【67,お題:巡り会えたら】
またどこかで巡り会えたら、こんな嬉しいことはない
遠い記憶をぼんやりと思い出しながら、朦朧とした意識の狭間で
憎たらしい程に澄み渡った空を眺める
みんな元気にしてるだろうか、特にお袋はそそっかしいから心配だな
「...ぁ、あ”ぁ”...」
もうほとんど声もでない、周りの音も聞こえないしどうやら置いていかれたらしい
最後に、もう一度だけ顔をみたかったな
故郷に置いてきた、初恋の彼女
俺は立場上未来を約束出来ないから、思いを伝えられずじまい
こんなことになるなら一言言っとけば良かった、あなたが好きですって
今までの息苦しさが突然フッと和らいだ、急に楽になる感覚に自身の終わりを悟る
ここまでか、短い人生だったな
次の人生に期待することにしよう、今世でこんなに苦しんだんだ
来世は多少幸せになれると信じて、...あぁ...あと
次の未来でも彼女と巡り会えたらこんなに嬉しいことはない
【66,お題:奇跡をもう一度】
ああ、神様。私のこの不躾な行為をどうかお許しください
街から離れた場所に、ひっそりと佇む教会に小さな少年の姿があった
まだ10にもならないような子供だ、廃れ朽ちて廃墟と化した教会で床にへたりこみ
必死に両手を握り締め、祈りの言葉を呟いている
力を込めすぎて白くなった指先が、すがるように震えていた
「貴方に二度も頼ろうとするなんて、図々しいことこの上ない
恥じるべき行為なのは百も承知です、...ですがッ」
どうしても会いたい人が居るんです
「彼女は、私のせいで死にました。本来彼女は生きるべき人間でした
彼女の夢も未来も全て、私が奪ってしまった...」
竦み上がる喉から、やっとの思いで紡ぎだされる言葉は震えていた
お願いです、と涙ながらに懇願する少年の顔は、言葉遣いからは感じられない年相応のか弱さが見えた
「私は...ッもうどうなっても構いません、どんな罰も受けるつもりです
なのでどうか...どうか...ッ」
私のこの我儘を、どうか聞き届けてください
【65,お題:たそがれ】
人生の黄昏時がこんなに早く来るなんて思わなかった
なんの変哲もない普通の家庭に生まれて、学校行って友達作って、いっぱい羽目を外したな
大学卒業した後は広告会社に入ったんだっけ、そこで彼女と出会った
彼女はよく笑う人で、一緒にいろんな所にいったなぁ
沖縄、北海道、いつか海外旅行もしたいって君は言ってたっけ
子供ができて、この子が大人になるまではしばらく旅行は行けないねって約束したな
俺は旅行好きだったからちょっとつまんなかったけど、君が側にいるならなんでもよかった
子供が育って家を出てからすぐだったかな、俺の親父が死んだのは
猫を助けようとしたんだと、まったくお人好しの親父らしいよな
その後流れるように母も死んだ、ガンだった
歳だし、もう長くないとはわかってたけど...親が死ぬってこういう感じなんだな
悲しさもあるけど、どこかで「ああ、人ってこんな呆気なく死ぬんだ」って達観してる自分がいて
次はきっと自分の番なんだって、不思議な感覚で眠りについたのを覚えている
だが意外にも、次は私ではなかったようだ
彼女だった、心不全でいきなりポックリ逝ってしまった
最近体調がすぐれないようだったのはそのせいか、私が留守にしている間に倒れているところを救急搬送されたのだ
そうして、何年も連れ添った最愛の妻は私を置いて先に逝ってしまった
それからは子供が嫁と孫を連れてよく顔を見せてくれるようになった
きっと1人になった私の、身を案じての事だろう
家族との思い出が沢山詰まった家をゆっくりと歩きながら、物思いにふける
私もきっともう長くない
世界は怖く冷たい場所だと、信頼できる者など居ないと、全てを拒絶した時が私にもあった
しかし、なんということだろう
私は今、こんなにも幸せだ
私は、生まれ変わるならば同じく人間が良い
良いところも悪いところも全部知っている、その上でこの世界を愛している
木で出来た椅子に腰かけ、ふと目を閉じる
うとうとと船を漕ぐ感覚に身を委ねた
そろそろ迎えが来る頃だ
柔らかく微睡んだ景色の向こうに、最愛の彼らの姿が見えた。
【64,お題:きっと明日も】
「きっと明日もいい日になるよ」
これは僕の大切な君の口癖だ
どんなに嫌なことが続いた日も、曇り空のように沈んだ僕の気持ちを
晴天に引っ張りあげてくれたのは、いつも決まって君だった
僕は嫌なことがあるといつも君に言いに行く
神社の階段を上って本堂の裏側、紅葉の木がたくさん生えた裏山を少し登った先
急斜面が開けた場所で、僕の背の倍以上ある大岩に腰かけて君はいつも暇そうに船を漕いでいるのだ
「モミジっ!来たよ!」
「んん~?あ、来たんだね~いらっしゃ~い」
よいしょ、と大岩から目の前に飛び降りてきた君
その背丈は僕より少し高い、いつか越えてやるからな!と言うと、頑張ってね~と返された
「今日はどんなことがあったのかな~?」
「それがさぁ、聞いてよー」
思い付く限りのことを喉が枯れそうになるまで喋る
先生に怒られたこと、テストの点が悪かったこと、そのせいで父親に殴られたこと
「あー、その顔のアザはそういうことね」
「マジで最低だと思わない!?父さんだって勉強できないくせに!」
うんうん、と相づちを打ちながら僕の話を聞いているモミジ
一通り話し終わったのを察すると、それじゃあ、と向こうから切り出した
「今日楽しかったことを話してよ」
「楽しかったこと~?」
図工で描いた絵が褒められたこと、サッカーで沢山シュートを決められたこと
嫌なことよりも数が少ないけど、その瞬間は物凄く楽しかった
「楽しかったこともちゃんとあるじゃん」
「えーでもなぁ...」
「大丈夫大丈夫」
いつも決まって言う、君の口癖
「きっと明日もいい日になるよ」
にこっと首をかしげて微笑む姿は、まるで暖かな太陽のようで
この言葉を聞くたびに、僕はとても安心するんだ
「もう暗くなるから、また明日おいで」
帰るように促されて渋々帰路につく、明日はどんなことを話そうか、早く明日にならないかな
僕の頭のなかはその事でいっぱいだった
【63,お題:静寂に包まれた部屋】
そこは静寂に包まれた部屋、なにも聞こえず見えず感じない
白い壁がひたすら続く、虚しく冷たい空虚な部屋
彼女はそんな部屋に1人、いつも虚ろな瞳で空を仰いでいる
何をするでもない、何を思うでもない、ただ動くこともなくそこにある
...キラッ
視界の端で何かが煌めいた、初めて彼女の瞳が反応する
消えそうな程弱々しい光は、ふわふわと上下によろめきながら危なっかしく明滅した
「...おいで」
ほとんど声を出すこともなかったのだろう
初めて言葉を覚えた子供のように、か細い声で呟くと
光は嬉しそうに瞬いて差し出された彼女の手の上に舞い降りた
...ピカッ、ピカッ
「...あなたnジッjshづhbブッw」
「っは、...ゆ...め...?」
白い壁紙の部屋で彼女は起きた、母と選んだ水色のカーテンの隙間から朝日が覗く
勉強机には昨日やった課題が置かれている、彼女は今年で受験生だ
「...学校、行かないと...」
ベットから這い出して、支度を始めればさっき見た夢のことなどすぐ忘れてしまう
「行ってきます」
暗い家の中に呼び掛けて、通学路へと歩を進めた
《あなたの事を信じています》
澄んだ空気の中、青い鳥が踊るように宙を舞っていた