【寂しくて】
いつもより進みの遅い秒針を眺めていた。一周は同じ一分のはずなのに、永久のように感じる。これがデジタルデトックスか、なんて考えながら、返信の来ないスマートフォンを放って自分の身を布団に投げる。
四六時中君と話しているからなのか、スマホを触っているからなのか。今の時間は合理的な理由で返事が来ないと分かっていても、なんだかそわそわしてしまう。それがだんだん加速して、いたまれなくなって、心臓が輪ゴムに何重にも締め付けられるように苦しくなる。だから、私はこの時間が苦手だった。
「うーん」
また無意識にスマホを開いて、時計だけが表示されるロック画面を静かに閉じた。
寝たいな、と思う。大して眠くはない。でも、寝てしまえば、この永久の時間をスキップできるのだ。
一縷の望みをかけて目をつむってみる。
「……駄目だなあ。」
結果は残念、余計に寂しくなるだけだった。いつものおやすみの言葉。同じ布団にいた君の温かさ。柔らかな頬に落ちた長いまつ毛の影。そこから覗くつぶらな瞳。
布団に籠って、「すき」と呟いてみる。そこに居た君に宛てたのと同じ温もりで。何度も、なんども。そうしていたら、そこに君がいてくれるような気がして、体も心もふわりとあたたまってきた。
ぎゅうと抱き枕をだきしめる。いつか君を抱きしめられる日を夢みて。
「おやすみ、またあとでね」
だいすきだよ。いつでもその暖かな気持ちが私の心を動かす。
寂しくて寝るときは、特別君が好きだと認識するときだ。
【おもてなし】
今日は特にネタがあるわけでもないのでこの文体にしておこう。いつもお題が発表された日のうちに書いている私が、翌日の昼に書いている時点でそれなりの葛藤があったことを汲んでいただければ幸いだ。
おもてなし、といえばやはり、某滝川某リステルさんの顔が思い浮かぶ。O-MO-TE-NA-SHI。日本人はどちらかというとおもてなししたい側の人間が多いような気がしてならない。受けた恩を返すというか、些細な感謝も大事にするというか。お礼する、と細やかなプレゼントをくれるのもおもてなしの一部と言っていいだろう。
おもてなしされたらそれを次回で返して、それがまた……とやっているうちに、どっちが偉いのだかだんだん分からなくならないのだろうか。私はなる。そういうのが友情のきっかけになってもエモというやつだと思う。各国首脳陣の関係も、おもてなしの連鎖で健やかになってくれればいいのに。
このアプリでのおもてなしといえばやはり「もっと読みたい」だろうか。一度作者をお気に入りした上で押すという工程を経るし、なにより工数により広告が流れる回数が増す。ハートを、誰がいつ、どれを見て送ってくれたのかが分からないところがこのアプリの好きなところではあるが、オタク心としてはあなたのファンですよ!と声を大にして伝えたい。しかしおもてなし心にはオタクは邪魔だ。
私はただ黙々と、お気に入りの作者さんの更新を楽しみに待って、更新を見つけた輝かしい気持ちを健やかで素晴らしい気持ちに変えてから「もっと読みたい」を押している。この私のおもてなしの心が作者様へ伝わっていれば嬉しいのだが。
ここまで書いていて思ったが、いいねを本当におもてなしの内と言って良いのだろうか?そもそも、おもてなしとは……と掘り下げてしまうと、結局よく分からないことになりそうなので、「気持ちの込める行動こそがおもてなしの真髄」というそれっぽい事を言っておく。
それから、無様にもあなたからのおもてなしハートを乞いて文を締めることにした。
【消えない焔】
私は飽き性だ。何に関しても突然、ふっと興味の焔が消えてしまう。これを私は、興味の範囲が狭くて移りやすいのだと結論付けた。あんなに熱中していたはずの趣味も、今となってはただの荷物だ。これを解除するにはまた興味が戻ってくるのを待つしかなくて、その度つくづく面倒な人間だなあと自分で思う。
人に対してもそうだ。どんなに相性の良い人でも、やっぱり焔が陰る瞬間というものがあって、段々と私は殻にこもりがちになっていくのだ。焔が戻ってきたら、急激に社交的になっての繰り返し。
ああ、よくないな。いやだな。その気持ちを抱えたまま、熱の上下に身を任せるしかなかった。
でも、君だけは違った。
君の焔はずっと昔から胸の奥に居続けていた。焔が小さかった頃から、私の活動の源になっていた。それに気づいた瞬間、突然大きく膨れ上がる焔。これまで体験したことの無い熱が身体中を襲う。焼け付くような熱が、不思議と心地いい。
それからというもの、この焔は一切陰らなかった。それどころかどんどんと大きくなっていっている。楽しい気持ち、嬉しい気持ちで温まった体を増してくれるのがその焔で、悲しい気持ち、辛い気持ちに疲れた体を癒してくれるのもその焔で、新しい幸せな感覚を与えてくれたのもその焔だった。
いつしか、その焔を大切したい気持ちより、君を大切にしたい気持ちが大きくなっていた。……いや、初めから、君を大切にしたい気持ちが焔となっていたのかもしれない。だから、この焔はこんなにも暖かで幸せな光を放っているのだ。
私は自然とそれを口にした。
その時ぽうっと、君にも焔が灯ったのが分かった。
きっと、人はこの焔を「愛」と呼ぶのだろう。
【終わらない問い】
「幽霊って、いると思う?」
「……それを解き明かせるまで、僕とずっと一緒にいてください。」
それが君の告白だったね。世界一馬鹿げていて、それでいて世界一愛おしい告白。今でもあの時のまっすぐな瞳を鮮明に思い出して、胸がときめくよ。
最初に仲良くなったきっかけはオカルト誌だね。高校の入学式の日、君が読んでいるのを私が見つけて、声をかけたんだよ。怪異、UMA、UFO、幽霊、オカルトに関することなら何でも話してた気がする。でも特に、幽霊がいるかいないかで討論するのが好きだったな。私は絶対いない派を譲らなかったけど。
月ごとにオカルト誌を交代で買って持ち寄るようになってからは、私たちはもう無敵だった。ほら、あれ。UFOを呼ぶ儀式をしようと無理やり屋上に侵入しようとしたこと。覚えてる?馬鹿だったよね。結局鍵を壊したあたりで警備の人に見つかって、めちゃくちゃ怒られたっけ。
同じ大学に進んで、ふたりだけのサークルを立ち上げたよね。友達を片っ端から誘っても、全然集まらなくて。そりゃそうだよね。私たちオカルトの事ばっかで友達全然いなかったんだもん。ちょっとの友達も、あんまり興味示してくれなかったし。
いつもみたいに幽霊の話しようと思ったら、急に告白してきたのってその辺だったよね。びっくりしたんだよ?私なりに。それ以上に嬉しかったけどね。
この数年間、君といることが当たり前で。楽しいこと、悲しいこと、驚くこと、辛いこと、嬉しいこと、怖いこと、幸せなこと、全部共有してきた。
──だから、君のいない悲しみを君と共有できないことが、当たり前だけどすごく寂しい。
突然だった。居眠り運転のトラックから子供を庇って、亡くなったって、連絡が来て。かっこいいじゃん。オカルト好きの癖にへっぴり腰で、夜寝れなくなってたりしたのに。私が見れないところで、最期にかっこつけてるんじゃないよ、ばか。
気づいたときには全部が片付いていて、私はただ、仏壇に手を合わせて、こうして思い出を噛み締めることしかできなくなっていた。幽霊はいない派の私が、君に向けてずっと言葉を念じているのだから、天変地異くらい起きてもいいんじゃないかと思う。
「幽霊って、いるのかな。」
冬を孕んだ冷たい空気が窓から吹き込んだ。お供えに持ってきたオカルト誌のページが風ではらりとめくれて、心霊写真特集のページが私に示される。
なんだか、君がここにいるような気がした。
【揺れる羽根】
「まって」
しまった、と思った。不干渉を座右の銘に掲げる僕が引き留めてしまう程に、彼女の携えた羽根は美しく、そして儚げだった。茜色に世界を染める夕陽を前に、それよりも美しく白い輝きを放つ羽根が揺れ、遂に持ち主が僕の方を見る。陽の色を拾う明るい茶髪。濡れた目元に長い睫毛。涙で潤んだ瞳が、水面かのように僕と夕焼けを反射していて。
学校の屋上で、ほんの少しの僕らの物語が始まる。
昔から、僕には死期が視えた。人が死に近付く──天使に近付くと、人の背からは羽根が生えるのだ。その人が善く美しい生き様をすればするほど、その羽根は白く美しく。逆に悪い生き方をすれば、黒く古びた羽根になる。前述の通り、僕はこの力があったとしても人の死に関しては「不干渉」であろうと決めているから、例えこれから飛び降りるであろう人が目の前に居ても引き止めないつもりでいた、のだが。
「……取り込み中なんですけど。」
「あ、うん……そうだよね。」
不満げな表情を浮かべる彼女を前に、僕はたじろぐ。僕だって、声をかけるつもりではなかった。でも、あまりにも……。
「あの。そんな見られても困ります。」
「いやあ……ハハ……」
あまりにもその羽根が綺麗だから、と言っても、信じないだろう。声をかけてしまった理由について、どう説明するべきか。そしてこれから身を投げようとしていた彼女に、如何に声をかけるべきか。むむ、と思考を張り巡らせている間に、彼女はまた手すりに手をかける。
「いや、ちょちょ、何してるの!」
その瞬間、狙ったかのように強い風が吹いて、一際羽根が美しく揺れる。輝く。
「っ、あぶな……!」
これはまずいやつだ。そう脳が判断するまでに、僕の体は彼女のことを捕まえていた。きらめいた羽根が、僕の体を通り抜けていく。
「きゃあっ」と可憐な声を上げた彼女ごと、僕らはタイル貼りの床に倒れ込む。先程とはまた違った事件性のある光景が拡がってしまう……。そんな杞憂をしている間に、ごちん。頭に響く鈍痛を最後に、視界が揺らいだ。
「……それで、止めたと?」
僕は正座させられていた。まったく、説明が欲しいのは僕の方であるが。終始敬語で、自分が何者であるのか、羽根について、どうして声をかけたのか、ズキンズキンと痛む頭を抱えながら、一部始終話させられた。
「そう、です。」
「いや……。そもそも自殺しようとしてないです。わたし。」
「ぅえ!?」
反射的に羽根と顔を二度往復する。そのきらめきは、大きさは、儚さは。死を迎える直前の人のものだろう!
「あきらかに柵を越える手前だったじゃないか!」
「普通に綺麗だなあって夕焼け見てただけなんですけど……」
「めちゃくちゃ身乗り出してたよね!?」
「もっと遠く見えないかな〜って思って……!」
「落ちるよ!?!」
「それはすみませんでした!!」
その声の勢いのまま、彼女は頭を下げる。勢いが良かった。位置は悪かった。ごちんと僕の頭と衝突して、お互い目をくらませる。
僕はやっと理解した。この人、究極に純粋が故にドジなのだ。究極だからこそ羽根は有り得ないほどに美しく、極まっているからこそ日頃の行動に死が近いのだ。……要は、究極のバカ。
「まだ羽根ってやつは見えるんですか」
「…見えるよ、はっきりと……。」
「じゃあ、わたしのこと守ってくださいね。ぼでーたっちした責任を取って。」
「ええ……?」
乙女の純潔な身体ですよ!と騒ぎ立てる彼女の羽根がまた白く輝く。途端、なぜかあった水溜まりに足を滑らせる──のを、なんとかキャッチ。そしてまた頭をごちん。
……あぁ、どうやら僕は。よりにもよってとんでもない人に干渉してしまったらしい。薄れゆく意識の中、ぼんやりと後悔する。
少しだけだと思っていたこの物語、オチがつくのはもう少し先になりそうである。