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7/14/2024, 1:08:17 AM

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今流行りのダンス動画。自分史上いちばん良い出来だったと自負するくらいには満足のいくものになった。
「あ、こんな時間。もう行かなきゃ」
今日は友達と遊びに行く予定だった。

マンションのエレベーターに乗って、地上に降り立つ。
刺すような日差しに目を細め、日傘を取り出した。
「わー久しぶり、元気だった?」
「久しぶり!元気、元気。そっちは最近どう」
近況を話しあいながら、私たちは人ごみにのまれていった。
よく冷えたアイスコーヒーとクリームソーダ。私たちのテーブルに並んだふたつのコップは汗をかくように、水滴をつくっている。
「そういえばさ見たよ。ダンス、すごいね」
「えーありがとう。たいしたことないんだけどね」
目の前のクリームソーダに口をつける。甘くておいしい。
服を見に行くために席を立つ。
駅の近くの繁華街には人が集まっていた。
なんだろうと背伸びすると、中心にはひとつの絵画ができていた。
「路上パフォーマンスってやつかな」
色とりどりの線が躍動し、縁取られていく。魔法みたいだった。
私はスマホを取り出す。

息苦しくなるくらいのはやさで、帰路に立つ。
私の動画再生数は1000回もいかない。だけどあの絵画パフォーマンスはもう2万回再生もいっている。そして、くらべものにならないほどのいいね数。
私のダンスはだれかのコピーでしかなくて。
でもあの絵画はきっとオリジナルなのだ。
悔しかった。私はだれかに認めてほしい。だれよりも優れていたい。
だれかの真似をすることでしか得られない優越感なんて、いらない。

7/13/2024, 1:16:36 AM

「これまでずっと言えなかったことがあるんだけど」
シューズが体育館の床を擦る音。
「ん?なになに」
真剣な彼女の横顔をうかがった。
激しくバウンドしたボールはやがてゴールへと吸い込まれる。
いや、と彼女はモゴモゴとしていてはっきりしない。
「気になるんだけど。どうした」
ピーッと試合終了のホイッスルが鳴り響く。
彼女は立ち上がり、「また後で」とコートに入ってしまう。
いやいや、待ってよ。すごい気になるじゃん。
その言葉を飲み込んで、私もコートへ向かう。
彼女と私、ボールを挟んでお互いに向き合った。
モヤモヤした気持ちのまま、彼女を見つめる。
なんでそんなにすました顔しているんだよ、もう。
先生が笛の音とともにボールを真上へ放り投げる。
ハッとしてジャンプしたものの、出遅れて彼女がボールを弾く。
結局、彼女のチームには負けてしまった。
「それで言えなかったことってなに?」
着ていたジャージを腰に巻きながら聞いてみる。
体育座りをした彼女は膝に顔を埋めていた。それから意を決したように、私をまっすぐとらえる。
「実はわたし、お母さんのことママって呼んでるんだよね」
頬を茜色に染めた彼女の瞳の潤みを凝視してしまった。
「なんだよ、そんなことかよお」
「わたしにとっては大事なことなの。恥ずかしい」
丸くなっていく彼女の頭を撫でまわす。
これまでずっと彼女の友達で良かった。これからもずっと友達だよ。
これはまだきっと言わない。

7/7/2024, 4:03:11 AM

クーラーの効いた車のなか、私はまどろんでいた。
光と陰が降り注ぎ、心地よさにいつの間にか意識を手放していた。

遠くではしゃぎ声と叫び声が聞こえる。
私はどうしてここにいるんだっけ?
「ターッチ」
あ、そうだ鬼ごっこしていたんだ。休み時間の校庭で、クラスメイトの子たちと一緒に。
ずいぶん彼らと離れてしまった。少し戻ろう。
歩き出したときに、なにかが動く気配がしてそちらを振り向く。
なにかいる。なんだろう。そーっと近づいていく。
逆上がりの補助板のうら、そこに彼女はいた。
彼女は小さな世界をつくっていた。葉っぱのテーブルに、小枝のソファー、どんぐりの住人。
「わあ、すごい」
彼女は肩を揺らしていた。驚かせたことを謝り、
「私も一緒に遊んでいい?」
そうお願いした。彼女はコクンと頷く。
彼女はすごく無口で、だけどとても優しかった。
それから私は休み時間の度に彼女に会いに行った。雨でなければいつも彼女は補助板のうらで遊んでいた。そして私は毎回そこにお邪魔していたのだ。
それが彼女との思い出だった。

「おーい、ついたぞ」
父に起こされ、私は伸びをした。
車内から出れば太陽が照りつけた。私は手庇をつくる。
祖母の家はやたら広い。その廊下を歩いているとがさがさと音がした。半開きになった襖から首をのばす。
広がるのは小さな世界。木製のテーブルに、木製のイス、多種多様のぬいぐるみたち。
私はなつかしさに目を細めた。

7/1/2024, 12:06:10 PM

窓越しに見えるのは、満天の星空だった。
ガタンゴトンと揺れる車内。座席の背もたれから離れる。
嘘みたいに美しかった。
写真におさめたくなってスマホを探す。ポケットを叩いてみたけど、見つからない。それにいつものカバンもない。
「ここは夢だから」
心拍数が上がる。声のするほうを見ると中性的な見た目の人がいた。
「ここは夢だから、いつかは目覚めるんだよ」
はあ、と間の抜けた返事しかできなかった。
これが夢?それにしてはシートの固さも感触もリアルな気がする。
まあ、いいか。あらためて外を見る。よく目を凝らせば、星空のしたは水面のようだ。そこにうつった星空はため息が出るほどのゆらめき。
「ここは夢だから、いつかきっと忘れるんだよ」
そうかもしれない。でもこれは覚えておきたい。
ゆったりと揺られながら、星を眺めていた。

6/29/2024, 12:11:54 PM

自転車をこいでいた。手のひらの汗でべたべたになるハンドルをわたしはこれでもかと握りしめた。
そんなんじゃ、なにも変わらないよ。
知っている、そんなこと。言われなくたって自分が一番よくわかっている。

やけに重いペダルを踏みしめて、坂をのぼる。
この先になにがあるっていうんだよ。
頭の片隅でそんな声がする。
周りには人っ子ひとりいない。きっとここで立ち止まったってだれにも気づかれない。
こんなことに意味なんかない。
数々の言い訳で逃げてきた。やらないといけないこと、やりたいことから逃げてばかりだ。
遅々として進まない車輪に、生ぬるい風が襲い狂う。
背中に汗がつたって、やがてじっとりとシャツに張り付く。不快だ、嫌だ、止まりたい。
それでも足を止めないのは、まだ諦めたくないからか。
あいつを見返したい。正論ばかり言うムカつくあいつをぎゃふんと言わせるんだ。
普段小難しいことばかりしゃべるあいつがぎゃふんだなんて絶対面白い。
力強くこいで、こいだ。頬を伝う汗になりふり構わず、前に進むことだけを考えた。

どれくらいたったのだろう。ようやくひらけた場所に出る。ここがゴールだ。
ペダルから足を離し、ぎこちない動きで水筒に口をつける。喉を通る冷たい水がこんなにもおいしい。
口の端からこぼれる水を手の甲で拭う。
やった、わたしやったよね。
どっしりと構える入道雲に向かってわたしはとびきりの笑顔でピースをした。

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