「ねぇ、」って、口からこぼれおちた言葉は不甲斐ないぐらいに震えてて、情けないぐらいに惨めなものだった。
本当に、彼女のことを思ってたのは私だって心から思えた。
情緒不安定で、すぐ怒って、そんで自分から切り離そうとしたくせに、一時経つと全部忘れちゃったみたいにまた捨てないでって、親に捨てられたみたいに可哀想なぐらいに縮こまって手を伸ばしてくるその姿を見ると、どんだけわがままだって恨んでも手を伸ばしてあげちゃうのも弱い私の嫌な癖だった。
だって、好きなんだもん。
あの子の口癖がうつったみたいな言い訳が私の中に浮かんでくる。
そう、好きだった。私も、あなたのこと。だから全部やってあげた。
散らかりきった部屋の片付けも、死にたくなって何度も電話をかけてきた夜の電話越しでの話し相手も。
そりゃあ、あなたが勝手にしてくれたことでしょうって言われてしまえばそれでよかったけど、私は笑うあなたの顔も、大好きな親友としてのあなたも失いたくなかったの。
女の子に、女の子は救えない。不意にいつか、ネットで見た言葉がすごく胸に突き刺さる。
か弱い子ばっかじゃないし、みんなが皆同じじゃないことぐらい分かってるけれど、同じような立場に立っている子の言う言葉は誰のどんな名言よりも深く私の胸に突き刺さって抜けなかったのは確かだった。
薄々気づいてた、私じゃ救えないって。でも、その時に支えてあげられるのは私しかいなかった。
なんて酷なことをするんだろうと、責める権利もないのに一人愚痴る。これぐらいは許して欲しい。
性別の垣根を越えられるのなら、私があなたの救世主になりたかった、ずっと隣にいた私を選んで欲しかったって叫びたい。
大好き、大好きよ。
伝えるはずも無い言葉が、私のボロボロの心の中で木霊する。性欲とか、ただの庇護欲なんかじゃない。一人の人間として、恋愛なんかとは別に一人の友人を心から愛していた。
誰よりも彼女を愛してくれるならもう文句は言わない。
だから、あなたを恨みはしない。でも、心から幸せを叫んだ彼女の隣にいて、小さな幸せを沢山くれたと言わしめたのが、どれも彼氏という枠に収まる人間だったことに私はどうしても嫉妬してしまうのだ。
いまさっき届いた通知は、新しい彼氏の存在を告げるだけでなく、半永久的に愛を誓った相手が見つかったというものでもあった。それと同時に、結婚式に参列して欲しい意味も併せ持って。
だから今日は泣くことにした。
誰のことも考えず、自分の為だけに。
いつかこのボロボロの私のこころを救ってくれるのは、やはり男の人なのだろうか考えた。
でもきっと、その日が来るまで答えはわからない。
女の子に女の子は救えない。
そういうのなら、私はそんな壁を超えて自分自身ぐらいは救って上げれるように強くなりたい。
アホみたいに拗らせきった思いを悟らせないように、少し赤くなった目尻を擦りながら、返信を打った。
愛する友人に、大きな祝福と、思いを込めて、小さな幸せを届けられるように。
私は、無機質な文字に重たすぎる大きな意味を、閉じこめられるだけ閉じ込めた。
―――救世主にはなれない
お題【小さな幸せ】
※センシティブ(流産のお話が出ます、ご注意ください)
心拍が、聞こえなかった。ちっちゃくてでも、でもちゃんとこの前には一人分ここに心臓はあったのに。
「ねぇ、見えん。」
うん。
「涙で、曇ってっ、まぇが、みえんよぉ。」
うん。何も見えない。雲って、なにも。
苦しい、辛い。悲しい。そんなもんじゃ表せない。そんなもんじゃ、なあ、
差し込んだ光が、瞬く間に消えてしまった。厚い雲の下に残された俺らにまた、希望は持てるのだろうか。
―――
いくら春先と言っても太陽が差し込まなければ風で身体が冷えてしまいそうな季節に、一人でベランダに出てくれるなと文句を言うも、ろくに外出できていなかったからこれくらい許せと言われてしまえば部屋に入れ込むことは強行できなかった。
下校時間なのだろうか、道を小学生がはしゃぎながら帰る様子を微笑ましそうに見下ろす彼女の横顔を見るのはそれなりに悪くなかった。
「曇り空ってさぁ、なんかいいよね。」
生憎今日の天気は曇りのち雨模様で、今にも泣き出しそうな空を見上げてそういう妻は、やけにご機嫌だった。
「曇りってか、雨降りそうだけど。」
「それでもさ、雨さえ振り出さなきゃうちらの勝ちじゃん。」
「どういう理屈だ。」
「なんか、あれよ、まだ希望はある的な?光が差し込む余地が雨よりもありそうじゃん。」
「そうか?半分こじつけに近くないかそれ。」
「いいんだよ、細かいことは考えなくて、とりあえずさなんかあれじゃん、あれよあれ。」
「ワクワク感があるとでも言うんだろ?」
「そう!それ、それ」
「テキトーな考えだな。」
「前向きって言ってくれたまえ。」
数年間、夫婦で不妊治療に向き合ってきた。二人とも子供が好きで、自分たちの子供が欲しくて年齢というリミットに追われながらも二人とも希望を持って努力した。
そうして念願叶って第一子を授かった。
長年覆ってた雲が去って、俺たちにも光が差し込まれたと思った。この上ない幸せだったのだ。
だが、その子は生まれる二ヶ月前にこの世を去ってしまった。
急な死で、原因は不明の死産であった。
誰も悪くないのはわかっていたが、深い負の苦しみが俺たちを襲った。
立ち上がるのには時間がかかった。
それから妊活は、よく話し合って諦めることにした。何よりももう苦しみたくない気持ちの方が大きかったのかもしれない。
自然に任せようと、建前で小さな希望を一つだけ持つふりをして二人とも、同じ思いで子供のことは諦めたようなものだった。
あれから二年。
まだ哀しみは癒えたとは言えないが、隣に彼女がいるのならほんとうにそれでいいとも思えた。
「ねぇ、うちらの人生ってさ、ある時期、曇ってて、なんも見えん時期があったじゃん?」
随分抽象的な話ではあったが、その言葉が何を指すかはすぐわかった。
「うん。」
「でさぁ、言えんかったし、不安にさせたくもなかったからさ、言わなかったけど、暫く月のもの、止まっててこの前念の為産婦人科行ったら、」
最後に行くにつれて、言葉は途切れ途切れになって震えていく。こちらを見つめる瞳も少し潤っていて、これもまた震えていた。
「赤ちゃん、いるって。」
「あぁ、」
口からこぼれおちた俺の息も、小さく震えた。
「それで、これって、期待していいのかなぁって、思って。」
間違いなく、これは光だと思った。あの日を境に見えていなかった光だと。
もちろん、考えたくもない不安はある。けれど、再び差し込んだ光を逃してしまいたくはなかった。
瞳から、重力に耐えきれなくなった涙がこぼれ落ちる。
俺は無言で、彼女を抱き寄せた。
きっと、俺らに限らず、人はいつも雲りの中にいるのだと思った。いつでも、不安は消えないし、目の前の希望がずっとそこにある訳じゃない。けれど、それは絶望ではないのだと思う。
だから、俺はもう一度、差し込む光に手を伸ばしたい。
そしてもう一度、腕の中にある幸せを、俺は深く抱きしめた。
―――ひかりさす
お題【雲り】
「ねぇ、これ、さいごじゃないよな」
ひらがなで書かれたもののように言葉は連なって、それがやけに子供じみていて、自分でも驚いた。
「うん、あっち行っても定期的に休みとか年末には帰ってくるし。」
一生の別れじゃない。わかってるんだよな。そんなこと。でも、でも。
「さみしいんだ」
思いは素直に喉から滑り落ちた。
「うん、俺も。」
春が来る。暖かく優しい季節。喜びと寂しさを合わせた別れを告げるように区切りの季節が自分たちにも訪れた。
「連絡、取り合おうな。」
寂しいけれど悲しくは無い。
「あぁ。着いたら早速LINEでも送るよ。」
「うん。じゃあな。」
じゃあ、今日はいつもと違うところで、少しだけ長い離れた月日に思いを込めて言おう。
「バイバイ」
いつものように変わらぬ笑顔でまた会おう。
「うん、バイバイ」
手を振る。寂しさを隠すように。
また会うために。
手を振る。手を振る。
―――春
お題【byebye】
なにがあっただろう。たいして何もなかったようにも思う。振り返るとそこにはいつも通りの対して目を引くわけでもない地味な生活があった。
新しく色々なことが始まった年だったが私は成長できただろうか。
まぁ、こんなこと思い返してみても年末だということがその思考を特別なもののように感じさせているだけであって、大層な考えでも無い。
さぁ、明日はどう生きようか。どんな一年として始めてみようか。これから幾度と繰り返す始まりを、来年はどんなふうに、どう飾ろう。
反省も成長も変わらぬことも含めて良い一年だった。
見栄を張ってでもそう言っておくことにする。
見えぬ終わりを寂しく思って、見えぬ始まりを楽しみに。
それでは、良いお年を。
―――年明けをたのしみに
お題『良いお年を』
火を、灯す。日が経つ事に無数の炎の幾つかは火が消えて、それでもまたいくつか新たに火は灯る。最初は柔らかに、弱々しくいつ消えてもおかしくないほどに頼りなく揺らぐ炎も、時が経てば美しく、個々に煌めく。
色も形もそれぞれだ。互いに合わさりふつふつと燃え上がるものもあれば、一人孤独に、静かに灯り続けるものもある。
それぞれに美しい。それぞれに、尊い。
――あぁ、そんな勝手に消えてしまうな。
私とて何も出来ぬことは歯がゆい。だからどうか消してしまうな。
照らしている。誰かを灯さずとも、そなたは自分の手元を照らしている。周りを大地を、足元の蟻でもなんでもいい。そなたは周りを照らしているのだ。どうか、醜いと自分を罵るな。充分に眩ゆく、尊い。だから、消してしまうな。
いいだろう、誰かを照らさずとも、何かを照らさずとも。そなたの煌めきを私は美しいと知っている。それだけではダメなのだろうか。美しいのだ。誰一人、違わず。だからどうか消さないでくれ。
誰一人、消えてしまうのも私はひとつ残らず全てが惜しい。
どうか、その時まで消えないでおくれ。