今日は幼馴染の結婚式だった。
満開の桜が青空に映える。
花嫁の化粧をほどこされた彼女は白いウエディングドレスがとてもとても似合っていた。
2つ歳上の幼馴染の彼女のことが、僕は幼い頃からとても好きだった。
本当の姉と弟みたいだと互いの家族は笑い、僕たちも笑いあった。
そう、姉のように憧れているだけだと思っていた。
桜の花びらが舞う。
白いウエディングドレスの彼女が隣の男を見上げて微笑んだ。
彼女の美しさを目に焼き付けたいのに、霞んで見えなくなる。
僕は涙を零さないように、満開の桜を見上げて鼻を啜った。
その後の披露宴のことは、正直憶えていない。
僕が式場を後にすると、彼女がひとりで追いかけてきた。
「今日は来てくれてありがとう」
「ん。おめでとう」
二人の間に沈黙が流れるのを僕は笑って遮った。
「ドレス、良く似合ってる」
「え、あ、ほんと?たくさん試着して決めたんだよ」
「うん」
彼女は嬉しそうに笑った。
今度こそ目に焼き付けようと思ったのに、ダメだった。
涙ぐんでしまって、僕は咄嗟に彼女から目を逸らした。
彼女の旦那さんが、彼女を探しているのが見えた。
「じゃあ、行くから」
「うん」
「お幸せに」
好きだよ、とは言えなかった。
ずっと好きだったんだよ、と言えなかった。
姉のような憧れじゃない、愛してるって、早く気づけば良かった。
そしたら、僕と君は両想いで、君のウエディングドレス選びを僕は見守っていたのかな。
桜が舞い散る。
僕の頬が涙に濡れる。
何か違和感を感じて拭ったら、桜の花びらが一枚指に張り付いた。
今日の彼女の頬のような、桜色。
幸せな結婚式に降り注いだ満開の桜の花びらのうちの一枚。
彼女を忘れられない僕の名残りのような、ひとひらの桜。
僕は大きく息を吐き、手のひらにそっと隠した。
ひとひら
息子は市内の高校から県庁所在地の大学へ進学した。
自転車通学から電車とバスを乗り継いでキャンパスへ向かう。
学生や通勤客でごった返す電車やホーム、バスターミナルも初めての場所、若者たちで賑わうショッピングモールも。
息子の地図は新しい場所が加わっていく。街も、人も、経験も。
平日朝から夕方まで市内で勤務する私は、息子の地図の拡がりを良いなあと羨ましいのと。
折角の機会だから、息子自身で地図を新しく更新していって、と願っている。
新しい地図
息子が大学受験を経て春から大学生になる。
ちっとも勉強しないといつもハラハラしていた私にとって朗報である。
本人は共通テストの成績は良かったし、後期試験の受験科目は得意の数学だけでかなり自信を持っていた。
だから息子にとっては思惑通りの桜咲く。
一緒に大学へ赴いて入学手続きをした帰り。
息子は特急電車の車内で横並びの8人がけの私の隣に座り、微かな寝息を立てている。
息子は思春期が長引いているのか。
駅から大学、大学から駅、駅構内に至るまで、ちっとも隣に並んで歩いてくれなくて、私たちは前後に並んで歩いた。
おまけに家から通学できる距離なのに、一人暮らしを考えていると言われて。
お母さんは寂しいよ。
息子の成長を喜ぶべき。そんなことはわかっている。
自立しようとしている息子のことが嬉しいし、誇らしいとも思うけど。
でもね、寂しい。
心配も尽きない。
まともにご飯を食べて、洗濯をして、寝坊しないで学校に通える?
寝顔を見るのは久しぶり。
薄っすら髭が生えているのがなんだかなあ。
髭剃りも用意しなきゃいけないのか。
特急電車は人がまばらな駅舎をいくつも通り過ぎて行く。
「あ」
私の声に向かい側の席に座る人がスマホを見ている顔を上げた。
息子は寝ている。
通り過ぎて行ったプラットフォームの遥か向こうの山間に、満開の桜が咲き誇っていた。
ソメイヨシノが咲くにはまだ早い、別の種類の桜なのだろう。
そう言えば、桜の色が少し濃かった気がする。
春爛漫。
目に焼き付いた桜色。
息子の穏やかな寝顔。
目に焼き付けようと思っていたのに、目を開けてしまった。
もう一回寝ないかなあ。
そんな私の期待を裏切って、息子は咳払いをした。
隣に座っている。
まあこれも幸せか。
あと10分の小さな幸せ。
春爛漫 & 小さな幸せ
手を繋いで
後ほど
君を抱きしめても、どこか君と寄り添えていない気がして、もっと強く抱きしめる。
「痛いよ」と言う君の声が、以前はどこか嬉しそうに聞こえていたのに、
今は、「痛い」とだけ聞こえてくる。
今、何を思っているの?
僕のこと、どう思っているの?
まだ、僕のことが好き?
他に好きなヤツがいるの?
決定的なことは何一つ聞けなくて、
君の身体の抱きしめる力を緩める。
そうすれば、「痛いから離して」と言う口実を潰せるから。
ねえ、
僕は心のざわめきがずっと止まらないんだ。
本当は、君だって、ざわめきが止まらないだろう?
君は、僕の親友に、ときめいているんだろう?
僕が君にキスを試してみたら、
君は僕を拒否して、
君は楽になれるのかなあ。
最終的に、僕と君は、心のざわめきから解放されるのかなあ。
でも、
僕からはキスしないし、
僕をどう思っているのかも、
まだ僕のことを好きなのかも、
僕の親友を好きになってしまったのかも、
何もかも聞かないよ。
僕と同じように、
心のざわめきを抱えていけばいいさ。
いつかざわめきを抱えられなくなって、
僕が君を許すのが先か、
君の罪悪感が破裂するその日まで。
心のざわめき