【秘密の箱】
今日は少しテイストを変えて綴ってみようと思う。決してネタが浮かばないとか、そういう訳ではない。そういう訳では。
秘密の箱というと、まずは「パンドラの箱」を思い浮かべる。いつの時代もしてはいけないものをしてしまう、というのは典型的な失敗例で、それ故神話やら昔話やらによく取り上げられる題材になるのだが、まずはそんなもん用意すんなよ、と思う。負の感情を詰め込んだ箱はニトログリセリンより酷いプレゼントだと思う。せめてもう少し危なさについて説いたらどうだろう。
禁止されるとやりたくなるのが"カリギュラ効果"というやつ。それを利用した育児法というか、子供に本を読ませるように仕向けるものがあったのを思い出す。
「子供の手が届くギリギリの高さに読ませたい本をしまって、"これは大人の本だからまだ読んだらだめ!"と言う。」
これを初めて聞いた時、こんな面白いやり方があるのか、と思った。思えば私も、幼い頃母親が読んでいた漫画をこっそり読んでいた覚えがある。子供ながらに一生懸命物を元に戻したが、思えばあれはバレていたのではないだろうか。些細な性描写にドキドキしていたあの頃がとても懐かしい。
この文章をここまで読んでいる人にそんな方法は不要だと思うが、正直少し試してみたい方法である。試してみようかな。
!!!mediumを読まないで!!!
!!!!もっと読みたいしないで!!!!
これで少しでもハートとmedium〜霊媒探偵城塚翡翠〜を読む人が増えればいいと思う。
現代ではスマートフォンも秘密の箱と言えるだろう。個人情報と趣味趣向性癖の詰まった箱。予測変換だけでも他人に見せたくない人もいるのでは。もっとも、これを読んでいるあなたの予測変換は高尚で素晴らしい語彙に溢れているに違いないが。試しに、「え」とか打ってみてほしい。意味はないけれど。
ここまでのアイデアを集結すれば一本くらい短編が書ける気がする。母親が読んで欲しい物語を電子書籍で購入して、それを少し高いところへ置いておく。子供に見ないように言いつけて。それをなんとかして手に入れたところ、その本はドグラ・マグラで、子供はこの世の穢れ全てを知ってしまう。……うん、なんとも酷い話だ。
まあ、電子書籍を購入するような母親がスマートフォンをどこかに置いたまま離れられるとは思わないが。現代の電子機器依存の闇を子供が知る方が早そうである。
【無人島に行くならば】
無人島に行ったならば、僕はまず、潮の匂いに目を覚ますだろう。夜の静寂を突き破る波の音。朝陽が海面に散らばり、金色の粒がゆらゆらと揺れる。そんな朝に目覚めることが、まずは贅沢だと思った。
誰もいない島には、誰かの目を気にする必要も、予定に追われる心配もない。砂浜に足跡をつけるのも、波にさらわれるのも、自分の存在が世界に確かに溶け込んでいる証のようだ。
僕は苦労して焚き火を起こす。潮風に吹かれながら、炎の揺らぎをぼんやり眺める。食べるものは限られている。ヤシの実を割り、魚を釣り、野生の香りを口にする。その一つ一つが、日常の小さな贅沢よりもずっと豊かに感じられる。
無人島に行ったならば、孤独にも出会うだろう。声を交わす人はなく、日々は波のリズムと風の歌だけで満たされる。最初は心細く、寂しさが胸に重くのしかかるかもしれない。けれど、やがてその孤独も優しい友となる。自分自身と、深く向き合う時間になるだろう。
夜が来ると、満天の星が空を埋め尽くす。都会の喧騒では見逃してしまう光の粒が、そこには溢れている。僕は焚き火のそばに座り、星々のざわめきに耳を澄ます。自分の存在の小ささと同時に、生きている喜びを全身で感じる。
無人島に行ったならば、何も持たない自分で、世界を丸ごと受け止めることになるだろう。便利も、常識も、雑音もない。ただ、風と波と自分だけの時間。そんな日々が、心の奥に深い静けさと確かな満足を残す。
そして島を離れる日が来たとしても、僕はきっと思うだろう。自分が自由だった日々の記憶を胸に抱えて生きていこう、と。
「──ばかばかしい。」
もし、本当に無人島に行くならば、そんな夢想は捨てねばならない。僕がそうした妄想に甘えるのも、逃れたがっている現実に頼りきった上での事だと分かっている。
「……明日は、寄り道して帰ってみようかな。」
【愛する、それ故に】
「ねぇ、」
そう君を引き留めてすぐ、口を噤んだ。ここで引き留めることがどれだけ君にとって悪いことか分かっているから。
「なあに」
「ううん。なんでもない。」
「……お別れのキスとかしなくて、いいの?」
君は少しいたずらっぽく笑う。それだけでどうしようもなく心臓が痛んで、甘くてほんのり苦い感情が胸いっぱいに満たされてしまう。ああ、このまま。このままこの感情に従って共に逃げてしまいたい。
「かわいい」
離れていく私の頬を愛おしそうに撫でる君。……もう!何回苦しませれば気が済むの?
「バイバイしなきゃでしょ。」
私が別れを惜しんでいる時、いつも君はくつくつと笑って「いつか同棲しようね」と言う。今みたいに。私はそれに頷くことしか出来ないのが、お決まりである。
「じゃあ、またね。」
「うん、またね。」
1m、5m、10m……。君の姿がどんどんと小さくなって、やがて小道へと消えていく。それまで何度も振り返っては手を振りあう。何度も、何度も。
愛する、それ故に今は別れを選択する。
私はいつまでも、君が消えていった道の先を見つめていた。
【静寂の中心で】
ふと見上げると、綺麗な夕焼けが空を満たしていた。世界が綺麗であることを知る度、私は君に宛てて物語を書きたくなる。
輝くオレンジ色の陽光。そこから生み出される神秘的なグラデーション。夜の青に雲が靡いていて、雲だけが太陽の光を拾って桃色になっている。まるで水面のような空をスマホのカメラ越しに捉えてから、私は思わず息を吐いた。
教えたい。この光景の綺麗さを。
知りたい。君がどう思うのかを。
叶うのなら、それを隣で聞いていたい。見ていたい。
叶わない願いを胸に、室内へ戻った。
まだ家族も帰っていない。秒針の音だけが聞こえる部屋の入口に座り込んで、君に宛てて限りない世界を綴っていく。
いかに君が教えてくれた世界が綺麗であるのか。君のおかげで、どんなに綺麗に見えるようになったのか。……結局、綺麗な世界を書きたいのは、君への想いを綴りたいだけなのだと思いながら。
不思議と、騒がしいだけの動画を見ていた先程より、静けさでいっぱいの今の方が感情でいっぱいになっていた。
もう日は落ちて、残るのは夜だけだ。
静寂の中心にいることを感じるこの時間。好きだな、と思った。
【モノクロ】
世界には色彩がない。
天気の良し悪しだけを映す空、代わり映えのない道。春とも夏ともつかない、晴れでありながら雨のようなじめじめとした空気。それらが蔓延したこの時期が、私はあまり好きではなかった。
身に纏わりつく熱気に顔をしかめながら、ここはアスファルトが荒いとか、逆に新しくて綺麗だとか、そんなことばかり考えていた気がする。
私にとって、世界とは自分の周りのごく狭いスペースだけであった。物語や、ニュースや、人の綴る光景は、どんなにリアルでも別世界のような、どこか遠い場所を映したもののように思えていた。
ただ存在していたものが意味を持ち始めたのはつい最近のことだ。
君が空を見ていたから、私も空を見上げるようになった。夏にかけて空は翠色を帯び、はっきりとした輪郭の雲がそのコントラストを強調する。広がりを持った空の前を、電線や信号、鮮やかな標識が通過していく。どんなに足を速めても、視界の左右を街が通りすぎていくばかりで、空はほとんど動かない。そうしてようやく、私は空の高さを知ったのだ。
変わらなかったはずの光景も、日々移ろぐようになった。名も知らないような植物の表情が違うこと。毎日すれ違う人々が皆違う人であること。柔らかで暖かだった空気が、澄んだ青になってきていること。同じものを見てきたはずなのに、こんなにも新しいことに気がつくなんて。自分の"世界"の窓が君によって開かれて、新鮮な空気が、世界が体中に巡る。
気づけば、じっとりとした湿気も悪いようには思えなくなっていた。汗ばんだ体の不快感も、通り抜ける風の心地よさも、夏の訪れを彩る描写の一つだ。
広がる空を眺めて、風に吹かれてざわめく木々や、人々の雑踏に意識を傾ける。そうすると、視界の中央に今まで気になりもしなかった鼻がぼやあと見えてきて、それに汗が浮かんでいるではないか。私はは右の人差し指でそれを拭った。
世界は、色で溢れている。