Mey

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12/10/2024, 4:17:47 PM

中学1年生のとき、私は長距離継走部の選抜メンバーだった。
同じクラスの鈴ちゃんも選抜メンバーで、私たちは10㎞を上級生と一緒に走るペースについて行けず、途中から2人で歩いた。無理だよね、ってヘラヘラしながら。

2年生のとき、女子は鈴ちゃんと私だけがメンバーに選ばれた。
「何で私たちだけ?」
「わかんないよ、そんなの」
文句を言いながらも、2人しかいないから走るのをサボるとすぐバレる。バテバテになりつつ、『頑張っている私たち』が誇らしかった。

3年生のときも相変わらず鈴ちゃんと私の2人がメンバーだった。
「他の3年生は?」
「受験が控えているから、そっちを頑張ってもらう」
「ウチらも受験!控えてる!」
「お前らがいないと勝てないんだよ。大会終わったら頑張れ」
「それでも受験生の担任かっ!」
「お前ら推薦入試考えてるんだろ。ここで頑張れば、校内の進路検討会でアピールしておいてやるから」
私たちの担任の体育教師が頑張れと私たちの背中を力強く叩く。

鈴ちゃんと私。
練習で勝ったり負けたりを繰り返しながら、2人のタイムがどんどん速くなっていく。
走るのが楽しい。
夕陽に照らされる鈴ちゃんの後ろ姿を追いかける。
鈴ちゃんが私の背中を追いかける。
負けないように。
私たちは実力が拮抗したライバルだった。

マラソン大会はお互いに思いっきり応援した。
「がんばー!」
「ファイトー!」
鈴ちゃんの応援が私を鼓舞する。
周回のマラソンコースで、後から走る鈴ちゃんが私を力一杯応援してくれる。
走り終わった後、最終ランナーの鈴ちゃんを応援した。
在らん限りの声を張り上げて、
「鈴ちゃんファイトー!」
前を見据える鈴ちゃんは、とてもかっこよかった。

卒業式の後。
私と鈴ちゃんは2人で写真を撮った。
笑顔でピースサインをする2人。
その写真は、卒業アルバムに掲載された。

担任が卒業アルバムを渡してくれながら、
「お前ら、最高の仲間だったな」
私たちの肩を叩いて笑った。




仲間




おまけ


中学校を卒業して、10年。
実家の飼い犬に久しぶりに会いに行き、中学校近隣にある、毎日鈴ちゃんと走った緑地公園でワンコのお散歩をする。
鈴ちゃんとの青春の日々が鮮やかに甦り、心が躍り、
「走ろっ」
ワンコと一緒に練習コースの一部を走ってみる。

「あれ?米ちゃん!?」
すれ違った細身の若いランナーに呼ばれた気がして振り返る。
「えっ…鈴ちゃん?だよね!」
久しぶり!!
テンション高く私たちは喜び合う。
ワンコが不思議そうに私の顔を見て、笑顔の私にしっぽを振る。

「鈴ちゃん、今も走ってるんだ!」
「うん。休日はここで走ってる。米ちゃんは?」
「私は何も。今、ワンコと一緒に走ったら疲れちゃってさー」

「運動不足はやべーぞ」
低い声に振り向くと、中学3年のときの担任がスポーツウェアを着て「元気そうだな」と笑った。
えーと。お久しぶりです、なんだけど。
鈴ちゃんの隣に当然のようにいるのは何でですか?

「あのね」
鈴ちゃんが顔を赤らめた。
「米田にまだ言ってねーの?」
「う、うん」
「俺から言っても良いか?」
「私から言う」
なーんか2人の並んだ近さといい、話し方といい、距離感がバグってる気が…

「私が中学校の教師になったの、米ちゃん知ってるよね?」
「うん。今、うちらの学校で教えてるって、風の噂で聞いた」
「そう。今は先生が別の学校にいるんだけど。
私が新米だったときは同じ学校で、先生、すごく面倒見がよくて…」
もじもじしながら喋る鈴ちゃん。
って、まさか!!
「好きになっちゃったの!?」
「う、うん」
「お互いになっ」
あの頃と変わらず豪快に元担任が笑う。

「ひぇー…」
美女と野獣とは言わないけど、年齢差が…
あーでも幸せそうだなぁ。幸せなんだろうなぁ。

「先生、鈴ちゃんを泣かせたら私が地の果てまで追いかけるからね!」
「運動不足のお前じゃ俺の俊足には追いつけないね」
「そうかも。だから泣かせないでね!」
「幸せにするよ」

鈴ちゃんに向き直って、頭ポンと愛おしさ溢れる眼差しは、こっちが恥ずかしくなるって。


そしてワンコがつまらないとさっきからグイグイヒモを引っ張ってるんだよね。
「じゃあ、もう行くね。ワンコ煩いし」
「あーごめんね、ワンちゃん」
「良いのいいの。鈴ちゃん、今度ランチ行こうよ」
「うん!行きたい!」

連絡先を交換し合って、私たちは別れた。
鈴ちゃんと元担任は2人並んで走って、あっという間に私の視界から遠ざかって見えなくなった。


仲間の幸せ。
喜びが沸いて、私はもう一度、ワンコを走らせた。


12/10/2024, 10:48:50 AM


手を繋いで、金曜夜の繁華街を歩く。

駅前の雑踏は飲食店が建ち並ぶ。
居酒屋の店先で店員が私たちに声をかけようとして、
佐々木先生がやんわりと断っていく。

先生は泣いている私を人目から守るように前を歩き、私は俯いて涙で滲む大きな皮靴を見ていた。

大きな手の温もり。
落ち着いた声音で紡ぐ優しい言葉たち。


小児科医の佐々木先生は私のことが好きで、私は外科医の浅尾先生が好きで、浅尾先生は結婚している。

浅尾先生に片想いするだけで楽しかった。
だけど浅尾先生に優しく終止符を打たれて、暗に佐々木先生を勧められて、私は哀しくて泣いている。

佐々木先生に告げられたことがある。
「一緒に働きたい」
「宮島さんを小児科ナースとして育てたい」
私に期待して、熱意を持って誘ってくれて、
すごくすごく嬉しかった。

佐々木先生は、私に恋してることを仄めかした。
「早く言いたいんだよ」
頬を撫でられ、熱っぽく囁かれる。

ドキッとした。
私は浅尾先生が好きなのに、それでも、あのとき、私の体温は上がったと思う。


私は佐々木先生の元へ行けない。
「外科看護をもっと勉強したい」
断ったら、うん、と先生が優しく微笑んでくれた。
悲しませてごめんなさい。
言えなかったけど、胸に切なさが疼く。


佐々木先生の誘いを断ったのに、先生は私に告げる。

「ひとりで泣かないで。泣くときは僕を呼んで」
「僕はキミのことが好きだからね。どうしても優しくしたくなる」
「僕はキミが僕のことを好きになってくれてから、どうして僕がキミに良くするか言おうと思ってた」

佐々木先生が優しすぎるから、私は涙が溢れて止まらない。


「私は既婚者を好きになったんです」
私を好きって言ってくれる人に、酷いことを言ってしまって、それさえも。

「誰のことも責められないよ。キミはただ好きになっただけだから。
出逢いが早ければ良かったのにね、としか言えないよ」


佐々木先生が繋いでくれた手の温もりは、
優しすぎて、暖かすぎて、
私は泣いてばかり。弱音ばかり。

それさえも許されて、
泣き止むまで幾らでも胸を貸すと、
カラオケルームで抱きしめられ、頭を優しく撫でられている。


入院している子どもたちは先生が大好きで、
お母さんお父さんも先生を慕っていて、
看護師たちスタッフにも優しくて、
外科看護しか知らない私にもたくさん笑顔で教えてくれて、

今、ずっと泣き止めない私をひとりにしないで、
支えてくれる。


私、「外科看護をもっと勉強したい」よりも、
佐々木先生の下で小児看護を勉強してみたい。

私と一緒に働きたいと言ってくださって、本当に嬉しかった。
絶対に辛いことが起きる看護の道でも、
佐々木先生は私に手を差し伸べて、
また頑張らせてくれるんじゃないかって信じられます。

だけど。
佐々木先生の元へ行って、私が先生を好きになるんじゃないかって期待させてしまって、
もし期待に応えられなかったら、先生を哀しませてしまうでしょう?
それがとても怖くて…。

私は佐々木先生を傷つけたくなくて、
先生の誘いを断ったんだって、今、はっきりと気づいた。



手を繋いだ夜に、
佐々木先生の無限の優しさを知って、
私は目が腫れるまで泣いた。

先生はずっとずっと、私の頭を撫で続けてくれている。




手を繋いで    関連作品  終わらせないで 2024/11/28-29
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12/8/2024, 4:00:34 PM

生徒会の役員会を終えて、ひとりトイレを済ませてから昇降口に行くと、生徒会担当でもあるクラス担任が下駄箱にもたれて立っていた。

暗いから、女子高生を心配してくれたのかな?なーんて。
ひとりノリツッコミしてると、担任が怪訝な顔をする。
そんな訝しんで見なくても。

「雨降ってるぞ」
「え、嘘」

冬の陽が落ちて暗がりにぼんやりと光るライトに霧雨が浮かび上がる。
置き傘…は、先日、高校に教育委員会のお偉いさんが来るからと強制的に持ち帰らされた。
ないのがわかりつつ、担任に飽きられないように鞄を捌くってみるけど、無いものはない。

「天気予報は夕方から弱い雨が降るって言ってたけどな」
「…見てないもん」
「ちょっと待ってろ。置き傘を持ち帰らなかった生徒の傘がまだあるかもしれない」

担任はあたしを残して職員室の方へ向かって行った。

何のために昇降口に居たんだろ?
あたしが傘を持っているか確認するため?

んふ、んふふ。
妙な笑い声が漏れちゃう。
だって、優しいとこあるじゃーんって。

「なかったわ。他にも忘れた奴らに貸したし。生徒会の奴らと帰ってればなぁ」
むーーー
そうだよ、待っててくれればって一瞬思ったけど、私が言ったんだった。「先に帰っていいよ」って。

鞄を背負い直し、上靴を脱ぐ。
靴を玄関に置いたところで「ほら」と真っ黒な紳士用の傘が差し出された。

「え?」
「俺の。しょーがないから貸してやる」
「えっ、嘘!」
「信じないなら良いけど」
引っ込めようとする傘をガッと掴む。
「借ります!貸してください!」
「最初っからそう言え」
担任が傘から手を離す。

「でも良いの?」
「良いよ、俺は車だから。職員駐車場まで徒歩3分。生徒は最寄り駅まで徒歩15分。駅から遠いよな、この学校」
「先生もそう思ってたんだ。そう言えば先生、卒業生だったもんね」
「おぅ。電車に忘れるなよ」
「う、気をつけます」
「ああ。じゃあ。夜道にも気をつけて」

教師らしく優しいことを言って、担任が踵を返す。

「先生!ありがとうございます!それから、すみません!」
「えっ?」
担任が振り返った。

「3分でも、先生が濡れちゃうから」
「ばーか。男は良いんだよ。傘、明日返せよ」
「う、うん。さよなら!」
「ああ、また明日」

少しだけ笑みを浮かべて、担任は校舎内へ戻って行く。


昇降口を出て、傘を広げる。
「おっきい。そして重い」
軽さを追求する女性用の傘とは全然違う。

「でも、嬉しいな」
口は悪いけど、実は優しくて温かい人で、あたしは密かに憧れている。
だから、柄にもなく生徒会役員なんかやってるわけだし。


先生ともう少しお近づきになれたらさ。
こう言えたのかな。

ありがとうございます、それからすみません、じゃなくて。

「ありがとう、ごめんね」って。




ありがとう、ごめんね

12/7/2024, 11:52:28 PM


小児科医の僕は、看護師の宮島さんが自閉症児の歩(あゆむ)くんとプレイルームの片隅に並んで座っているのを見て少し驚いた。



『部屋の片隅で』 -泣かないで 関連作品-



小児科病棟の改装工事に伴い、外科病棟50床のうち25床を小児科病棟にして、患児の引越しは昨日行われたばかり。子どもの健全な成長のためには安全な遊び場が必要で、昨日、急ピッチで外科病棟のロビーの半分をプレイルームとして仕切った.。そこにカーペットや遊具、おもちゃ、絵本、幼児用の椅子やテーブルを置く。
昨日さっそく、小児科スタッフ付き添いのもと、子どもたちに遊んでもらって安全性が確認できた。

「たかひろ先生、あそぼー」
子どもたちから声がかかり、プレイルームに上がり込んで遊び相手になる。忙しい小児科医の業務の中で、子どもたちの元気な姿が僕にとっての癒しの時間。もちろん、病気の悪化や怪我をさせてはいけないため、子どもたちの観察には余念がないけれど。

内科的疾患のある自閉症児の歩(あゆむ)くんは昨日も今日もプレイルームに来ていない。改装工事前の小児科病棟のプレイルームでは、誰かと関わることはなかったけれど、部屋の片隅で子どもたちや外の景色を眺めていた。
環境に慣れるまで時間のかかる子だから、様子を見るしかないか。
僕はこの後で歩くんの病室を覗くことに決めた。

病室の扉をノックしようとして、明るい話し声に一旦ノックを止める。
外科ナースさんが「今日から2週間小児科を担当します」と挨拶する声が聞こえた。小学校高学年や中学生の子は内科病棟に入院していて、そちらにも小児科ナースが配属されている。外科小児科混合病棟の間は、外科病棟のナースも小児看護と外科看護をローテーションで受け持つことになっていた。

「あゆみです、宮島歩。あゆむくんと似てるね」
「あゆみとあゆむだもんね。あゆむは、漢字一文字で歩くなんです」
「あっ、私も歩くって書くんです!一緒ですね!」
宮島さんはお母さんと楽し気に会話をした後、「プレイルームにいるから来てね」と病室を出た。
病室の前にいた僕と鉢合わせる。ペコっと会釈され、プレイルームに行く後ろ姿を見送った。歩くんの場合、最初は小児科ナースと一緒に挨拶した方が良かったんじゃないか?お母さんは気にかけていない様子だけど…と思いながら、ノックして病室に入る。
「歩くん、こんにちは」
ベッドの片隅で歩くんは体育座りをしている。歩くんの定位置。いつもと違うのは、手には1枚のメモ用紙が握られている。
「それはなぁに?」
手元を覗き込むと見せてくれた。『あゆむ』『あゆみ』1文字違いの名前が読みやすい綺麗な文字で並ぶ。
「さっきの看護師さんが渡してくれたんです。と言っても、歩の隣にそっと置いてくれたんですけど」
それを歩くんが持ち続けているのか。
「佐々木先生…歩さん、歩と合うかもしれません」
「えぇ。…お母さん、歩くんがメモをずっと持っているようでしたら、プレイルームに行ってみても良いかもしれません」
「……そうですね」

歩くんが外科小児科混合病棟に慣れるのは意外に早いかもしれない。
プレイルームの前を通る。宮島さんは、子どもたちに囲まれて一緒に遊んでいた。楽しそうに、嬉しそうに。子どもって可愛いもんな。僕は気づいてくれた子たちに手を振る。宮島さんはペコリと会釈した。

次の日、プレイルームではいつものように子どもたちとお母さんお父さん、小児科スタッフがいた。部屋の片隅には、歩くんと宮島さん。歩くん、来られたのか。少しの驚きを持って二人を観察する。何かをするわけではなく、歩くんはプレイルームの様子を眺めているようだった。それは歩くんのいつもの光景。
ただ違うのは、歩くんが宮島さんの隣にピッタリ寄り添って、宮島さんはただそれを受け入れていることだった。一緒に遊ぼうとも誘わず、膝の上に乗せたりもせず、ただ、歩くんの隣にいてあげる。今の時期の歩くんにとって、それが最善に思えた。お母さん同士で話している歩くんのお母さんに声をかける。
「歩くん、来れましたね」
「はい。ずっとああしてるんですけど、歩さんも付き合ってくれて」
「安心してるんでしょうね。少しずつの成長を見守っていきましょうか」
「えぇ」


部屋の片隅から見る歩くんの世界。
そこにそっと入った宮島さん。
歩くんの世界を邪魔することなく、にこやかに微笑んで一緒にいてくれる。


宮島歩さんか…



顔と名前を覚えたばかりの僕が、どんどんキミに惹かれていくのはまた別の話。




部屋の片隅で    -泣かないで 2024/12/01-02 関連作品-

12/6/2024, 11:14:01 AM

子どもを見てくれていた夫が「ママ、ちょっと来て」と私を呼んだ。
今日は日曜日。午前中の家事を済ませた束の間の休息時間。この後は、昼食を作らなければならないと言うのに。
「よっこらしょ」
わざと行ってあげている感を出しながら夫と子どもの元へ行く。
そこには、らくがき帳のページいっぱいに書かれたひらがな。字を書き始めた幼稚園児特有の可愛い鏡文字がたくさん。
「にちかちゃん、いっぱいかいたねぇ。じょうず、しょうず。よくかけてるね!」
次女のにちかちゃんが私に褒められて嬉しそうにしている。
夫は不満気に私に言った。
「…全部左右反転、逆さまの字だよ?直さなくても良いの?」
「良いの、いいの。自然に直るんだって。いちかちゃんもなおったもんねー」
塗り絵に夢中になっていた長女が「うん!」と笑った。
「いちかの文字は、ママがなおしてくれたんだと思ってた」
パパがポツリと呟く。
「なおしてないよ。いちかちゃんは、ママのマネっ子したり、お風呂のひらがな表で覚えちゃったんだもんね。いちかちゃん、天才!にちかちゃんもてんさい!」
二人まとめてぎゅううっと抱きしめると、ふたりともぎゅううんっと抱きしめ返してくれて、あーーすっごく幸せ。
「にちかちゃんの逆さまの字、かわいいねぇ」
「かわいいねぇ。あたしはかけなくなっちゃった」
「難しいよねー」

にちかちゃんのらくがき帳のまっさらなページ。
最初に書いたのは、鏡文字の『にちか』
パパが大きな笑顔で拍手した。
「自分の名前が書けるの?すげぇじゃん!」
「ほかにもかけるよ!『いちか』」
「おーすげぇ!おねえちゃんの名前まで!いちか、見てみて!にちかが書いた!」
父娘3人が鉛筆を手に取りはしゃいでいる。

字を書き始めたばかりの幼児の時期しか見られない、左右が逆さまの鏡文字。
可愛くて、私は大好き。




逆さま

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