Mey

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12/8/2024, 4:00:34 PM

生徒会の役員会を終えて、ひとりトイレを済ませてから昇降口に行くと、生徒会担当でもあるクラス担任が下駄箱にもたれて立っていた。

暗いから、女子高生を心配してくれたのかな?なーんて。
ひとりノリツッコミしてると、担任が怪訝な顔をする。
そんな訝しんで見なくても。

「雨降ってるぞ」
「え、嘘」

冬の陽が落ちて暗がりにぼんやりと光るライトに霧雨が浮かび上がる。
置き傘…は、先日、高校に教育委員会のお偉いさんが来るからと強制的に持ち帰らされた。
ないのがわかりつつ、担任に飽きられないように鞄を捌くってみるけど、無いものはない。

「天気予報は夕方から弱い雨が降るって言ってたけどな」
「…見てないもん」
「ちょっと待ってろ。置き傘を持ち帰らなかった生徒の傘がまだあるかもしれない」

担任はあたしを残して職員室の方へ向かって行った。

何のために昇降口に居たんだろ?
あたしが傘を持っているか確認するため?

んふ、んふふ。
妙な笑い声が漏れちゃう。
だって、優しいとこあるじゃーんって。

「なかったわ。他にも忘れた奴らに貸したし。生徒会の奴らと帰ってればなぁ」
むーーー
そうだよ、待っててくれればって一瞬思ったけど、私が言ったんだった。「先に帰っていいよ」って。

鞄を背負い直し、上靴を脱ぐ。
靴を玄関に置いたところで「ほら」と真っ黒な紳士用の傘が差し出された。

「え?」
「俺の。しょーがないから貸してやる」
「えっ、嘘!」
「信じないなら良いけど」
引っ込めようとする傘をガッと掴む。
「借ります!貸してください!」
「最初っからそう言え」
担任が傘から手を離す。

「でも良いの?」
「良いよ、俺は車だから。職員駐車場まで徒歩3分。生徒は最寄り駅まで徒歩15分。駅から遠いよな、この学校」
「先生もそう思ってたんだ。そう言えば先生、卒業生だったもんね」
「おぅ。電車に忘れるなよ」
「う、気をつけます」
「ああ。じゃあ。夜道にも気をつけて」

教師らしく優しいことを言って、担任が踵を返す。

「先生!ありがとうございます!それから、すみません!」
「えっ?」
担任が振り返った。

「3分でも、先生が濡れちゃうから」
「ばーか。男は良いんだよ。傘、明日返せよ」
「う、うん。さよなら!」
「ああ、また明日」

少しだけ笑みを浮かべて、担任は校舎内へ戻って行く。


昇降口を出て、傘を広げる。
「おっきい。そして重い」
軽さを追求する女性用の傘とは全然違う。

「でも、嬉しいな」
口は悪いけど、実は優しくて温かい人で、あたしは密かに憧れている。
だから、柄にもなく生徒会役員なんかやってるわけだし。


先生ともう少しお近づきになれたらさ。
こう言えたのかな。

ありがとうございます、それからすみません、じゃなくて。

「ありがとう、ごめんね」って。




ありがとう、ごめんね

12/7/2024, 11:52:28 PM


小児科医の僕は、看護師の宮島さんが自閉症児の歩(あゆむ)くんとプレイルームの片隅に並んで座っているのを見て少し驚いた。



『部屋の片隅で』 -泣かないで 関連作品-



小児科病棟の改装工事に伴い、外科病棟50床のうち25床を小児科病棟にして、患児の引越しは昨日行われたばかり。子どもの健全な成長のためには安全な遊び場が必要で、昨日、急ピッチで外科病棟のロビーの半分をプレイルームとして仕切った.。そこにカーペットや遊具、おもちゃ、絵本、幼児用の椅子やテーブルを置く。
昨日さっそく、小児科スタッフ付き添いのもと、子どもたちに遊んでもらって安全性が確認できた。

「たかひろ先生、あそぼー」
子どもたちから声がかかり、プレイルームに上がり込んで遊び相手になる。忙しい小児科医の業務の中で、子どもたちの元気な姿が僕にとっての癒しの時間。もちろん、病気の悪化や怪我をさせてはいけないため、子どもたちの観察には余念がないけれど。

内科的疾患のある自閉症児の歩(あゆむ)くんは昨日も今日もプレイルームに来ていない。改装工事前の小児科病棟のプレイルームでは、誰かと関わることはなかったけれど、部屋の片隅で子どもたちや外の景色を眺めていた。
環境に慣れるまで時間のかかる子だから、様子を見るしかないか。
僕はこの後で歩くんの病室を覗くことに決めた。

病室の扉をノックしようとして、明るい話し声に一旦ノックを止める。
外科ナースさんが「今日から2週間小児科を担当します」と挨拶する声が聞こえた。小学校高学年や中学生の子は内科病棟に入院していて、そちらにも小児科ナースが配属されている。外科小児科混合病棟の間は、外科病棟のナースも小児看護と外科看護をローテーションで受け持つことになっていた。

「あゆみです、宮島歩。あゆむくんと似てるね」
「あゆみとあゆむだもんね。あゆむは、漢字一文字で歩くなんです」
「あっ、私も歩くって書くんです!一緒ですね!」
宮島さんはお母さんと楽し気に会話をした後、「プレイルームにいるから来てね」と病室を出た。
病室の前にいた僕と鉢合わせる。ペコっと会釈され、プレイルームに行く後ろ姿を見送った。歩くんの場合、最初は小児科ナースと一緒に挨拶した方が良かったんじゃないか?お母さんは気にかけていない様子だけど…と思いながら、ノックして病室に入る。
「歩くん、こんにちは」
ベッドの片隅で歩くんは体育座りをしている。歩くんの定位置。いつもと違うのは、手には1枚のメモ用紙が握られている。
「それはなぁに?」
手元を覗き込むと見せてくれた。『あゆむ』『あゆみ』1文字違いの名前が読みやすい綺麗な文字で並ぶ。
「さっきの看護師さんが渡してくれたんです。と言っても、歩の隣にそっと置いてくれたんですけど」
それを歩くんが持ち続けているのか。
「佐々木先生…歩さん、歩と合うかもしれません」
「えぇ。…お母さん、歩くんがメモをずっと持っているようでしたら、プレイルームに行ってみても良いかもしれません」
「……そうですね」

歩くんが外科小児科混合病棟に慣れるのは意外に早いかもしれない。
プレイルームの前を通る。宮島さんは、子どもたちに囲まれて一緒に遊んでいた。楽しそうに、嬉しそうに。子どもって可愛いもんな。僕は気づいてくれた子たちに手を振る。宮島さんはペコリと会釈した。

次の日、プレイルームではいつものように子どもたちとお母さんお父さん、小児科スタッフがいた。部屋の片隅には、歩くんと宮島さん。歩くん、来られたのか。少しの驚きを持って二人を観察する。何かをするわけではなく、歩くんはプレイルームの様子を眺めているようだった。それは歩くんのいつもの光景。
ただ違うのは、歩くんが宮島さんの隣にピッタリ寄り添って、宮島さんはただそれを受け入れていることだった。一緒に遊ぼうとも誘わず、膝の上に乗せたりもせず、ただ、歩くんの隣にいてあげる。今の時期の歩くんにとって、それが最善に思えた。お母さん同士で話している歩くんのお母さんに声をかける。
「歩くん、来れましたね」
「はい。ずっとああしてるんですけど、歩さんも付き合ってくれて」
「安心してるんでしょうね。少しずつの成長を見守っていきましょうか」
「えぇ」


部屋の片隅から見る歩くんの世界。
そこにそっと入った宮島さん。
歩くんの世界を邪魔することなく、にこやかに微笑んで一緒にいてくれる。


宮島歩さんか…



顔と名前を覚えたばかりの僕が、どんどんキミに惹かれていくのはまた別の話。




部屋の片隅で    -泣かないで 2024/12/01-02 関連作品-

12/6/2024, 11:14:01 AM

子どもを見てくれていた夫が「ママ、ちょっと来て」と私を呼んだ。
今日は日曜日。午前中の家事を済ませた束の間の休息時間。この後は、昼食を作らなければならないと言うのに。
「よっこらしょ」
わざと行ってあげている感を出しながら夫と子どもの元へ行く。
そこには、らくがき帳のページいっぱいに書かれたひらがな。字を書き始めた幼稚園児特有の可愛い鏡文字がたくさん。
「にちかちゃん、いっぱいかいたねぇ。じょうず、しょうず。よくかけてるね!」
次女のにちかちゃんが私に褒められて嬉しそうにしている。
夫は不満気に私に言った。
「…全部左右反転、逆さまの字だよ?直さなくても良いの?」
「良いの、いいの。自然に直るんだって。いちかちゃんもなおったもんねー」
塗り絵に夢中になっていた長女が「うん!」と笑った。
「いちかの文字は、ママがなおしてくれたんだと思ってた」
パパがポツリと呟く。
「なおしてないよ。いちかちゃんは、ママのマネっ子したり、お風呂のひらがな表で覚えちゃったんだもんね。いちかちゃん、天才!にちかちゃんもてんさい!」
二人まとめてぎゅううっと抱きしめると、ふたりともぎゅううんっと抱きしめ返してくれて、あーーすっごく幸せ。
「にちかちゃんの逆さまの字、かわいいねぇ」
「かわいいねぇ。あたしはかけなくなっちゃった」
「難しいよねー」

にちかちゃんのらくがき帳のまっさらなページ。
最初に書いたのは、鏡文字の『にちか』
パパが大きな笑顔で拍手した。
「自分の名前が書けるの?すげぇじゃん!」
「ほかにもかけるよ!『いちか』」
「おーすげぇ!おねえちゃんの名前まで!いちか、見てみて!にちかが書いた!」
父娘3人が鉛筆を手に取りはしゃいでいる。

字を書き始めたばかりの幼児の時期しか見られない、左右が逆さまの鏡文字。
可愛くて、私は大好き。




逆さま

12/6/2024, 3:30:14 AM


眠れないほど、あの子のことが気になっている。
あの子は今、泣いていないだろうか。



『眠れないほど』 -終わらせないで&泣かないで 関連作品-



俺が外科医として勤務する外科病棟に今年も2名の新人看護師が配属された。
古川さんと、宮島さん。何をするにも始めから器用な古川さんと、不器用な宮島さん。ただ宮島さんなりに成長しようと、毎日もがいていた。そんな彼女も1年を過ぎる頃、同期の古川さんと遜色なく働けるようになり、いつしか古川さんを追い越していた。

ある日、久しぶりに宮島さんにドレーン挿入の介助に入ってもらった。前回の介助よりも処置がしやすい。患者の様子に気を配るだけでなく、俺が動きやすいように気を配って動いてくれる。彼女の看護に感嘆し、部屋の片付けを終えて廊下を歩く彼女を呼び止めた。「やりやすかったよ」頭をポンッと軽く叩く。感謝と労い。彼女の努力を認めたいだけだった。だけど、彼女の俯いて上から見える耳が紅く染まっているのを見て知った。宮島さんは俺に好意を持っている。その場を離れ、廊下を歩きながら俺は口元を押さえる。動悸がする。女の子から好意を持たれていることを知って自分が意識しだすなんて、10代でもあるまいし。だけど、宮島さんのことを思い出す自分がいる。宮島さんは、俺の介助に着くとき、いつだって患者の様子に気を配り、俺がやりやすいように介助してくれていた。献身的と言って良い。
いつしか彼女のことを目で追い、彼女のどんどん成長する看護を褒めて頭に触れる。看護師に医師が優しく触れる必要なんて全くない。だけど、愛しくて触れたくなるのを抑えきれなくて。笑みが溢れないように我慢する彼女が愛おしくて笑ってしまう日々。

俺は結婚している。
妻を幸せにすると本気で誓ったあの想いは今も続いている。それなのに。
俺は来年開業する自分のクリニックへ宮島さんを連れて行かないことに決めた。彼女から離れた方が良い。宮島さんは落ち込むだろうけれど、でも彼女は患者にも慕われて感謝されることが多い。きっと友人、仕事仲間や患者が彼女を癒してくれる。…代わりに古川さんを連れて行くことに決めた。

その頃、小児科病棟の改装工事に伴い、患児に外科病棟50床のうち25床が与えられた。外科ナースは外科看護と小児看護の掛け持ちとなり、2週間ごとのローテーションが組まれた。
宮島さんは、小児科に向いていた。患児が懐き、宮島さん本人も自然な笑顔が増えてイキイキしている。小児科スタッフや家族の信頼も獲得して、彼女はローテーションから抜けて小児科を担当することが多くなった。外科では一緒に働けなくなったけれど、同じ病棟、同じナースステーションのために彼女の姿は目にすることができる。
……小児科の佐々木先生が彼女に笑いかけて、小児看護に不慣れな宮島さんを優しくサポートする姿をよく目にした。佐々木先生は宮島さんが好きなのか。未婚で優しい佐々木先生は、俺よりもよっぽど宮島さんに似合う。
俺はますます彼女を自分のクリニックで働かせないことを決めた。佐々木先生も来年小児科を開業する。そこが宮島さんに相応しい場所だ。俺は、古川さんをクリニックに勧誘して良い返事をもらった。
後日、元気のない宮島さんを目にする。俺が宮島さんの看護の力量を認めていないと思ったからだろう。違う、と強く否定して自分の気持ちを告げたくなる。俺も好きなんだと言って聴かせたくなる。そんなことできないのに。

冬が終わる頃、小児科病棟の改装工事が終了して小児患者やスタッフは元の病棟へ戻り、外科の軽症患者や外科ナースとして応援に行っていたスタッフも戻ってきた。すっかり外科小児科混合病棟だった名残りは無くなった。
俺は3月でこの病院を退職する。宮島さんとの仕事も残りわずかだ。宮島さんは一時の元気のなさから回復して相変わらず俺がやりやすい処置の介助をしてくれていた。

想うのは、いつも宮島さんのことばかり。
気持ちを振り切るように医師が出払っている医局の自分の席で文献に目を凝らす。思いの外治療の効果が出た抗癌剤に、同じようなケースは過去になかったかと文字を辿っていく。
医局のドアが開き、佐々木先生が部屋に入ってきたのを見て、パソコン作業に戻る。正直、逢いたくない相手だ。宮島さんのみならず、誰にでもおおらかで優しく面倒見があって、彼を悪く言う人はいなかった。既婚者の俺が宮島さんを好きで職場で頭に触れてなお、俺の気持ちにも理解を示した男。
以前、彼女を自分のクリニックへ連れて行き、小児科ナースとして育てると宣言された。もう伝えたのだろうか。
「宮島さん、外科看護の経験を積んでいくそうですよ」
俺のいない病院へ残って外科を続ける?佐々木先生のところに行くかどうかはともかく、あんなに小児と毎日楽しそうに過ごしていたのに?不思議に思ったその先で、佐々木先生が俺の心の中の問いに答えを告げる。
「彼女は優しい人ですね。僕を傷つけない方法を選んだ。益々好きになってしまいました」
ああ、佐々木先生は彼女に告白して、彼女はその想いを受け取らなかったのだ。佐々木先生に期待させることも避けて…小児看護が向いていると自分でもわかっていただろうに。彼女の優しさを感じて、俺も益々好きになる。いつだって彼女は一生懸命で、献身的で、自分の気持ちに応えてほしいと欲張ることもせずに。
「わかりますよ、俺も同じですから」
何もかも投げ出して、好きだと伝えられたら良いのに。俺は佐々木先生から逃げ出すようにパソコンの電源を落として部屋を出た。

数日後、俺は宮島さんが日勤を終えるのをコーヒーを飲みながら休憩室で待っていた。日勤終わりの宮島さんにコーヒーを勧めて、しばらく雑談する。本当に言いたいのはそれではないのに。
飲んでいたコーヒーが空になり、ようやく本題に入る。
佐々木先生のクリニックの誘いを断ったことを宮島さん本人から確認して、俺は告げた。宮島さんは頑張れる人だということ、知り合いのいない土地で絶対に辛いことがある医療の仕事でも乗り越える力があること、それを俺が3年間も見てきたこと。
宮島さんが佐々木先生の誘いを断ったのは、引越しをしなきゃいけないからじゃない。絶対に辛いことが起きる看護を一人で続けられるか不安だからというのは、大きな理由じゃない。
本当は、自分のことが好きな人の元へ着いて行く、だからいずれ---そんな期待を宮島さんは彼女の優しさで持たせたくないからだと知っている。そこを避けて小児看護を勧めていく俺は、なんて臆病者なのだろう。

彼女は、俺との時間の終わりを感じ取った。終わらせたくないのは一緒だとその柔らかそうな白い手を取って告げられたらどんなに幸せだろう。
だけど。
「佐々木チルドレンクリニックを考えてみなよ」
外科よりも小児科が合っているかと問われて、それに答える。
宮島さんが外科で努力している姿を1番見てきた俺が。
「そうだね。子どもの接し方が上手だから」
彼女から「考えてみます」と返事をもらって、宮島さんだけが片想いだと思っていた、この幸せで切ない時間はもう終わりだよ、と暗に告げる。自分にも言い聞かせるように。
「何があっても佐々木先生が助けてくれるよ。宮島さんは、佐々木先生のお気に入りだから」
最後に宮島さんの頭に触れる。もう、こんなふうに俺が頭に触れることはない。少し冷たいサラッとした手触りの心地良い頭皮に。いつも笑みが溢れないように幸せそうに唇を閉じていた宮島さん。今日も俯いているけれど、その表情を確認できない。確認してしまって、涙を溜めていたら俺は、宮島さんをきっと強く抱きしめてしまう。俺がどんな顔をしているのか、自分でもわからない。

呼び出し音が鳴る。外科医として部屋を出て、急ぎ階段へ向かう。自分が泣きたくなっているのがわかったから。傷つけたのは俺で、俺が泣く資格なんてどこにもないのに。
咳払いをしてからコールバックをしてナースから情報をもらい、患者の様子を見に行く。看護師の言うとおり、ドレーンからの出血が多い。バイタルは今のところ安定している。バイタルの変化に注意してほしいことと、採血とレントゲンの指示を口頭で出してナースステーションに向かう。ナースステーションの奥にある休憩室には宮島さんの姿はなかった。今は、目の前の患者に集中するべきだ。俺は電子カルテにログインした。

患者の経過を見て大丈夫だろうと判断して帰宅したのは深夜だった。部屋の電気は既に消えて、キッチンカウンターには俺の夕食が皿に盛り付けられていた。妻には遅くなるから寝ているように伝えていたから眠っているのだろうか。俺は妻の料理を温めて食卓へ置く。
宮島さんは、泣いていないだろうか。食事は食べられたのだろうか。
彩よく盛り付けられた料理を見ても箸が進まない。先にシャワーを浴びることに決めて、また宮島さんを思い出す。彼女は自宅へ帰って…どんなふうに過ごしているのだろう。
今夜の俺は何をしても宮島さんを思い出して、泣いていないか心配している。彼女の心を支えてくれる人がいるのか、友人でも家族でも誰でも良い。
誰でもなんて……そんなはずはなかった。佐々木先生が彼女の哀しみに寄り添ってくれる。そう信じられたからこそ、俺は、この時間の終わりを告げられた。

自分で宮島さんとの時間に終止符を打って、佐々木先生との恋を応援するようなことを言って、彼女を傷つけて自分を守った。

そうして漸く気づく。

眠れないほど、彼女を愛していることに。





眠れないほど -終わらせないで 2024/11/28-29
         泣かないで 2024/12/01-02 関連作品-


12/4/2024, 2:19:40 PM

旦那の夢は『老後、夫婦水入らずでキャンピングカーで日本全国旅すること』
若い頃からその夢は一貫している。
「どこにそんなお金があるの」
冷たくあしらう。
中古車で購入しても、車好きな旦那はオプションを付けまくり、いつだってべらぼうに高い車になってしまうのだ。キャンピングカーだなんて、手が加えられる場所があっちにもこっちにも、で一体幾らになるのか検討もつかない。
「無理でしょ」
「リアリスト過ぎる」
旦那はむくれた。

「お母さんの夢はなに?」
と旦那が訊いた。
「夢…、子どもがキチンと独り立ちすることかなぁ」
「子どもじゃなくて、自分のこと!何かないの?」
「うーん。痩せて洋服が似合うようになりたい。部屋を綺麗に保ちたい」
「……まぁ頑張って」

旦那はパソコンでキャンピングカーの内装や設備をあれこれ比較し楽しそうにしている。
私はインスタに流れるダイエットの動画をソファに背を預けたまま保存する。
LINEのルームクリップの記事も良いなあと言いながらソファで眺める。


旦那の夢は今のところ金銭的な問題で現実になり得ない。
私の夢は今のところ私のやる気のなさで現実になり得ない。

私の夢よりも旦那の夢の方が非現実的なのに。
旦那は私の何倍も楽しそうにしてる。

…私の夢は取り繕った夢だから、旦那の夢には敵わない。想いの強さも長さも。



夢を持つこと自体が人を幸せにするのかもしれないなあ。

旦那が食い入るようにパソコンでキャンピングカーを調べているのを見て、ちょっと羨ましくなるのだ。



夢と現実

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