無音

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【65,お題:たそがれ】

人生の黄昏時がこんなに早く来るなんて思わなかった

なんの変哲もない普通の家庭に生まれて、学校行って友達作って、いっぱい羽目を外したな
大学卒業した後は広告会社に入ったんだっけ、そこで彼女と出会った

彼女はよく笑う人で、一緒にいろんな所にいったなぁ
沖縄、北海道、いつか海外旅行もしたいって君は言ってたっけ

子供ができて、この子が大人になるまではしばらく旅行は行けないねって約束したな
俺は旅行好きだったからちょっとつまんなかったけど、君が側にいるならなんでもよかった

子供が育って家を出てからすぐだったかな、俺の親父が死んだのは
猫を助けようとしたんだと、まったくお人好しの親父らしいよな

その後流れるように母も死んだ、ガンだった
歳だし、もう長くないとはわかってたけど...親が死ぬってこういう感じなんだな

悲しさもあるけど、どこかで「ああ、人ってこんな呆気なく死ぬんだ」って達観してる自分がいて
次はきっと自分の番なんだって、不思議な感覚で眠りについたのを覚えている

だが意外にも、次は私ではなかったようだ

彼女だった、心不全でいきなりポックリ逝ってしまった
最近体調がすぐれないようだったのはそのせいか、私が留守にしている間に倒れているところを救急搬送されたのだ

そうして、何年も連れ添った最愛の妻は私を置いて先に逝ってしまった


それからは子供が嫁と孫を連れてよく顔を見せてくれるようになった
きっと1人になった私の、身を案じての事だろう




家族との思い出が沢山詰まった家をゆっくりと歩きながら、物思いにふける
私もきっともう長くない

世界は怖く冷たい場所だと、信頼できる者など居ないと、全てを拒絶した時が私にもあった
しかし、なんということだろう

私は今、こんなにも幸せだ

私は、生まれ変わるならば同じく人間が良い
良いところも悪いところも全部知っている、その上でこの世界を愛している

木で出来た椅子に腰かけ、ふと目を閉じる
うとうとと船を漕ぐ感覚に身を委ねた

そろそろ迎えが来る頃だ

柔らかく微睡んだ景色の向こうに、最愛の彼らの姿が見えた。

10/1/2023, 12:26:05 PM