【62,お題:別れ際に】
「私、あなたの事嫌いじゃなかったんだよ」
「...うん」
西日が差す、簡素なアパートの一室
荷物をまとめて僕の部屋から出ていく彼女は、憂いを帯びていて
それすらも綺麗だった
「俺ら、なんで別れるんだろうね、特別仲が悪かった訳じゃないし」
「きっと疲れちゃったんだよ、お互いが大事だからこそ気を使いすぎちゃったんだろうね」
「そっか...」
じゃあね、と手を振って外に出る彼女
扉を閉めようとしたところで、あっそうだ、と戻ってきた
「なんか忘れ物?」
「うん、これは言わないと」
そういうと、彼女は背伸びをして俺の頭を抱き寄せた
いきなり近付いた距離に、驚き固まる
「ありがとう、私を彼女にしてくれて2年間だけだったけど、すごく幸せだった」
「...ぁあ、俺の方こそありがとう、君と居れて毎日楽しかったよ」
彼女の背中に腕を回して、その華奢な身体を優しく抱き締める
しばらくそうしていると、やがて彼女の方から腕を離した
「...じゃあね、幸せになってね、カップラーメンばっか食べちゃダメだよ」
「君こそ、あまり怪我をするんじゃないぞ」
エンジンの音が遠ざかっていく、いつもなら狭く感じたアパートが今日はやけに広い気がして落ち着かない
別れ際に言われた、幸せになってねという言葉を思い出して感傷に浸る
君1人幸せに出来なかったのに、俺は他の誰かを愛せるのだろうか
まだ君の気配が残っている部屋の中で、机に突っ伏して意味もなくスマホをいじる
フォルダを開くと、ところ狭しと並んだ君と俺の思い出の欠片、幸せだった日々の記録
「...不幸になるなよ」
日が沈み、薄暗くなった部屋で溢した言葉は、近くを通った電車の音に搔き消された
【61,お題:通り雨】
急に降りだした雨に舌打ちをして、顔に傷のある少年は雨宿りできる場所を探し走った
少年、と言ったがこれは皆がそう呼ぶからであり。当の本人は正直気に入っていない
早く大人になりたい、呪文のように毎日思いながら暮らしているのである
「...チッ、もうここしかねぇな」
どしゃ降りの中を野良犬のように走り回り
あちこちに泥を付けて、ようやく見つけたのは公園の東屋
この場所は周りが住宅街で、人の目もあるのであまり選びたくはなかったが
このまま走り続け身体を冷やすよりはいいだろうと判断した
東屋に入ると、おやどうやら先客が居たようだ
キジトラ柄のやけに身体のデカいどら猫、彼はタヌキと見間違えそうなほど大きな身体を揺すり
徐にこちらを振り返った、その顔には他の猫にやられたであろう古傷がところ狭しと並んでいる
うぉーう...に”あ”ぁあぁ
低く唸り声をあげながらこっちを睨んでくる
「お前、1人か...」
シャアアアッ!
「...そうか」
東屋の端と端、お互いに言葉を交わすことはないが
自分以外の誰かが側に居る、という事がほんの少し心地よかった
「...雨止んだな」
...ぅなーお
濡れたアスファルトの不思議な匂い
曇天の隙間から覗く光の帯は、いつもよりずっと美しかった
【60,お題:秋🍁】
「右手、もう問題なく動く?」
「ああ、まだ力が入りにくいが普通に生活するなら不便はない」
そっか、と短く呟くと青年はふっと空を見上げた
暑い夏の澄みきっていて高い空は、ちょっぴり閉塞感を感じる鱗雲の壁紙へと変わっていた
もう秋かぁ、と誰に言うでもなくしんみり思う
この時期は少し苦手だ、肌寒いし手が乾燥して痛い
何より、どこにいても冷たい風が付きまとうこの時期は
何故か大切なものを失ったような気がして、心細くなる
「お前こそ、傷が酷いんじゃないのか?」
「僕は平気、早く見つけてもらえたし安静にしてればすぐ治るって」
包帯の巻かれた足を揺らしながら空を眺める
夕焼け色、カラスが鳴いている
「お前は...俺が何かわかるか...?」
「え?君は君じゃないの?」
いつも通りの感情の入ってないような平坦な声
その声が、いつもよりも小さくて心なしか寂しそうに感じた
「俺は自分がわからない、人間らしく生きられないし、かといって人外になりきる勇気もない」
「俺は、なんだ?」
冷たい風が頬を叩いて通りすぎた
肌寒く、なんとも言えない心細さ心臓の部分に穴が空いたようだ
「わかんなくていいじゃん、そのままで」
柔らかな声、優しく太陽に照らされているような声
「わかんないなら無理に考える必要ないよ、それよりももっと楽しいこと考えよ」
「...例えば?」
「例えば~、明日晴れるかな~とか?」
「...フッ」
「あーっ笑うなー」
いつの間にか鳴り出した、夕焼けこやけのチャイムの音
カラスの群れに、鼻をくすぐる金木犀の匂い
「秋だね...」
「そうだな...」
【59,お題:窓から見える景色】
この小さい窓から覗ける景色なんてたかが知れてる
鉄の格子がはめられた、頭が通るかもわからない小さな窓
僕の部屋で、外を見れる場所はそこしかないから
毎日重い鎖を引きずって、鉄格子にしがみつき外を眺めることが唯一の現実逃避の方法だった
「613番、出ろ」
ああ、僕の番か
今日は何をされるんだろう、いい結果がでるといいけど
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「入れ」
キィ、バタン...ガチャン
「...ッ、おえっ」
ビチャッ ...ドサッ
施設の人が居なくなった途端、僕は吐き気に耐えきれず床に崩れ落ちた
「ゲポッ、ゴホッゴホッ ヒューッ...ヒューッ」
今日はダメだった、みんないい結果がでてないって
「ヒューッ...ヒューッ、ガホッゲホゲホッ」
身体が熱い、熱いのにすごく寒い
手が震えて、呼吸も脈も安定しない
さっきの“じっけん”で注射された薬のせいだろう
再生能力を確かめるという名目で、折られた左足と皮膚を剥がされた右手が
火に炙られたように、ジクジク痛む
「も...ここ、やだ...」
逃げたい、もうここに居たくない
痛む身体をなんとか動かして、鉄格子まで這いずっていく
壁に寄りかかりながら立ち上がって、震える手で冷たい格子を掴んだ
「だれ...かぁ、たすけて...」
カスカスに潰れた声で、憎たらしい程青い空に叫ぶ
声らしい声にはなっていないが、精一杯の救難信号だった
窓の向こうに広がる景色は、相変わらず美しく輝いている
空は青く澄んでいて、小鳥たちは楽しそうにさえずり、風が木々の隙間でおいかけっこをして遊んでいる
「ぁれか...」
実験動物の僕は彼らに混ざることすら許されないのか
ずるずると力が抜け、硬い石の床に倒れ伏した
「助けてあげようか、少年」
上から降りかかってきたその声が、僕には天の助けのように思えた
【58,お題:形の無いもの】
「けしやうものか ましやうものか 正体をあらはせ」
油断していた、いつもならすぐ逃げれたのに
シャラン......
「あ...ぁぁ...あぁ......」
「ふーん、人じゃない奴が紛れてるとは薄々感じていたけど...へえ、結構上手く化けるじゃん」
霊刀を腰に携えた男、短く切った短髪で顔に火傷の痕がある
スッと冷酷なまでに細められた目が、こちらをジィッと見下ろしていた
「さて、なんか遺言とかある?さっさと言ってもらえると助かるんだけど」
「ぁ...ぇあ」
「ほーら、喋れるだろ?早く言えよ祓うぞ?」
ビチチッと霊刀の雷が空気を裂く
戦ってもまず勝てないし、逃げるのも難しそうだ
「...じゃ、遺言は無しってことで、さっさと祓うから逃げんじゃねえぞ」
「まっ、待って!殺さないでくださいっ」
寸前でピタッと霊刀が止まる、一歩間違えば脳天をぶち抜かれていただろう
怖さで竦み上がる喉から、必死に絞り出した声はなんとか届いたらしい
「あ”ぁ?それみーんな言うんだけどさ、見逃したらお前ら人喰うじゃん」
「たっ食べません!誰も襲いません!だからッ」
「信用できねーな、こっちも守るもんがあんだよ
形もないような薄っぺらなお前らと、僕たちじゃあ比べられないの」
バチバチバチッ
「じゃ、そゆことでさよーなら」
ドシュッ!
数秒経過した、痛みはなかった
「...ッ...?」
「あぁ、でも...使えるもんは使った方がいいか」
ぽそっと呟いて、いきなり霊刀をしまいだす男
私のことはもういいのだろうか?さっきまでの殺意ももう感じられない
「お前何ができる?」
「え、......れ、霊力が他の霊より少し強いくらいかと...」
「ま十分かな、君僕と契約して」
「はい?」
「分かりやすく言おうか、お前今日から僕の奴隷ね」
右の手の指を噛み、血の垂れた人差し指で額をトンと突かれた
そのとたん、バチっと視界が弾け目の前が真っ暗になる
「一方的な契約じゃ、君の力が生かされない...まいっか、後で上書きしよう」
ざりり、と地面をなぞる音
しばらくすると、パチッと電気が付くように視界が戻った
心なしか、以前よりくっきり色づいている気がする
「ようこそ」
人間の世界へ