【大好きな君に】
僕は非常に怒りを覚えていた。いや、これを怒りとは呼びたくないし、怒りと呼ぶべきでもないと思う。
きっかけはなんだったであろうか。いつもより話した時間が少ないとか、触れ合いが思うようにできなかったとか、そんな些細な「残念」が引き金だったような気がする。普段は気にもしない空白にやけにムカついて、心臓に張りつくムカムカを薙ぎ倒すように「あー!」と声を上げる僕。その滑稽さに、今がひとりである事を心底嬉しく思った。
彼女はこの数日旅行に行っていて、友達といる時間が多いためかいつもの様子とは少し違っている。そう、足りないのだ。時間も、柔らかさも。僕の知っている彼女はこう、もっと甘えてきて、ふにゃふにゃで、かわいい生物だったはずだ。久々に外向きの表情を長く浴びたから、僕はとても寂しかったのだと思う。
その寂しさがどういうわけが怒りに転換してしまって、今に至る。説明のつかないこの事象を説明するために、ぼやあと浮かんだ言葉を見つけようと検索にかけた。
「かわいさ余って憎さが百倍……」
好きが余って憎しみ……なんてぼんやりした言葉で調べたが、今どきの検索エンジンは優秀である。ムカつきの正体を手にしたように思えたが、どうもしっくり来なかった。
── かわいがっている度合いが強いほど、一度憎いとなるとその憎しみの度合いも並大抵のものではなくなること。
別に、彼女のことを嫌いになったわけではない。憎いわけでも。些細なことに不満を持ってしまって、なんだかイライラしてしまうだけ。
もやを晴らすがごとく、指を上へと払って画面をスクロールしていくと、ひとつの言葉が目に留まった。
── 憎い憎いは可愛いの裏
対義語として紹介されていたことわざが、僕の手にぴったりとはまる。……そうだ。僕の怒りは、全部が好きな気持ちから来ている。
大好きだから、いっぱい喋りたい。
大好きだから、たくさん甘えてほしい。
大好きだから、足りない。
願いが叶わなかったから、僕はだだっ子のように不満を怒りとして表してしまったのだ。こうしてみると、まあ、滑稽だ。幼稚さに苦笑いを零す。今がひとりで、本当に良かった。
大好きな君に言えない気持ち。それは結局、「大好き」の裏側なわけで、いつも伝えていることと大差はないんだな、と思った。ムカムカはいつの間にか、暖かな気持ちに戻っていた。
3/4/2026, 5:05:45 PM