【無人島に行くならば】
無人島に行ったならば、僕はまず、潮の匂いに目を覚ますだろう。夜の静寂を突き破る波の音。朝陽が海面に散らばり、金色の粒がゆらゆらと揺れる。そんな朝に目覚めることが、まずは贅沢だと思った。
誰もいない島には、誰かの目を気にする必要も、予定に追われる心配もない。砂浜に足跡をつけるのも、波にさらわれるのも、自分の存在が世界に確かに溶け込んでいる証のようだ。
僕は苦労して焚き火を起こす。潮風に吹かれながら、炎の揺らぎをぼんやり眺める。食べるものは限られている。ヤシの実を割り、魚を釣り、野生の香りを口にする。その一つ一つが、日常の小さな贅沢よりもずっと豊かに感じられる。
無人島に行ったならば、孤独にも出会うだろう。声を交わす人はなく、日々は波のリズムと風の歌だけで満たされる。最初は心細く、寂しさが胸に重くのしかかるかもしれない。けれど、やがてその孤独も優しい友となる。自分自身と、深く向き合う時間になるだろう。
夜が来ると、満天の星が空を埋め尽くす。都会の喧騒では見逃してしまう光の粒が、そこには溢れている。僕は焚き火のそばに座り、星々のざわめきに耳を澄ます。自分の存在の小ささと同時に、生きている喜びを全身で感じる。
無人島に行ったならば、何も持たない自分で、世界を丸ごと受け止めることになるだろう。便利も、常識も、雑音もない。ただ、風と波と自分だけの時間。そんな日々が、心の奥に深い静けさと確かな満足を残す。
そして島を離れる日が来たとしても、僕はきっと思うだろう。自分が自由だった日々の記憶を胸に抱えて生きていこう、と。
「──ばかばかしい。」
もし、本当に無人島に行くならば、そんな夢想は捨てねばならない。僕がそうした妄想に甘えるのも、逃れたがっている現実に頼りきった上での事だと分かっている。
「……明日は、寄り道して帰ってみようかな。」
10/23/2025, 11:01:32 AM