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6/27/2024, 11:21:46 AM

そして君は宇宙になった。

駅のホームにはまばらに人がいて、休日にしては寂しげだ。
ホームからのぞく空に描いたひこうき雲に想いを馳せる。
近くにいた老夫婦がなにやら楽しげに会話している。
僕はそれだけでなんだか幸せな気分になれた。
やがてやってきた電車に乗り込み、気ままに揺られ目的地へ運ばれた。
「や、おはよ」
改札を出た先に美乃梨がいた。煌めく笑顔に僕は当てられる。僕の彼女は今日もかわいい。
本日は付き合って1周年デートだ。君のためにプレゼントを用意した。きっと気に入ってくれるはずだ。
帰り際に渡そう。
水族館、喫茶店、本屋。君と行くならどこだって楽しい。君が屈託なく笑ってくれるから、僕は一緒にいて心地良い。
来年も再来年もいつまでも何度だってデートをしよう。なにもなくたって君といれば毎日が彩られる。
日が落ちはじめて、僕らは展望台にいた。
用意したプレゼントを渡そうとカバンを漁る。
「奨くん、あのねわたし奨くんに言わないといけないことがあるの」
突然君が真剣な顔で言うから、僕の心臓の音が強くなった。続きを知りたい、けど聞きたくない。
「わたしね、宇宙になるんだ」
たぶん3つくらいクエスチョンマークが頭の上に並んでいたことだろう。
「わたし奨くんが好き。だけどならないといけないの」
なにかのサプライズとか壮大な冗談かなと思った。けど君は僕の知っているかぎり真面目に言っているということはわかる。
「えっと、なにかの病気とかってこと?」
「ううん。宇宙になるの。もう地球には帰ってこれないの」
それ以上のことは言えないと君はいつもより元気半減で笑っていた。
「奨くんが好きだよ。でもだからこそ奨くんは幸せになってね」
壮大な別れ話だったのか、なんだったのか。
カバンにしまったままのプレゼントを自室の引き出しの奥に突っ込んだ。
あれが君との最後の会話だった。

そして君は宇宙になった。

6/23/2024, 12:04:28 PM

きっと私たちはなにかを取り戻すために歩いているんだよ。

子どものころ、欲しかったおもちゃ、食べたかったお菓子。いつの日か忘れてしまったあのころの夢。
大人になればなんでも手に入るって、信じていた。
はやく大人になりたくてしかたがなかった。
ようやく大人になり、社会にでて働きはじめた。仕事の忙しさにかまけてあの日の誓いもあのころの喜びもすべて忘れていた。

心ない言葉とか、噛み合わなくなっていく歯車とかそういう小さなことが、積み重なっていた。
自分はここにいないほうがいいだとか、そういうネガティブなことばかり考えてしまう。そういう思考になる自分に腹が立つ。だけどそれではなにも解決なんてしないということも経験上よくわかっていた。
「子どものころに戻りたい。あのころのほうがよかった」
会社を辞めた同期がよく言っていたことを思い出す。
そうなのかもしれない。結局、自分は大人になったところでなにも手に入れていない。何者にもなれていない。

ふと窓の外を見た。そこには三日月になりきれていない月が浮かんでいた。
月は好きだ。心がすさんだ夜でも当たり前にあるから。
しばらく眺めて、気づく。
月は本当はずっと丸だ。影ができるから三日月とかに見えるだけで。
今なにも持っていないと思っているだけで、本当はずっと持っているのかもしれない。
そしていつだってなにかを取り戻せるのかもしれない。

とりあえず明日、おもちゃ屋さんに行ってみようかな。

6/22/2024, 10:31:44 AM

晴れやかな空に、色鮮やかな花。遠くからきこえる子どもの笑い声。
木々からこぼれ落ちる陽の光に私は目を奪われる。
鳥が鳴き、車が走り去っていく。
そのひとつひとつに、物語があり、日常はある。
きっと私の知らない日常はそこかしこに転がっているのだろう。
公園の木のしたで、私は目を閉じた。
私の大切な人たちと、私の知らない人たちのことを想った。
だれも泣いていませんように、傷ついていませんように。
私はひとり願っていた。

6/22/2024, 12:52:47 AM

「へえ、なんか白すぎない?もっとさ、赤とか青とかカラフルな色とか入れたら」
引っ越してはじめて友達を家によんだ。
「白すぎてなんだか落ち着かないし、怖いよ」
ベッド、ソファー、タンスとすべて白で統一された部屋を見て、彼女は肩をすくめていた。
彼女が帰ってから僕は白い部屋を見渡す。そうなのか、落ち着かないのか。ベッドに寝転がってそのまま目をつむった。しかし彼女の言葉が頭から離れなかった。

「おいしいお茶が手に入ったから家きてよ」
隣の席に座る佐々木くんが爽やかに言う。佐々木くんと僕は数回話した程度の仲で、だから急に誘われ驚いた。
興味がそそられ、彼の家へ行くことにした。
「やあいらっしゃい」
涼しげな風が吹いた。風すらあやつれるなんてさすが佐々木くんだ。
靴を脱いでお邪魔すると、そこは魔の世界だった。
普段の彼からは想像できないほどに真っ黒な部屋。
「なんか怖いって言われたことない?」
佐々木くんは振り向いて首をかしげた。
「君は怖いって思うの」
「いや、僕はそう思わないけど」
ふうん、と佐々木くんが背中を向けて部屋の奥へ行ってしまった。
不躾ながら、キョロキョロとあたりを見回す。
「あ、そこ座っててよ。あとはい、お茶」
佐々木くんと僕は向かい合わせて座布団に座り、お茶をすすった。
「好きなんだよね、黒。かっこいいじゃん」
確かに佐々木くんの言うとおり、黒で染まった部屋はかっこいい。そしてあっさり好きと言えるのもかっこいい。
「あはは。なんだそれ。君の好きな色は?なに」

お気に入りのふかふかなソファーに身をゆだねる。
佐々木くん。僕の好きな色はね、白。この壊れそうな白が好きなんだよ。

6/19/2024, 10:08:39 AM

暑さで視界が揺れる。気が遠くなりそうになりながら階段を下りていた。
足裏から感じるかたさを頭の片隅におきながら、一歩一歩足を踏み出す。あと半分くらいでたどり着く。
その瞬間、バランスを崩しずるりと滑り、落下。ゴロゴロと転がり至るところをぶつけ、地面の上で仰向けになっていた。
やけに青い空のした、自分の体の無事を祈った。

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