【勿忘草】
あなたからもらったその花で、私は恋占いをした。五枚の花弁をつけた小さな花。
「好き。」
勿忘草というらしい。少しはにかみながら教えてくれたその名前も、表情も、きっと二度と忘れられないのだろう。
「嫌い。」
それは呪いと呼ぶべきか。想っていても苦しいだけなのに、断ち切れない。
「好き。」
初恋だった。そして、私の人生を決定づける恋だった。異性と恋をしてみようとも思ったけれど、あなたに替わる人なんていなかった。
「嫌い。」
結果は分かりきっていた。花占いの結末も、恋の結末も。
あなたは今日、新たな家族となった人の元へとこの土地を発ってしまった。私に恒久の友情を誓って。それがどんなに残酷なことかも、ついぞ私は口にできないまま。
「好き……」
茎だけになったそれを、いつまでも見つめ続ける。花弁はもう戻らない。あなたももう、戻らない。
湿っていく花弁が青色なら、真実の愛を示していたのに。散ったそれは、真実の友情を示す恋の色をしていた。
【街へ】
たまには筆を取ろうと思ったんですよ。だらだら話すのもいかがかと思いますけどねえ。人にはやはり自己顕示欲というものがあって、自語りするのは気持ちが良いものです。どうしてそういう生命維持に関係ない愚かなサガが備わって人間が出来てしまったのか、不思議ですね。
いつだったでしょうか。あれは秋の目前に迫った夏のことだったような気もします。なんだかどうしようもなくフラストレーションが溜まって、わたしは深夜2時に家を飛び出しました。毛玉だらけのパジャマでイヤホンをつけて、スマホ片手に、靴を履かずに。夜の静けさと冷たさが私を癒します。足裏から伝わる、普段は知りえない凹凸が新たな刺激を私に与えます。粘度の高い汚れた思考から、淀み落ちていく感情から解放されていくのを感じました。
何もかもから離れたくて、私は川のある方へと歩を進めていきます。足裏に感じ取られる刺激が、押し込められたコンクリートから土道に変わって、またコンクリートに変わって……。しばらくして、私は川辺に辿り着きました。思っていたより街に取り込まれていたそこは、わずかな街灯に照らされて水面をきらめかせています。案外明るいじゃん、なんて思いながらも、心が洗われていくのを感じました。
本当は川辺まで降りたかったのですが、高く草の生い茂ったそこに素足で降りる気にはなれません。ガラス片などあったら、私はナメクジのように帰り道を示していくことになってしまいますし、虫嫌いの私は生で彼らに触れるなんて言語道断でありましたから。
帰り際にまるまると太った野良猫と戯れて、自宅へと辿り着きました。特になにかをしたわけでもないのですが、家を出る前のどうしようもなく落ち込んだ気持ちからはとっくに解放されていて、健やかに眠りにつくことができました。
街から離れようとして、結局街へ歩いただけの話。意味はなくとも、ひとさじの非日常の体験と夜の雰囲気が、私を励ましてくれた思い出です。落ち込むとその日のことを思い出して、また深夜徘徊に勤しみたくなるのですが、近頃はめっきり寒くなっていて断念してばかりなので、早く暖かくなってほしいですね。
また春を待つ理由がひとつ増えました。
【冬の足音】
たまにはこの文体で書こうと思いましてね。エッセイというのでしょうか。エッセイって何が良いのか未だに分かってないのですけどね。まあでも、枕草子とか土佐日記とかは面白いエッセイだと思ってますよ。「春はやっぱ明け方が良くて卍。だんだん白くなってく山際が明るくなって、purpleの雲がたなびくのマジ乙って感じ。ほんとグラデーション綺麗でイケてる!」ですからね。ギャルくて草という感じで。土佐日記に至っては「男の人が書いてる日記、ワタシも書いてみようと思うの。」(男著作)ですよ。やはりネカマという主要な文化というものは昔からあるんです。
さて、お題の冬の足音ですが、うるさいなんてもんじゃないですね。師走は冬区分なので、今足音がするのは許容します。しかしまだギリギリ秋だった3日前くらいの足音は酷いものでした。上の階で海外パリピがジャンプしまくっているような酷さでした。いえ、どちらかといえばジャンプの勢いで床つき破ったみたいなはみ出し具合でしたね。まあ冬の3日前とかほぼ冬なのて仕方ありませんが。
身近な人にガチガチに冷帯、北海道の人間がいるので、11月中旬に雪降った報告を聞いた時は驚きました。冬の足音はきっとそちらから聞こえているのでしょう。
今はもう冬は傍にいます。多分もっとうるさく足を踏み鳴らすので、覚悟をしておきたいと思います。今度は北海道からでなく、直ですから。
【凍てつく星空】
「わあ……」
感嘆に吐き出した息が白く広がっていく。それが消えないうちに、私は君の手をきゅうと握った。きれいだね。とっても。声を出さずとも、同じリズムで吐き出される白い息と、互いに握り返す手と手が代わりに会話をしている。
夜空を包む薄い雲がちょうどここだけ無くて、澄んだ黒と切り立つ光が美しいコントラストを描いている。いつしか作った手製のプラネタリウムのような景色が、薄氷の奥にあるみたいだ。
「すごい。」
「……こっちに出てきて、よかったね」
「うん。」
やがて吐き出す息すら冷えて、雪のように消えた。私たちは手を繋いだまま雪原に身を横たえる。先程までそうしていたように。冷えきった手にはもうぬくもりが無くて、感覚も凍りつき始めている。
「最期にあなたとこんな綺麗な景色がみれて、うれしい」
「こんどは来世で、一緒に見れるかなあ」
そういうと、君は「そういうとこ、案外ロマンチストだよね」と笑った。本気なんだけどな、と少しむくれながら、その女の子らしい笑顔にキュンとしてしまう。
「あったかいね」
「うん、あったかい」
凍てつく星空。凍てつく私たち。凍てつく世界。そこにあるのは、愛のあたたかさだけだった。
【見えない未来へ】
人生というのは、真っ暗闇だと思っていた。
そうはいっても、希望がなかったわけではない。人並みに楽しんで生きていたと思うし、嬉しいこともあったし。苦労を乗り越えた達成感も、難しいことに取り組む喜びも、……まあ過大評価だと分かって言うが、かなり充実はしていたと思う。
けれど、いつも。未来が無かったのだ。一歩先を照らすために動いて、そこへ歩を進めているだけ。その先に何があるかとか、どんな道を辿りたいかとか、そういったものが見えない。見渡す限りの漆黒を歩くのは、少し怖い。子供などそんなものだと思うだろう。私もそう思っている。だから、歳が進めば進むほど、その暗闇が晴れず、照らせる範囲が変わらないことに怯えるようになった。
私はいつだって、明日のことを決めるのでやっとなのだ。
「憧れの職業が」
「理想の恋人は」
「子どもが出来たら」
「老後の過ごし方は」
どうしてみんなはそんなに先を照らせるのか、疑問で仕方がなかった。
君のことを好きになったのはそんな頃だろうか。
きらめく一等星?明けの明星?いや、そんな高貴なものじゃない。もっと身近で、親しく、あたたかで、やわらかい。君を想う気持ちというのは、君という人は、そんな光だった。
「家で帰りを待ちたい」
「行ってみたいところがある」
「たくさん二人で過ごしたい」
「歳をとっても同じ会話がしたい」
人生というのは、真っ暗闇だと思っていた。
今なら見える。"君と共に過ごす"という確かな目標が。
未来というのは不確定なものだ。相変わらず暗闇は同じだけれど、私は自信を持って、共に一歩を踏み出そうと君へ手を差し伸べることができる。
きっと君なら、手を取ってとびきりの笑顔をくれるだろうから。