人間の欲というのはどうしてこうも尽きないものなのか。ほとほと疑問に思う。
五体満足で生まれてきたことを感謝して生きていくべきだとか説教臭いことを言う訳では無いが、自分も含めて人の欲はどうしてここまで貪欲で尽きないものなのかと、度々痛感せざるを得ないことが定期的に起こる。
自分のお隣とかいうものがいない時は、隣人を欲しがって、隣人という名の恋人を得た時には彼らから今まで以上の愛情を得ることを望む。
自分でも驚く程に、わがままで勝手な願いだとは思うが欲望を満たすためにすぐさま積極的な行動を起こす癖みたいな私の衝動的な行動はなかなか治らなくて、今現在も自分を困らせていた。
「なんでだろうねえ。」
もう、返事をすることの無い彼に問いかける。
こんな風な過ちを起こすのは何回目だろうか。
まぁ、数え切れないほどではない回数なのだろうけど、一回でも起こしてしまえば麻痺するように繰り返してしまうようになったから、数えることは辞めてしまった。
自分の潜在的な欲求というのは怖いものだ、四六時中私に構って愛してくれる彼が出来た途端にそれでは満たされぬと言うように、こんな過ちを何度も起こしてしまうのだから。
そんな考えに、でもしょうがないよというような気持ちが言い訳するように湧いてくる。
彼が出来うる限りの愛情を注いでくれるのなら、私はその愛を永遠に閉じ込めるために、彼の全てを手に入れたいと思うのだからしょうがないよと。
でも、自分の中でどんなに言い訳しても世間とか法とか言うのは私のことを決して許してくれないのだろうなと思う。
だから、私はいつも後悔するのだ。
動かぬ身体を処理する手間と自分の起こしてしまった失態の尻拭いが欲望で自分を突き動かしたことの行動と釣り合わないことに不満を抱いて。
そして最初に言ったように思う。
どうしてここまで人の欲望というのは尽きないものなのか、と。
―――狂人
お題【欲望】
自分の住んでる町の名前も知らない頃、俺は大冒険とも言えるような経験をしたことがある。
幼い頃、俺には近所に家族ぐるみで仲の良かった幼馴染がいた。
赤ん坊の頃から常に一緒にいたものだから、どの友達よりも一番仲が良かった。
だからその幼馴染が引越しすると親から聞いた時、俺は幼いながらに絶望した。
小さい頃は連絡手段も分からない。
それなのに幼馴染が引越し、会えなくなるというのだから、永遠の別れのように感じて、俺はその事実がどうしようもなく、寂しく、悲しかった。
引越しの準備期間に入って、親同士が別れの挨拶を終えても俺は幼馴染に会うことはしなかった。
別れの挨拶をしてしまったら本当にもう二度と会えないような気がしていた俺は、そもそも別れの挨拶などしないでおこうと思ったのだ。
幼いながらの見栄っ張りというか、意地というか、そういうのはなんとも面倒臭いもので親に何度後悔するからお別れぐらいしなさいと言われても俺は首を横に振り続け、あいつが引っ越すその日も、別れの挨拶などはしようとせず、逃げるように押し入れの中に引きこもっていた。
そんなふうに別れを嫌がって、結果、最後に手を振って見送ることをしなかった俺は、数日後、案の定酷く後悔した。
いつも通って遊んでいた公園や、二人でしたヒーローごっこをした時に使ったおもちゃを見ると思い出が頭の中でクルクル回って、余計に寂しくなって、せめて別れの挨拶ぐらいしておけば良かったという思いが湧き出たのだ。
暫く思い出しては、後悔して悲しくなってする日々を過ごして俺は、あるひとつの決断をした。
あいつの引っ越した街に会いに行こう!と
それを思い立ったが吉日、俺はなけなしの小遣いから貯めたお金を握りしめて、母親と一緒に出掛ける時に行く最寄り駅へと記憶を頼りに向かった。
どうにか、駅に辿り着いた時、俺は大きな安心感を得た。
あの頃、俺にとって電車はどこにでも連れててってくれる便利な乗り物だったからだ。
だが、そんな大きな安心感は現実を目の前にして直ぐに砕け散った。
幼い俺は、切符の買い方すらも分からなかったのだ。
駅に着いても、切符が買えなければどうしようにもない。どうしようと不安に駆られてキョロキョロと視線を迷わせることばかりしていると、子供一人でいる所を不思議に思ったのか、駅員さんが話しかけに来てくれた。
たどたどしいながらも、俺が切符を買いたいという意志を伝えると、駅員さんは切符売り場へと俺を案内してくれた。
いざ、そこで切符を買おうとした時、俺は駅員さんにどの駅まで行くのか質問された。
でも俺は、答えられなかった。
当たり前だ、自分の住む街の名前もわかっていないのに、彼が引っ越した街なんて覚えられるはずがない。
そして、駅員さんに少し困ったような顔で、住んでいる駅がわからないと会いに行けないことを伝えられた瞬間、ようやく俺は本当に彼が自分の会えないほどの遠くの街へと引っ越して行ってしまったことを実感した。
と同時に、寂しく、大好きな友達を失った悲しい気持ちでいっぱいになって、とうとう俺は泣き出してしまった。
駅員さんが宥めるのも関係なしに、親が迎えに来るまで俺はそれそれは大きな声で延々と泣いていたらしい。
幼い頃の話と言えど恥ずかしいものだ。
しかも、親から聞いたところでは、彼が引っ越したのは隣町だったらしく、駅で行けない距離でもなかったらしい。
今聞けば、近いと思う距離だが、小さく、何も知らない幼心には自分の力で会いに行けなくなってしまった彼の引っ越した街は確かに遠く感じたものだった。
――なんて昔の話をホームルーム中になぜだか思い出した。
なぜこんな事を急に思い出したのかと、不思議に思いながら、担任の話を左から右へと聞きながしていたら、教室の戸がガラリと開けられた。
入ってきたのは見慣れない男子生徒だった。
でも見慣れない顔のはずなのに、不思議と何故かその顔は見知ったもののような気がした。
どうやら、担任が話していたのは転入生の話だったらしく、黒板へ彼の名前が書かれていく。
姓名が、全て書かれて俺は目を見開いた。
なぜなら、そこに書かれた名前はかつて遠い街へと引っ越してもう会えなくなったことを酷く悲しく思い、再会を待ち望んでいた件の幼馴染の名前と、全く一緒のものだったからだ。
―――遠い街
お題【遠くの街へ】
折り重なった紙のページをめくる。
そこにある行儀よく羅列した文字を目で追い続けると、私は知らぬ世界へと手招かれる。
その世界にはいつの日かは、恐竜がいたり、魔女がいたりして、世界が滅亡の危機に立たっていたしている事もあった。
時には、現実的な世界の日もあった。
私はそこで、どこかの誰かの人生を俯瞰しているようでいながら、時に共感し、出てくる登場人物に心を揺り動かされる。
自分が何者でもない人間になる感覚は、心地が良い。
本の中に自分が入り込み、溶けていくように没頭することは現実の世界を忘れるようでもあった。
今日も、飽きずに私はページをめくる。
経験もした事の無い夢のある世界へと入り込むために。
――――物語
お題【現実逃避】
海で溺れていた一人の人間を助けた。
人間とは関わりたくなかったが、もがき苦しむ様子は見ていてあまりにも居た堪れないものだった。
姿が見られぬ内に目の前から消えたかったが、岸へと引き上げてもなお、一向に目を覚まさぬものだから私は男の顔を覗き込んで目が覚めるのを待った。
あれだけ苦しんでいたのだから、覚醒はゆっくりとするものだろう。目が覚めるようだったら身を隠そう。
そんな油断が後に私の姿を見られるという失態を産んだ。
姿を見られたその時で、諦めてこの場を去ればよかったのに、私はそれをしなかった。
なぜなら、男の私を見つめる目が今まで人間が向けてきたものと全く違う物だったからだ。
男の瞳は黒く、誰もがを惹きこんでしまうのではないかと思うような瞳だった。
男は、半分が人間の体で、下半身が魚の私の身体を見ても、彼は私を化け物を見るような目では見なかった。
なんなら、私の手首をひしと掴んで、お礼を言ってみせたかと思えば、化け物と罵るどころか私の持つ鱗が美しいとまで言ってみせた。
長い年月を生きてきて初めて見るタイプの人間だった。
彼と私が距離を縮めるのにそう長く時間はかからなかった。
海から離れられぬ私のもとに男は足繁く逢いに来た。
男は私に質問した。
どこまで泳げるのか、どれくらい生きているのか。
多く質問をよこして、わたしはそれに律儀に答えてやった。男は私に多く質問したが、それと同じくらい私に地上のことを教えてくれた。
彼が色々なことを教えてくれるから、私は彼に毎日質問するようになった。
――あなたは今日何をしたの?
男と話す時間は単純に楽しかった。
――人魚は長く生きる。生きるその血肉を人間が少量でも摂取すれば老いず、死なず生き長らえれる。
男と過ごす時間が長くなるうちに、私は作り話のようなその事実を多く思い出すようになった。
男と一緒にいる時には、決まって耳元で悪魔が囁いた。
"コイツにお前の血を飲ませれば、お前らは一生、一緒にいられる"と。
人魚は長く生きている。広大で自分がどこで生まれ落ちたのか忘れるほどに長い時間を果てしなく続く海に一人孤独に生きる。
人魚が生まれる原理は人魚たちにもよく分からない。人間のように交配して子孫を産む訳でもない。
数百年に一度、神かなにかの気まぐれで作られ、親も仲間も居ないまま長い時間を生き続ける。
一人きりで広い海を彷徨い続ける事は酷く、痛いほどの孤独を産む。
そうして産まれた彼女の膨大な孤独はいつしか、彼と一緒に過ごす時間で打ち消されていた。
そんな、彼と永遠にも近い時をすごしたいという欲求は、収まることを知らず膨れ上がる。
そしてその欲は、彼女を突き動かし、実行に移した。
眠る男の顔は安らかで安心しきっている。
大丈夫だ。
どんなに彼が長い時間を生きようとも、彼には私がいる。
だから、大丈夫だ。
鋭い自分の鱗で掌を深く切る。傷口からは血が溢れ出す。重力に従って滴れるその血を男の口元に持っていこうとした。
その時、、
彼女は正気に戻った。
正気に戻った彼女は、すぐさま眠る男から離れ、彼女はできるだけ彼から距離をとるようにして深く海へと潜る。
私はある時、自分の姿を見た人間からバケモノと罵られたことに心を傷つけた。なのに、私は目の前の彼を人間の寿命をも超越して永遠に生き長らえる、人としての理から外れた人間にしようとした。
これは、彼を私と同じバケモノに変えようとしたことと同然だ。
なんと醜い心なのだろうか。
私は、自分の欲にだけ呑み込まれ、愛する人間を自分の作った檻のなかに閉じ込めようとした。
浅ましく、自分勝手で醜い。
彼が話した童話の中の人魚とは酷くかけ離れている。
――あぁ、こんな醜い思いを知るのなら、いっその事、彼が話してくれたような、童話に出てくる人魚のように、報われない恋の前で潔く泡になって消えたかった。
泡になれぬ彼女は絶望し、泣き呻いた。
そして深く海に潜ったまま、二度と、男の前に姿を表さなかった。
それでも時々思い起こすようにして、いつかの彼にしたように、彼女は男に届かぬ質問をする。
――あなたは今何をしているの?
深い海の底で彼に幸せが訪れていることを願って。
――――人魚
お題【君は今】
鈍色の雲は光が地上を射すのを阻み、人々を少し憂鬱な気持ちにさせる。
そんなハッキリとしない天気の事を文学的に言えばきっと、物憂げな空とでも表すのだろう。
確かに曇天は、快晴よりも人を晴れやかな気持ちにはしないのかもしれない。
でも、快晴ばかりが生き物を幸せをするかと言われると、それは違う。
快晴は生き物にエネルギーを与えてくれるような天気だが、それも長く続けば、日照りを起こす。
地上から限界まで水分を奪い、時には殺人的な暑さを生み出し、刺すような光の眩しさで肌を焼く。
天気はバランスでできている。雨が多く降り注げば、地上は水を受け止めきれずに洪水を起こすし、長く晴れの日が続けば先程言ったような不利益を産む。
そういったバランスを保つ時に、間に挟まり上手い具合に調律を取っているのが、人の気分を晴れやかにするとも言えない曇天だったりする。
――物事は何事も、バランスを保つ事が重要になっていくのかもしれない。
そんな事を、考えた。
――――曇天の意味
お題【物憂げな空】