遅めの昼食をとると、彼女は眠いと安楽椅子に腰掛けた。彼女はうとうとしていて、今にも寝そうだ。自分の使った食器ぐらい片付けてくれ、と声をかけるが返事がない。彼女に近寄ると、寝息が聞こえる。もう夢の中のようだ。頭が下がっているので、長い真っ黒な髪の毛がすだれのように垂れ下がっている。彼女の顔を覗き込む。白くてつるつるの肌に真っ黒で長いまつげが伏せられ、小さなピンク色の唇が控えめに開いてる。ため息が出るほど綺麗で、絵になる自慢の彼女だ。
「楽園って、案外日常の中にあるんだよ」
それが口癖になっている彼女の気持ちが今なら分かる気がする。食い入るように彼女を見ていると、背後から猫の不満げな声が聞こえた。振り向くと、最近彼女が拾ってきたキジ白の仔猫が俺を見上げている。彼女の前から退くと、もう一度にゃあん、と鳴き彼女の膝に飛び乗った。彼女の膝でうろうろしていたが、位置が決まったのか座りこみ丸くなると目を閉じた。しばらくすると、仔猫のお腹がゆっくり上下し始めた。何だか俺も眠くなってきた。食器を片付けたら、ちょっとだけ寝よう。彼女の頭を優しく撫でると二人分の食器を両手に抱え、台所に向かった。
『流れ星』に願いを念じると、必ず叶うらしい。子供だましじゃない、大人も本気にしてる噂。実際、叶った人もいるらしい。みんな血眼で探し回っているけど、まだ誰も見たことがない。一瞬しか見えない流れ星を探して願い事を念じるなんて変な話だ。暗くなり、空の星たちが地上に向かって瞬きを始めた。
「そろそろ行こうかな」
私は家から出ると背伸びをし、あくびをした。最近、流れ星を探すために昼間寝て夜に起きることが多くなったからだ。体には良くないが、流れ星が見つかればそれで帳消しだ。
「今日は見つかるかなー…」
春になったが、夜はまだ肌寒い。外套を着てきて正解だった。外套をかき抱き真っ暗な道を歩きながら、空を見上げる。だが、流れる光はなく、ただ満点の星が広がっているばかりだ。
「あー…綺麗。流れ星探してなきゃ、もっと感動できたのに」
そもそも、私が何故流れ星を探しているのか。
「おい、カペラ。ボーッと星見てんじゃねえよ。流れ星はあったのかよ」
背後から、イライラしたような声と共に頭を小突かれる。振り向けば、リゲルがこちらを睨んでいた。リゲルは私の友人だ。彼は体が大きくとても喧嘩が強いので、ここら辺の子供たちは逆らえずに大人しく従っている。私が流れ星を探しているのも、リゲルの命令だからだ。
「探してるよ。見つからないだけ」
「見つからないじゃないだろ、早く見つけるんだよ」
リゲルも、空から目を離さず探せば良いのに。一回人に当たらないと気が済まないのかな。
「俺はあっちの空を見てくる。先に見つけたら俺に言え、黙って願い事をしたら許さないからな」
そう言って、リゲルは自分が指を指した方にズカズカと歩いていった。
「…というか、流れ星なんてすぐ消えるでしょ。言えって言われてもね…」
ため息をつき、目を凝らしながら夜空を眺める。キラッと何かが空を横切った気がした。
「あっ何か今見えたような…」
流れ星だろうか。やはり一瞬だ。これをどうやって教えろと言うのか。まだ流れてくるかもしれない。
「って…そんな簡単に流れてくるわけないか」
首が痛くなったため、下を向く。首を回し、こりをほぐす。
「あー、疲れる。リゲルの友達も楽じゃないね…ん?何か頭上が明るい…?」
上を向くと、銀色にギラギラと光る球体がこちらに向かってきているのが見えた。慌てて待避すると、ズシンと地響きがした。
「え、何?流れ星じゃなくて隕石落ちてきた?」
恐る恐る、銀色の球体に近づく。銀色の球体を観察する。繋ぎ目のない綺麗な球体。
「これが流れ星?」
しばらく眺めていると、パカッと軽い音とともに球体が割れた。中から青白く発光する手がぬうっと出てきて球体の縁を掴み、ずるりと誰かが這い出てきた。手だけではなく、全身が青白く発光しているようだ。彼は、ここはどこだと言わんばかりにキョロキョロしている。青白く発光していること以外は、自分達にそっくりだ。ホッとして挨拶をする。
「こ、こんばんは…?」
声を発してから数秒で後悔した。見た目は一緒でも、言葉が一緒だとは限らない。もしかすると、彼らの言語では悪口だったかもしれない。内心アワアワとしていると、彼はにっこりと微笑んだ。
「こんばんは。はじめまして」
流暢に話しかけられ、驚く。
「この翻訳機があるから、分かるんですよ。ほら」
そう言って近づくと、彼は右耳のイヤーカフを見せた。
「翻訳も出来るし、こうやってあなたたちの言語に合わせて話すことも出来る優れものです」
「へえー…」
「あ!申し遅れました、僕はヒタ星からやって来たテオと言います。どうぞよろしく」
「私はカペラです。こちらこそよろしく」
挨拶をすませると、テオはさっきまで乗っていた銀色の球体を調べ始めた。何か難しいことをぶつぶつと呟いている。
「それって流れ星?」
「え?ええ、確かにこの宇宙船の名前は『流れ星』ですけど」
銀色の球体の中から取り出した小型端末を見つめ、何かを入力しながらテオは答える。
「最近流れ星の噂が広がってるけど、もしかしてテオが乗ってたそれ?」
ギクッとテオは体を固くした。カマをかけたつもりはないが、分かりやすく動揺している。
「どうして、そう思うんですか?」
「だって、変じゃない?一瞬しか見えない流れ星に何でそんなにみんな血眼になって必死なんだろうって」
テオは私の話に口を挟まずじっと聞いている。
「ずっと疑問だったんだ。ただの流れ星なら夜に外を眺めていればたまに見ることが出来る。だけど、大人たちは外に出て、毎晩探し回っているんだ」
流れ星が空にあることくらい、大人たちは知っているはずだ。なのに、地上を探し回っている。そうだ、それが変なのだ。
「流れ星ってもしかして空の星じゃなくて、テオが乗ってきた銀色の球体のことじゃないの?」
テオはパチパチと拍手をした。
「見事な推理です、大正解ですよカペラさん。そうです、僕たちは何回かここに来て誰かの願いを叶えてます」
「僕たち?」
「ええ。言い忘れてましたけど、僕はヒタ星の願い星管理センターで働いているんです。簡単に言うと、無数の星から送られてくる願いを管理し叶える場所です」
「へえ、すごい場所だね」
「はい。まあ、僕たちは管理するだけで叶えるのは『ベガ』っていう願望成就システムなんですけど…」
途中で言葉を切ると、テオの顔が暗くなった。
「そのベガがですね…動かなくなってしまったんです。短期間にたくさんの願いを叶えたからかもしれません」
テオは何かを思い出したのか、流れ星の端末に何かを入力し始めた。
「動かなくなると、その間の願い事を叶える仕事が溜まっていくので、僕たちが各々他の星に出向いて願い事を叶えるのですが…」
テオは端末を見て、安堵の表情を浮かべた。
「ああ良かった、システムは無事みたいです。それで僕たちは流れ星に乗って来ていますが、その際『アルタイル』というベガを小型化させた願望成就システムを乗せているんです」
なるほど、そういうことだったのか。
「流れ星が願い事を叶えるって本当だったんだ…」
「ええ、もちろん。ですが、タダとはいきません。僕たちの仕事はただ星を回って願いを叶えるだけではなく、星の調査もこなさなくてはいけないのです」
「星の調査って具体的に何するの?」
「そこであなたの協力が必要なんです。手を貸してください、どちらでもいいです」
言われるまま、右手を差し出す。すると、テオが私の手を握りしめてきた。
「…はい、ありがとうございました」
テオは私の手を離すと、端末に手をかざした。
「これで調査は終わりです。ご協力ありがとうございました。では一つだけ願い事を…」
「おい!カペラ!」
リゲルの鋭い声が背後から飛んできた。テオは突然の闖入者を不思議そうに見ている。
「カペラさん、この人は?」
私の友人のリゲルだと答えると、テオは合点がいったような顔をした。
「おい、カペラ。流れ星見つけたら俺に言えって言ったよな」
「そうだね」
「そうだね、じゃねえだろ。何勝手に願い事をしようとしてんだ」
「これが流れ星だとは限らないでしょ?」
「今、一つだけ願い事をってそいつが言っただろ!」
リゲルはテオを指差す。ちょうど聞こえてたらしい。
「独り占めするつもりだったんだろ!」
「誤解ですよ、リゲルさん。カペラさんは調査協力のお礼を受け取ろうとしてるだけです」
テオの援護射撃でリゲルの火に油が注がれたのか、リゲルは怒鳴り始めた。
「お礼なんかどうでもいい!こいつには俺に流れ星を譲る義務がある!願いを叶えるのは俺だ!」
テオはリゲルの剣幕に気圧されたのか、助けを求めるように私を見た。
「カペラさん…」
「いいよ、リゲル。流れ星は見つけたら譲る約束だったもんね」
このままリゲルを逆上させると、私だけではなくテオも殴られるかもしれない。私がそう言うと、リゲルは満足げな表情をした。
「分かれば良いんだよ。それじゃ、俺の願いを叶えてもらおうか」
「あの、カペラさん本当に良いんですか?」
「大丈夫。いつものことだから」
リゲルは、独り言を言いながら願い事を考えている。たくさん叶えたいことがあるようだ。
「僕、納得いきませんよ。協力したのはカペラさんなのに」
「仕方ないよ」
テオは不満げに友達って何なんだ、と口を尖らせた。
「よし、決まったぞ!」
意気揚々と、リゲルが近づいてきた。
「…では、一つだけ願い事をお願いします」
「俺に願いを叶える力を寄越せ!そうすればいつだって願いを叶え放題だ」
テオはポカンとした顔をしていたが、みるみる笑顔になった。
「…それはつまり、僕たちとこの仕事がしたいということですね!」
「は?違う!俺が欲しいのは願いを叶える力だ、仕事なんかしたくねえよ!」
「いや~人手不足だったんですよね。じゃあさっそく、ヒタ星へ一緒に戻ってデネブ所長に報告しないと」
「おい、聞いてんのか!」
「すみません、願いを叶える力を与えるのはタブーなんですよ。でも、願いを叶える機械とは一緒に働けますよ、ヒタ星に行けばね」
少しずつ状況を飲み込めてきたのか、リゲルの顔は青くなっている。
「さあ、行きましょうか」
「お、おいカペラ。こいつ何とかしてくれ」
「ヒタ星に行けばあなたの願いが叶うんですよ、リゲルさん。カペラさんに何をしてもらうんです」
「もともと、カペラへのお礼なんだろ。カペラが望まなければ願いを取り消せるはずだ」
「カペラさんはリゲルさんに願いを叶える権利を譲渡しましたが?」
リゲルは逃げ出そうとしたが、テオの手がアメーバのように大きく広がり先にリゲルをがんじがらめにした。
「くそっ、離せ!」
「カペラさん、協力ありがとうございました。あ、これは内緒なんですけどね…」
テオが近づいて私に耳打ちをした。
「満点の星の夜に願い事を書いた紙を燃やすと、ヒタ星に最優先で送られるんですよ。一年に一回だけですけどね。何か叶えたいことがあったら試してください」
テオはにっこりと微笑む。
「私の方こそありがとう。元気でね、テオ。リゲルのことよろしく」
「はい、もちろん」
テオはリゲルを掴んだまま、流れ星に乗り込んだ。リゲルが何かわめいていたようだが、流れ星が閉まるとすぐに聞こえなくなった。銀色の球体はふわりと浮き上がるとすぐに上空に飛んでいき、空の星に紛れて見えなくなった。
「ふぅ…ちょっと休憩…」
課題を一区切り終わらせると、椅子から立ち上がる。体を伸ばし、固まった筋肉をほぐす。
「おやつでも食べよう。冷蔵庫に何かないかな…」
自室から出ると、階段を降りる。一階のリビングを通り、台所へ向かい冷蔵庫を開ける。
「何かないかな~…冷蔵庫には何もないな。冷凍室のアイス食べるか」
冷凍室からソーダ味のアイスを取り出す。包装を剥がし、ぱくりとアイスを頬張る。途端に口内に冷たさと甘味が広がり、頭が冷えるのを感じた。
「うーん、冷たくておいしい!やっぱり、頭使った後はアイスだよね」
アイスを頬張りながらリビングに戻ると、ソファに座る。
「今テレビ何かやってるかな~…っと何これ?」
リモコンを取ろうとテーブルに目を向ける。白い空き箱が置いてあった。さっき通り過ぎたときには、テーブルの上にはなかったはずだ。中には、メモ書きが入っている。
「『欲しいものを書いて』…欲しいもの…?」
いきなりそう言われると咄嗟に出てこないものだ。
「欲しいもの…うーん、服と靴?いや、漫画…あ、ゲームも良いなあ。高くてお小遣い足りないんだよなあ」
ぶつぶつと呟いていると、庭の方からバンッ!とガラスが叩かれる音がした。そちらを見れば、庭に出られるサッシ戸を覆うように大きな手が張り付いていた。
「えっ何」
「欲しいもの早く書いて。お前のためなら何でもやるから、早く早く」
男とも女とも分からない声が外から聞こえ、大きな手が催促するように、バンッバンッとサッシ戸のガラスを叩いている。
「欲しいものをあげたらお前は嫁になるんだろ、早く」
「そんな話聞いたことないよ、やめてよ」
「聞いてなくても、お前は嫁だ。もう決まった、早くちょうだいちょうだい」
話しかけたからか声のトーンが上がり、叩く勢いが強くなった気がする。サッシ戸のガラスにヒビが入る。、
「ガラスが割れちゃう…」
「早く書いて早く書いて。早く来い早く来い」
もし割れたら、そのまま中に入ってきそうだ。嫁にするなんて言ってるが、きっとろくな目に合わない。取り敢えず、欲しいものを書かなければ良いんだろう。
「分かったよ、書けば良いんでしょ」
テーブルに置いてあったメモパッドからメモを一枚取り、ペンで殴り書くと空き箱に突っ込んだ。すると、空き箱は消え、ガラスを叩いていた手も消えた。静かになったから帰ったようだ。
「何もいらないから帰ってって書いたけどこれで大丈夫だったのかな…」
「お前の望み通り、今日は帰ったぞ。次は、お前を迎えに来るからな」
先程の声が室内に響いた。欲しいものを書いたら、じゃなかったのか。溶けてきたアイスと自分の汗が垂れてきて手がベタベタする。どうやら、私は選択を間違えたようだ。
教室の隅っこで目立たないように体を丸める。周りを見れば、他の生徒たちが雑談し楽しそうに笑いあっている。彼らの周りがキラキラとしているような気がする。彼らは、大陸だなをゆらゆら優雅に泳ぐ魚たちで私は深海魚。どうあっても、彼らとは交わることはない。深海魚は水底でじっとしているのがお似合いだ。じめじめと過ごしていると、換気のために開けた窓から突風が吹き込んできた。ぐしゃぐしゃにされた髪をなおしていると、ふわりと桃色が落ちてきた。桜の花びらだ。とっくに散ったものだと思っていたが、まだ咲いていたのが風に乗ってやってきたか。花びらをつまみ、じっと見つめる。深海だなんだと言ったが、私と他の生徒たちは桜の花びらが飛んでくる同じ教室にいる。もしかすると、一人くらいは話が合う人がいるかもしれない。話しかけて見ようか。勇気を振りしぼり、私は自分の席から立ち上がった。
いつものように投稿サイトにログインし、お気に入りから目当てのアカウントを探す。
「…あれ?アカウントがない。間違えてお気に入りから消しちゃったかな…?」
次は、ブックマークから作品を探す。目当てのアカウントの作品が軒並み『削除された作品です』と表示されている。慌ててアカウントのページに飛ぶと、『見つかりませんでした』の文字。
「…嘘、アカウント消しちゃったの…?」
呆然と『見つかりませんでした』の文字列を見つめる。私にとっての神様が消えてしまったのだ。
どうして…いや、心当たりはある。
まず神様…仮にAさんとしよう。そもそも私がAさんを知ったのは、あるオリジナルの作品だった。この投稿サイトではマンガやアニメ、それにゲームの二次創作が主流なのだが、Aさんはオリジナル…一次創作を書いていた。一次創作は見られることが少なく、埋もれてしまうことが多い。だが私はあえてそういう埋もれた小説を探し読むのが趣味なため、良く検索していた。ある日、おすすめにAさんの作品が出てきた。一次創作だからか閲覧数は伸びていなかったが、閲覧数なんて飾りだとその作品を読むことにした。
人は面白い作品を見ると、生命活動を疎かにしてしまうらしい。寝食を忘れ、すべて読み終わると、私はため息をついた。外を見れば、もう夜は明け始めている。
「…こんな、こんな面白い作品が埋もれていたなんて。これは皆に教えなくちゃ」
眠気はあったが、読み終えた興奮で頭は冴えていた。冴えた頭でSNSを開く。いや、待て。まずは感想を書かなくては。作者にこの興奮を伝えなくては。
私は、コメント欄を開いた。まだ何も書かれていない。私が読者として一番最初の感想を伝えるのだ。
「えー…と、どこから書けばいいんだろう」
興奮が冷めないまま書いたら、支離滅裂になってしまう。だが、『良かったです!』の一言だけでは物足りない。少し考えたあと、アカウントのフォローと作品のブックマークをして寝ることにした。頭を冷やした方がもっと良い感想を書けるはずだ。
昼頃に目が覚め、朝食兼昼食のカップ麺を食べながら感想を考える。
「書き出し、どうしようかなー…」
どうせなら、最初から書きたい。だが、あまりにも長すぎると作者がひいてしまうかもしれない。
「やっぱり特に良かった部分を書こうかな」
コメント欄を開き、ポチポチと感想を打ち始める。
「…これ、上から目線になってないかな…。書き方変えようかな」
ある程度書いた文章を消し、また新しく文章を打ち込む。
「解釈違いとか気にする人だったらどうしよ…」
また文章を消す。今度はどうとでも読み取れる文章を打ち込む。
「…こんなん書くぐらいなら、ストレートに『良かったです!』の方がマシだな」
もう一度消し、『良かったです!』の文字を打ち込む。
「ええい、私は何を弱気になっているんだ!これじゃ意味ない。ストレートに私の気持ちを伝えなきゃ!」
『良かったです!』の文字を一気に消し、書き直す。
「…誤字脱字なし、そこまで悪意のある書き方じゃないはず。よし!」
勢いをつけて、コメント欄に感想を送信する。
「ふう…やっと書けた。次はここのURLをSNSで拡散…」
URLをコピーし、SNSを開く。
「ええっと、『サイトで良い掘り出し物(小説)見つけた!』…っと。URLをつけて…送信!」
これでよし。他の人が見てくれるのを待とう。
ピコピコと投稿サイトから通知が来る。
「何かきた…もしかして!」
サイトを開くと、私の感想に誰かが反応したらしい。
「あ、返信来てる!ええっと、これは作者さんだ!なになに…『初めての感想ありがとうございます。今まで作品を投稿してきたけど、反応初めてもらったのですごく嬉しいです。あなたの感想、作品をよく読まないと書けないので驚きました!これからも更新するので、良ければまた読んでみてくださいね!』…やった!すごく喜んでもらえた!」
嬉しさもあるが、悪印象にならなかったことに安堵した。それから私は作品が更新される度に読み、Aさんに感想を送り、SNSでAさんの作品を宣伝した。宣伝が功を奏したのか、閲覧数が増えてきた。
「あ、私以外の感想もある。SNSでも少しずつ知られてきたみたい」
良かった、と思えたのも束の間だった。
「…伸びなくなっちゃったな。見てる人もいつもの面子だし。もっと、読まれても良い作品なのに」
Aさんにメッセージを送るが、返ってこない。
落ち込んで思い詰めなきゃ良いけど。だが、私の嫌な予感は当たってしまった。Aさんからのメッセージの返信なし、作品の更新なしから一週間が経った頃、更新通知が入った。
「あ、Aさんだ!あれ、あのオリジナル作品の更新じゃない…え!?二次創作!?」
Aさんのアカウントに最新で表示されている作品は今話題のマンガの二次創作だった。
「な、何で…?流行りのマンガには疎いって言ってたのに」
とにかく読んでみることにした。もしかすると、Aさんのアカウントが誰かに乗っ取られてるかもしれない。もしそうなら、通報しなくては。しかし、その義憤は五分も経たずにしゅるしゅるとしぼんだ。
「…やっぱり、Aさんが書いたものだ」
人の作風は、たとえジャンルが変わってもなかなか変えられないものらしい。この文章の書き方は絶対にAさんのものだ。この二次創作の原作は読んだことはないが、Aさんがとても読み込んでいることだけは分かる。一度も読んだことなくても、何となく世界観の把握ができるのだ。
「面白いんだけど…何か複雑…」
コメント欄を覗く。いろんな人からの感想で賑わっている。次も書いて欲しいや他のキャラたちの絡みもみたいとリクエストがたくさんあり、好評らしい。
「もしかして一週間更新と返信がなかったのって、これを…いやAさんがそんなこと」
するわけない?だったらどうして二次創作を。
「Aさんに聞こう。返信してくれるか分からないけど」
Aさんのアカウントページを開き、メッセージを書き込む。
『Aさん、久しぶりの更新嬉しいです。今度は二次創作書き始めたんですね。読みました、とても面白かったです。でも、どうして書こうと思ったんですか?暇なときでいいので返信よろしくお願いします』
メッセージを送る。詮索するようなことを書いてあるから、鬱陶しがられるかもしれない。それだったら返信してこないだろう。杞憂だったのか、メッセージの返信が通知欄に表示された。
「来た…!」
メッセージ欄を開く。
『お久しぶりです。返信できなくてごめんなさい。初めての二次創作、あなたに気に入ってもらえてとても光栄です。二次創作を始めた理由は息抜きですよ、たまには別の話を書くのも気分転換になりますし。そのうち一次創作も更新するので、楽しみにしててくださいね!』
『はい、更新楽しみにしてますね!』
返信し、サイトを閉じる。
「息抜き…そうなんだ、あー良かった。嫌われてなくて良かった…」
ホッとし、そのまま床に寝転がる。
「息抜きが終わったら、また一次創作に力入れてくれるよね」
数日後。Aさんの更新通知が届いた。
「…また二次創作?」
更新されたものは例のマンガの二次創作だった。
「あ、他の人のリクエストがあったから。ああ、それか」
じゃあリクエストのものを全部書き終わったら書いてくれるかもしれない。
「…厄介なファンだと思われたくないし、大人しく待っておこう」
私はひたすら待った。作品を最初から読み直し最新の作品にたどり着くと、すぐにページを閉じていたが、今日は少し違うことをしようと思い立った。
「そうだ、リクエストが多くてこっちの作品忘れてるのかも。何か書いとこ」
コメント欄を開くと、最新のコメントからもう三ヶ月経っている。何だか寂しくなってコメントを書き込む。
『更新されるの、いつまでも待ってます』
それが昨日のことだ。
「我慢できずにコメントしたから、きっと嫌になっちゃったんだ。だから、アカウントを…」
待てない自分に嫌気が差す。私はAさんを面白い作品を作り出す神様のように思っていたが、Aさんだって人間だ。急かされたら、好きなものでも嫌になるに決まってる。長いため息をつく。
「そんなつもりじゃなかったのに…」
今日は眠れそうになかった。
ある日、SNSにメッセージが来た。見れば作りたてのアカウントのようだ。
「何だろう…スパムとかじゃないと良いけど」
メッセージを開く。
『はじめまして。私は投稿サイトでAという名前で執筆活動をしていたものです』
「Aさん!?あ、まだ続きがある…」
『突然アカウントが消えて驚いたかもしれません。これは単に私に二次創作が合わないことが分かって嫌気が差しただけです。終わらないリクエスト、解釈違いだとお叱りのコメント…他にも色々ありますが、疲弊してしまったのです』
「そうだったんだ…」
『そして、あなたからのコメントで目が覚めました。更新を心待ちにしている人がいるのに蔑ろにしてどうするんだと。宣伝や感想をいの一番にしてくれるファンであるあなたを大事にするべきなのに』
「Aさん…」
『心機一転新しいアカウントを作り、これまでの一次創作の作品をまた更新していくつもりです。勝手だとは思いますが、よろしければこれからも作品の感想などいただけると幸甚です』
メッセージの終わりには、URLが載っていた。ページに飛ぶと、一次創作が主流な投稿サイトのアカウントが出てきた。
「やっぱりAさんだ」
更新履歴を見ると、新しい作品を投稿したらしい。私が三ヶ月心待ちにしていた作品の続きだ。ワクワクしながら、私は作品のページをタップした。