。
夢を語れば馬鹿にされ、一度の過ちで非難される。
こんな世界になんの意味があるって言うんだ。
もういい。もうやめる。
何度も思って、だけどやらなかったこと。
いなくなるなら、都会の喧騒なんかより自然豊かなところにしよう。
僕は降りたことのない駅の改札を通る。
ここまで来ても景色は灰色のままだ。
誰もいない。そりゃ、そっか。こんな辺鄙なところに人なんているはずがない。
廃れた商店街を抜ければ、広大な畑がいくつもあった。
だけど僕が目指しているのは山だ。人のたち入らないような。
視線の先にある山は想定より遠い。ただ家がぽつぽつとしかないから人と会うこともないだろう。
黙々と歩いていく。バスに乗ろうか迷ったけれど、バス停には2時間来ないようだ。しかたなく諦めた。
「あぶない!」
気づいたときには遅かった。あざ笑うかのような斜めに傾く灰色の景色がやけに脳みそにこびりついた。

神様が舞い降りてこう言った。
「怪我してない?おにいさん」
神様が手を差し出す。奇跡的に怪我はしてないようだった。僕はおそるおそる手を取る。
「おにいさん、この辺の人じゃないよね。観光地でもないし」
ぎくりとする。誰にも会わないまま、入山する予定だったのに。
「おにいさん、お腹すいてない?」
そこで僕は盛大に腹を鳴らしたのだった。

どうぞ、と渡されたのはトウモロコシ。
「茹でてあるから熱いかも」
歯を当ててみると言っていた通り、熱い。
セーラー服を着た神様、というより女神様はお腹を抱えて笑う。
「1に睡眠、2に食事、3、4が無くて、5は食事で6も食!」
「食べてばっかだ。体型とか気にならないのか」
女神様は破裂しそうなほど頬を膨らませ、
「完全に気にしないわけじゃないよ。でも私は美味しいもの食べたら幸せなの」
とそっぽを向いた。
「もし誰かがお腹すかせてそうな顔してたら、私はきっとこうやってなにかをあげるんだ」
僕はもう一度、トウモロコシをかじる。
甘かった。食べれば食べるほど、草花の濃い緑と空の青さとセーラー服のリボンの赤さが世界を縁取っていた。
どんどん甘さが増していく。
女神様はトウモロコシ色のハンカチを貸してくれた。

7/26/2024, 7:05:57 AM

カシャンと軽い金属の音がして、頭をしたたかに打つ。
後頭部にじわりと広がる痛みがなかなかに鬱陶しかった。
閉じ込められてからどのくらいたったのだろう。
いい加減な網目から覗くのは青い空だ。
この背中にある翼はなんのためにあるのか。
最後に空を飛んだのはいつだったけ。
光の入らない瞳に、哀愁が漂っていることだろう。
いつからか、このかごから逃げようとすることさえしなくなった。
たとえば細くて簡単に折れてしまいそうなこの網を破壊しようとしたとする。だが、泥沼にはまってしまったように、身体は動かない。
深くため息をついた。自分の情けなさに、苛立つ。
こういうときはもうどうにもならない。
ペットボトルを手にして、嚥下する。
それからベッドの上で布団にもぐり込む。
数年ぶりに空を飛ぶ夢をみた。

7/22/2024, 10:27:30 AM

「今、一番欲しいものはなんですか?」
年金を貰った帰り道、そう質問を投げかけられた。
「まあ強いて言えば、お金じゃないかな」
なにかのロゴTシャツを着た青年はうなずいた。
「なるほど。そうですね、お金は大切です。でも、本当にそれが一番欲しいものですか?」
確かに一番と問われれば、そうではない気がする。貯金と年金でそれなりの生活はできているし。
「たとえば、ですけど。僕が人生に彩りが欲しいんです。それが僕にとっての今一番欲しいものです」
にこやかに笑う彼に、つられて笑ってしまう。
「彩りか。それはいい」
「そうですよね。僕もそう思います」
彼は振り向いて、後ろにあるテントを指差す。そこには人がちらほらいてなにかを囲んでいるように見える。
「絵を描いているのか」
「はい。よかったら見て行きませんか」
俺は首を縦にふり、そのテントに近づく。
俺と同じか、少し歳上の年寄りたちが集まっていた。
「ちょっと俺もやっていいか」

それから2時間くらい黙々と描いた。我ながら満足するものができた。
「いいですね。すごく上手です」
先ほどの彼が俺のデッサンを褒める。鼻が高くなった。
「いいよな。俺もそう思う」
片付けはじめた彼の背に向けて言う。
「わかったぞ。俺が今、一番欲しいものは生きがいだってな」

7/21/2024, 1:08:10 PM

さあ、今日も冒険だ。
お気に入りの靴を履いて、気持ちをこめてドアを開ける。
村から飛び出した勇者は、鬱蒼とした森を目指す。
ひとたび強い武器を手にいれた。
ただの細い木の枝と思うなかれ。
これは私にとっての最初の武器なのだから。
勇敢なる私は迷うことなく、恐れることなく進んでいく。
その先には魔王のいる城がある。
その城へと続く長い階段。きっと一筋縄じゃあいかないだろう。
それでもずんずん進む。
道中、草のかげから鳥が飛んでいったときは驚いた。
しかし私の敵ではない。
階段を登りきり、一息つく。
さあ待っていろ、魔王め。
木の枝をにぎりしめ、城へと向かう。
「なにをしているんだ?お嬢ちゃん」
見慣れない服を着たおじさんが箒を手にこちらをうかがっている。
私は仰天して後ずさりをした。
「ああ、あいつの友達か?おい、友達きてるぞ」
神社の裏から男の子がやってくる。
「なに、どうかした?」
「友達きてるって。夕飯までには帰ってくるんだぞ」
おじさんはそう言い残してどこかへ去っていった。
男の子と私、ふたりだけがその場に佇んでいる。
「ええと、だれだっけ。クラスメイトだったりする?」
彼の問いに私は首をかしげた。知らない子だ。
「おれ2組の、まさき。かがまさき」
「あれ、うちの学校は1組しかないけど」
まさきはくりくりの目をまんまるにしていた。
「え?ああ、学校がちがうのか。おれ、西小なんだけど」
「私、北小だ。そっか、学校ちがうんだ」
そりゃ、クラスメイトじゃないよね。とふたり同時に吹き出した。
「そうだ、名前は?君の名前」
君ってはじめて人に言われた。なんだかくすぐったい。
「私の名前はね、」
そしてまさきは仲間になった。
はじまりのはじまり。

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