毎年、地元ではお盆の帰省に合わせて市が主催の花火大会が行われる。
清流が流れる渓谷に花火の轟音が響き渡り、水面に花火が映り込む、地元の夏の風物詩。
学生で夏休み中のバイトに明け暮れるつもりだった私は、今年は帰省をやめようと思っていた。
でも、アパートの郵便受けに入っていた、男友だちのアイツからの向日葵の暑中見舞いの絵葉書を見て「帰ろう」と決めた。
花火大会当日の夕方、せっかくだからと濃紺に黄色の向日葵が描かれた浴衣を着る。
白いTシャツとジーンズ姿の彼は「良いじゃん」と笑った。
観覧席は今年から有料の予約制になっていた。
それを私も彼も知らず、2人でふわふわに丸く高く盛られたかき氷を手に、「どうする?」と顔を見合わせる。
結局、渓谷沿いではあるけれど足場の悪い大きな岩肌を登る。
下駄を履いた足が滑ったときのために私の手を彼はしっかりと握って、私もしっかりと握り返す。彼は私を上へ上へと引き上げてくれた。
大きな花火が轟音と共に頭上で光り渓谷を一瞬のうちに明るくし、渓谷に反響する残響の中をパラパラと渇いた音と共に光が筋になって谷へ吸い込まれてゆく。
私たちはその光の中、岩肌を登っていた。きっと私たちの2人の影を花火が浮かび上がらせているのだろう。
岩肌をてっぺんまで登ったら少し川へ近づくように降りて、2人が横並びに座れるスペースへ向かう。
そこに座ると、背中側は岩肌、正面は川と花火と渓谷の対岸。対岸の斜面は緑の樹木に覆われて人っこ1人いない。
ここは、私と彼のふたりだけの特等席。
轟音と共に打ち上げ花火が夜空へ向かう。
首を思いっきり仰向けて大輪の花火を見上げる。
山盛りに盛られたかき氷は溶け出して容器の淵から甘い蜜が垂れ始めていた。
「美味しい」と呟くその声も花火の轟音と残響にかき消されるのがわかって、かき氷が溶け切る前に急いで食べていく。
先に限界がきたのは私。
額を押さえる私に、「頭痛い?」と尋ねる彼。
頷く私に、彼は「ちょうだい」と私にかき氷を持たせたまま私のスプーンでかき氷を掬い、自分の口元へ運んだ。
間接キス……
スプーンを持つ私とは違う長く筋ばった指、スプーンを含む厚い唇。
意識していなかった男らしさに、私は息を飲む。
そんな私に気づいていないのか、彼は私のかき氷を口に次から次へと運んでいく。
いつのまにか、打ち上げ花火はスターマインが始まっていた。
優しくなった破裂音と、上がり続けるたくさんの彩どりの花火。
私は彼越しに水面の花火を見続けていて。
ふと目の前に影が差し込んだ。
影が彼の顔と気づいたときには、唇に彼の唇が触れていた。
キス…氷のように冷たくて、ふわふわのかき氷のような柔らかな感触。夢心地のような、甘い気持ちが溶け出してしまいそうな……
スターマインの最後、たくさんの花火が渇いた音と共に落ちてくる。
渓谷を光で彩り、その後、暗く静寂が訪れた。
聴こえなかった楽しげな祭囃子が遠く聴こえる。
「友だちを続けてきたけど」
彼が私の瞳を覗き込んだ。
「ほんとは、ずっと前から好きだった」
「うん」
真剣な瞳に私は頷く。
「俺のこと、どう思ってる?」
緊張気味に震える声に、ちょっとだけ冷静になる。
キスなんて、すごく大胆なことをしたくせに。
「ホントは向日葵の絵葉書を受け取る前は、向こうで夏休みはバイト三昧で過ごして帰省するつもりはなかった」
「そうだったんだ。じゃあ、なんで帰ってきたの?」
彼の瞳に蛍光色の鮮やかな光が映している。
水面では金魚花火が流れていく。
水面を小さな花火が火花を散らしながら滑って泳いでいくような、可愛いかわいい花火。
私のいちばん好きな花火。
「金魚花火を見たかったのと」
「金魚花火と?」
彼の瞳に浮かぶ期待と不安。
私は逸る鼓動を少し落ち着かせようと呼吸してみたけど、到底無理だなってすぐに結論を出して。
「あなたに告白しようと思っ…」
最後まで言い切れずに抱きしめられる。
暗い渓谷、水面に浮かぶ赤い金魚花火。
可愛くて大好きな花火。
真っ白なTシャツのあなたと向日葵の浴衣の私の、まるでふたりだけの花火大会。
本当の夏が来た。
あなたと生きる季節が眩しい。
もう友だちじゃない、あなたと私の二人だけの本当の夏。
「夏、二人だけの。」
渡辺美里さんの『夏が来た!』をイメージして書いてみました
7/16/2025, 8:34:58 AM