きゅうり

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3/6/2024, 5:10:30 PM

『君と僕との間には強い絆があるものだと思ってた。』

ピコンっと音を立てて画面上に現れたメッセージには死ぬほど胡散臭い言葉が書かれていた。

「浮気したくせに、どの口が言うんだよ。」

あまりの言葉の気持ち悪さに、私は思わず心の内を言葉に出してしまっていた。

2ヶ月前、付き合って一年になる彼氏が、知らない女の人と一緒にいるところを見た。
それも、よりによって、休憩1時間2000円と書かれた看板を掲げた建物に入っていくのを。


それを私は今、LINE上で問いつめていた。
自分の浮気を認めさせて、それを理由にその浮気野郎と別れるために。

別れ話をきりだすと、証拠の写真までこっちは持ってるって言うのにも関わらず、画面越しの馬鹿は言い訳がましく、クサイことを言い始めた。

『誤解だよ』
『君に浮気なんて疑われるなんて思わなかった』
『そこまで君に寂しい思いをさせてたならごめん、謝るよ』
『でも、僕がそんなことすると思われてたのには傷つくよ』
『せめて、こんなLINEなんかじゃなくてきちんと話をしよう』

お前みたいなやつに、面と向かって話すことはないと、怒りに任せて返信しそうになったがすんでのところでそれは飲み込んだ。

別に、私はホテルに入っていった彼の行動だけを見て浮気と確信づけた訳では無い。
約2ヶ月近くかけて証拠と浮気相手の把握までして、きちんと黒だと裏付けてからの言動なのだ。
言い逃れしようたって無駄だし、させるつもりは毛頭無かった。


その旨を話したところ、相手から返ってきた言葉が冒頭の台詞だ。

めんどくさい。

その一言に尽きる。

交際当初は私の行動を監視するがごとく過干渉してきたくせに、落ち着いてきたかと思えば浮気とは器用なものだ。

所詮、お前が言っている絆は、世間一般的な清く美しいものとは似つかないものだ。

独占欲にまみれた手綱で相手を自分の欲を満たすために振り回して、飽きたら器用な事に、浮気相手までつくるとは。
ただの束縛男だと見くびって油断してしまっていた。
失念だ。


まぁ、初めての彼だと浮かれていた私がいた事も事実だが、その事実を入れたとて、冒頭のセリフには解せないものがある。

絆とかいう大層な言葉に自分の汚い欲を置き換えて私を繋ぎ止めようとしたことはかなり重罪だ。

私は怒りのままに、携帯のキーボードをフリックする指を早めた。

長文のメッセージにはこれからの事の運びとお前の言い分は何一つ受け入れないことを暗に書き入れて、別れることを断言した。

別れが決まった後の私の行動は早かった。
部屋にあるアイツ関連のものを全てダンボールに詰め込んで着払いでアイツの部屋に送った。

別れた後、しつこく何通か立て続けに通知が入ったが、それは全て無視して、最後には相手のSNSを全てブロックして関係を絶った。

――そして見てみろ、私との間に絆があると抜かして見せた癖に数ヶ月もすると、完全に私たちの関係は他人同士になっている。

正に馬鹿馬鹿しい、二度とあんな言葉遣いをしないで欲しいと心から思った。

まぁ、本来絆という意味には呪縛や束縛の意味もあるらしいではあるから間違ってはいないのだろうけど、束縛といった意味でもアイツは私を逃がしてしまっているのだから結局、結果的にアイツは間違っている。
どちらの意味でも有言実行は成せていない。だから、これぐらいの悪態は見逃して欲しい。

そしてどうか、多くの人には絆という言葉を誰かを縛り付けるためには使って欲しくない、アホらしいではあるが、なんとなく、そう思った。






―――その言葉が持つべき意味

お題【絆】










3/5/2024, 4:09:40 PM

「たまには、こんな日があってもいいよね。」

今日、一日を振り返って、言い訳するように呟いた。
別に悪いことをした訳じゃないけど、なにもしなかった日には無意識に罪悪感が募るものだ。

時間をただただ浪費したみたいで少し後悔があった。
取るに足らないほどの感情だったけど、言い訳がわりの独り言ぐらいは言っとかないと、不満が喉に突っかかる気がして何となく不快だったのだ。

「別に、たまにでもしょっちゅうにでも、こういう日過ごしてもいんじゃないの。」

独り言のつもりだったけど、ルームメイトの彼女はご丁寧に返事をしてくれたらしい。
スマホから目線を外すことはしなかったけど。
冷たいのか優しいのかはっきりしないやつだな。

「別にいいんだろうけどさ。なんか、罪悪感湧かない?」

「いや?いつも私ら息してるだけで頑張ってるからいんじゃない。」

「確かに…。一理あるわ。」

「だろ。」

「うん。やっぱあんたと友達やってて正解だわ。」

「なに急に、キモイな。」

「……前言撤回。友達やめるかウチら。」

褒めてやってんのにキモイとは何事だこいつ。ムカつくな。

「別にそれでもいいよ。あたしが出ていくことなって、家賃折半する相手いなくなってもいーならね。」

さっきまで、こっちの方見なかったくせに、片方の口の端だけ上げて意地悪く笑う顔は心底憎たらしい。

ほんと、人のこと揶揄うの好きだな。

憎たらしいけど、軽口を言い合える彼女との関係が嫌いなわけではない。
さっき言った友達になってよかったって言うとこも本音だ。

恥ずいから、真剣には面と向かって言ってやんないけど。

「まじうざいお前。」

口論では勝てそうにないから、不満だけは言っておく。

「んな事言っても、好きなくせに。」

「黙れ、喋んな。」


口から出る言葉はほとんど悪態に近いけれど、やっぱり、私のしょうもない独り言を拾って肯定してくれる彼女と友人になれたことが良かったと思ってしまう。

やっぱこいつのこと人として好きだな、なんてことに気づいてしまう、少し悔しい、そんな一日の終わりだった。


―――親友

お題【たまには】

3/4/2024, 4:20:10 PM

初々しいしくて、瑞々しいような青春時代のような恋とは、ずいぶんかけ離れているような私たちですけれど、あなたから花束を貰った時には、年甲斐もなく胸がときめいたんですよ。

そう言って笑う彼女の笑顔は、歳を重ねて顔にシワが刻まれてしまっても、花が綻ぶように綺麗で、可愛らしいものだった。


それにあなた、大好きな君へなんてメッセージまで。

ふふふと笑う彼女の笑みには、明らかにさっきよりもからかいの意が含まれている。
確かに、50年も寄り添った伴侶に送る言葉にしては、直接的で捻りもない言葉だったかもしれない。
でも、恋愛下手な私が、恥ずかしいながらどうにか考えたものだったから、そこら辺は大目に見て欲しかった。

そんなことをブツブツと言い訳しながら言うと、また彼女は笑う。

別にからかってるんじゃありませんよ。

十分からかってるじゃないか。

ふふ。だって、あまりにいじらしいものですから。

認めたな?

初めて言う私への愛情表現の言葉が"大好き"だなんて、誰が想像できたって言うんでしょうね?

頼むから、もうやめてくれ。



あまりにも面白そうに、楽しそうにする彼女の顔が見られるのは悪くはないが、これ以上は私の羞恥心が持たない。
恥ずかしくて、顔から火が出そうな程だが、それでも、この言葉をメッセージカードに書いたことを私は後悔していなかった。

なぜなら、さっき彼女が言っていたように、私も年甲斐もなく、目の前の伴侶が自分が送る愛の言葉を受け取ってくれることに胸を弾ませているからだ。

"大好き"という言葉は、確かに拙く、洒落た言葉ではない。
だが、この言葉は、正真正銘、一言一句、嘘偽りない私の心からの長年持ち続けた、真っ直ぐな想いだった。






―――綴る言葉 (2/24 ―結婚記念日への後日談にあたる)

お題【大好きな君に】










3/3/2024, 2:55:13 PM


子供のことを、性別の固定概念に当てはめて育ててきたつもりはなかった。けれど、いざ、カミングアウトを受けてみると、大きな衝撃を受けた。

その時私は、受け入れるとか、突き放すとかいうことを前提に考えていた訳ではなく、ただただ単純に驚いていた。

私が生きてきた時代では、なんてことを語り始める時点で時代錯誤だなんだと批判されるのかもしれないけど、実際そういうのが差別されて当たり前だとかいう時代であったものだから、もしかしたら私は知らず知らずのうちに子供を女性という枠に当てはめて育てて、接していたのかもしれないと考えると、心臓がキュッと萎んで冷水に付けられたような感覚を覚えた。

もしかしたら、今日この日、毎年欠かせず祝っていたひな祭りも彼女、いや、彼にとっては自分が持つ違和感をただ単に増幅させるだけの苦痛の行事だったのかもしれないと思うと、自分の愚鈍さと無神経さに苛立って、酷く申し訳ない気持ちになった。

だから、心から私は娘いや、息子に謝った。

あなたの苦しみに気づいてあげられなくてごめんなさい。ずっと一人で辛い思いをさせて、無神経なことを言っていたのならごめんなさい。と。

子供の苦しみに気づけなかったことが、私は一人の子供の親として恥ずかしくて悔しかった。

そして、今日、例年通り行ってきたひな祭りの用意をやめて、準備していたもの全てをしまおうとした、

その時

横から伸びてきた息子の手に、それを拒まれた。

そして、驚くようなことを彼は言った。

「俺、母さんが準備するひな祭りが嫌いだったわけじゃないよ。用意してくれる豪華な料理も雛人形も、全部、俺のためのものでしょ。確かに、これは女の子のための行事なのかもしれないけど、母さんが用意してくれることに苦しく思ったことは一度もないよ。」

そう言う表情に、嘘は少しも見られないかった。

「でも、私、光が苦しんでるのも知らずに、ずっと、ずっと、振舞って、きたのよ。」

それでも、私は息子に懺悔せざるにはいられなかった。
無知は罪で、無意識に人を傷つけた傷口は傷つけた本人は知らずとも、深く、酷く痛むものだ。

私から発せられる声は情けなくも細かく震えて、途切れ途切れだった。

「どんなに謝ろうとも、無駄かもしれない。でも本当にごめんなさい。私は今、謝ることしか出来ないわ。」

「母さん。」

そう呼ばれると同時に、そっと私の肩に彼の手が置かれた。

ゆっくりと顔をあげると、息子は悲しそうに笑っていた。

「お願い、謝らないで。俺こそ、娘でいてあげられなくてごめんね。」

その笑顔は本当に、申し訳なさそうで、悔しげで、悲しい笑顔だった。

そんな笑顔を見て、咄嗟に私の体は動いていた。
今度は、私は謝らなかった。
謝ることよりも、親として今ここですべきことを悟ったからだ。
私は、謝らない代わりに、彼の身体を引き寄せた。
腕の中に入れ込んで、昔とは違う背丈にちょっとした感慨深さも感じながら、ゆっくりと背中を擦る。


彼の背中を擦りながら、そこで気づいた、私は驚いて、自分の行いに恥じて、怒ったけれど、目の前の子に注ぐ愛情は、1ミリも変わっていないことに。

息子が言ってくれたように、毎年準備していたひな祭りも、私なりの息子への愛情だった。

喜んでくれることが嬉しかったから。

宥めるつもりが、私は息子を抱きしめながら泣いていた。
そんな私につられるように、気づけば彼も私の腕の中で静かに泣いていた。


この涙を勘違いはして欲しくない。
そう思って、私は、思いを言葉にすることにした。

「あのね、私、気づけたのよ。光がこうやって伝えてくれることで、私が光をどれだけ大好きで、大事に思ってるのかを。」
「だからね、光。あなたも謝らないでちょうだい。光が光らしく生きることで、誰にも迷惑なんてかからないわ。現に私は迷惑どころが気づきを得たのだし。」
「大事な、勇気もあることを伝えてくれてありがとう。そして、気づかせてくれてありがとう。あなたのことは変わらず愛してるわ。」

これは一言一句、私が息子に伝える思い全てで、それはきっとこれからも変わらないものだ。

子供にかける私の愛情が、揺るがない強いものだと、今目の前で息子は私に教えてくれた。
だから、私は、そのお返しを。

これからの人生で、性別を変えて人生をあゆむ息子に、私は、揺るがぬ愛情をあなた注いでいくことは変わらないのだと、どうか、知っていて欲しかった。


―――不変の愛

お題【ひな祭り】



3/2/2024, 12:14:15 PM

長く、彼の隣を歩いてきて、その瞬間が来る時はハッキリとわかった。

覚悟とかいう名ばかりのものがなかった訳でもないけど、やっぱりそれは名ばかりと言うだけあって、現実を目の当たりにしてしまっては、そんな覚悟が私に安寧を与えてくれることはなかった。

隣に居続ければ、長年の願いが叶うなんて都合のいいことが起こることはなく、あっさりと彼は私以外の女性を選んで行った。

結局、私が長年持ち続けていた希望は、現実を目の前にしてあっさりと瓦解していくほどに、脆く愚かなものだった。

―――失恋

お題【たった一つの希望】

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