ひどりみ

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【愛する、それ故に】

「ねぇ、」
そう君を引き留めてすぐ、口を噤んだ。ここで引き留めることがどれだけ君にとって悪いことか分かっているから。
「なあに」
「ううん。なんでもない。」
「……お別れのキスとかしなくて、いいの?」
君は少しいたずらっぽく笑う。それだけでどうしようもなく心臓が痛んで、甘くてほんのり苦い感情が胸いっぱいに満たされてしまう。ああ、このまま。このままこの感情に従って共に逃げてしまいたい。
「かわいい」
離れていく私の頬を愛おしそうに撫でる君。……もう!何回苦しませれば気が済むの?
「バイバイしなきゃでしょ。」
私が別れを惜しんでいる時、いつも君はくつくつと笑って「いつか同棲しようね」と言う。今みたいに。私はそれに頷くことしか出来ないのが、お決まりである。
「じゃあ、またね。」
「うん、またね。」
1m、5m、10m……。君の姿がどんどんと小さくなって、やがて小道へと消えていく。それまで何度も振り返っては手を振りあう。何度も、何度も。
愛する、それ故に今は別れを選択する。
私はいつまでも、君が消えていった道の先を見つめていた。

10/9/2025, 9:02:16 AM