きゅうり

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自分の住んでる町の名前も知らない頃、俺は大冒険とも言えるような経験をしたことがある。

幼い頃、俺には近所に家族ぐるみで仲の良かった幼馴染がいた。
赤ん坊の頃から常に一緒にいたものだから、どの友達よりも一番仲が良かった。

だからその幼馴染が引越しすると親から聞いた時、俺は幼いながらに絶望した。
小さい頃は連絡手段も分からない。
それなのに幼馴染が引越し、会えなくなるというのだから、永遠の別れのように感じて、俺はその事実がどうしようもなく、寂しく、悲しかった。


引越しの準備期間に入って、親同士が別れの挨拶を終えても俺は幼馴染に会うことはしなかった。
別れの挨拶をしてしまったら本当にもう二度と会えないような気がしていた俺は、そもそも別れの挨拶などしないでおこうと思ったのだ。

幼いながらの見栄っ張りというか、意地というか、そういうのはなんとも面倒臭いもので親に何度後悔するからお別れぐらいしなさいと言われても俺は首を横に振り続け、あいつが引っ越すその日も、別れの挨拶などはしようとせず、逃げるように押し入れの中に引きこもっていた。

そんなふうに別れを嫌がって、結果、最後に手を振って見送ることをしなかった俺は、数日後、案の定酷く後悔した。

いつも通って遊んでいた公園や、二人でしたヒーローごっこをした時に使ったおもちゃを見ると思い出が頭の中でクルクル回って、余計に寂しくなって、せめて別れの挨拶ぐらいしておけば良かったという思いが湧き出たのだ。

暫く思い出しては、後悔して悲しくなってする日々を過ごして俺は、あるひとつの決断をした。

あいつの引っ越した街に会いに行こう!と

それを思い立ったが吉日、俺はなけなしの小遣いから貯めたお金を握りしめて、母親と一緒に出掛ける時に行く最寄り駅へと記憶を頼りに向かった。

どうにか、駅に辿り着いた時、俺は大きな安心感を得た。
あの頃、俺にとって電車はどこにでも連れててってくれる便利な乗り物だったからだ。

だが、そんな大きな安心感は現実を目の前にして直ぐに砕け散った。
幼い俺は、切符の買い方すらも分からなかったのだ。


駅に着いても、切符が買えなければどうしようにもない。どうしようと不安に駆られてキョロキョロと視線を迷わせることばかりしていると、子供一人でいる所を不思議に思ったのか、駅員さんが話しかけに来てくれた。

たどたどしいながらも、俺が切符を買いたいという意志を伝えると、駅員さんは切符売り場へと俺を案内してくれた。
いざ、そこで切符を買おうとした時、俺は駅員さんにどの駅まで行くのか質問された。

でも俺は、答えられなかった。

当たり前だ、自分の住む街の名前もわかっていないのに、彼が引っ越した街なんて覚えられるはずがない。

そして、駅員さんに少し困ったような顔で、住んでいる駅がわからないと会いに行けないことを伝えられた瞬間、ようやく俺は本当に彼が自分の会えないほどの遠くの街へと引っ越して行ってしまったことを実感した。

と同時に、寂しく、大好きな友達を失った悲しい気持ちでいっぱいになって、とうとう俺は泣き出してしまった。

駅員さんが宥めるのも関係なしに、親が迎えに来るまで俺はそれそれは大きな声で延々と泣いていたらしい。

幼い頃の話と言えど恥ずかしいものだ。

しかも、親から聞いたところでは、彼が引っ越したのは隣町だったらしく、駅で行けない距離でもなかったらしい。

今聞けば、近いと思う距離だが、小さく、何も知らない幼心には自分の力で会いに行けなくなってしまった彼の引っ越した街は確かに遠く感じたものだった。


――なんて昔の話をホームルーム中になぜだか思い出した。

なぜこんな事を急に思い出したのかと、不思議に思いながら、担任の話を左から右へと聞きながしていたら、教室の戸がガラリと開けられた。

入ってきたのは見慣れない男子生徒だった。
でも見慣れない顔のはずなのに、不思議と何故かその顔は見知ったもののような気がした。

どうやら、担任が話していたのは転入生の話だったらしく、黒板へ彼の名前が書かれていく。

姓名が、全て書かれて俺は目を見開いた。

なぜなら、そこに書かれた名前はかつて遠い街へと引っ越してもう会えなくなったことを酷く悲しく思い、再会を待ち望んでいた件の幼馴染の名前と、全く一緒のものだったからだ。





―――遠い街

お題【遠くの街へ】





2/28/2024, 2:55:26 PM