仮名K

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いつものように投稿サイトにログインし、お気に入りから目当てのアカウントを探す。
「…あれ?アカウントがない。間違えてお気に入りから消しちゃったかな…?」
次は、ブックマークから作品を探す。目当てのアカウントの作品が軒並み『削除された作品です』と表示されている。慌ててアカウントのページに飛ぶと、『見つかりませんでした』の文字。
「…嘘、アカウント消しちゃったの…?」
呆然と『見つかりませんでした』の文字列を見つめる。私にとっての神様が消えてしまったのだ。
どうして…いや、心当たりはある。
まず神様…仮にAさんとしよう。そもそも私がAさんを知ったのは、あるオリジナルの作品だった。この投稿サイトではマンガやアニメ、それにゲームの二次創作が主流なのだが、Aさんはオリジナル…一次創作を書いていた。一次創作は見られることが少なく、埋もれてしまうことが多い。だが私はあえてそういう埋もれた小説を探し読むのが趣味なため、良く検索していた。ある日、おすすめにAさんの作品が出てきた。一次創作だからか閲覧数は伸びていなかったが、閲覧数なんて飾りだとその作品を読むことにした。
人は面白い作品を見ると、生命活動を疎かにしてしまうらしい。寝食を忘れ、すべて読み終わると、私はため息をついた。外を見れば、もう夜は明け始めている。
「…こんな、こんな面白い作品が埋もれていたなんて。これは皆に教えなくちゃ」
眠気はあったが、読み終えた興奮で頭は冴えていた。冴えた頭でSNSを開く。いや、待て。まずは感想を書かなくては。作者にこの興奮を伝えなくては。
私は、コメント欄を開いた。まだ何も書かれていない。私が読者として一番最初の感想を伝えるのだ。
「えー…と、どこから書けばいいんだろう」
興奮が冷めないまま書いたら、支離滅裂になってしまう。だが、『良かったです!』の一言だけでは物足りない。少し考えたあと、アカウントのフォローと作品のブックマークをして寝ることにした。頭を冷やした方がもっと良い感想を書けるはずだ。
昼頃に目が覚め、朝食兼昼食のカップ麺を食べながら感想を考える。
「書き出し、どうしようかなー…」
どうせなら、最初から書きたい。だが、あまりにも長すぎると作者がひいてしまうかもしれない。
「やっぱり特に良かった部分を書こうかな」
コメント欄を開き、ポチポチと感想を打ち始める。
「…これ、上から目線になってないかな…。書き方変えようかな」
ある程度書いた文章を消し、また新しく文章を打ち込む。
「解釈違いとか気にする人だったらどうしよ…」
また文章を消す。今度はどうとでも読み取れる文章を打ち込む。
「…こんなん書くぐらいなら、ストレートに『良かったです!』の方がマシだな」
もう一度消し、『良かったです!』の文字を打ち込む。
「ええい、私は何を弱気になっているんだ!これじゃ意味ない。ストレートに私の気持ちを伝えなきゃ!」
『良かったです!』の文字を一気に消し、書き直す。
「…誤字脱字なし、そこまで悪意のある書き方じゃないはず。よし!」
勢いをつけて、コメント欄に感想を送信する。
「ふう…やっと書けた。次はここのURLをSNSで拡散…」
URLをコピーし、SNSを開く。
「ええっと、『サイトで良い掘り出し物(小説)見つけた!』…っと。URLをつけて…送信!」
これでよし。他の人が見てくれるのを待とう。
ピコピコと投稿サイトから通知が来る。
「何かきた…もしかして!」
サイトを開くと、私の感想に誰かが反応したらしい。
「あ、返信来てる!ええっと、これは作者さんだ!なになに…『初めての感想ありがとうございます。今まで作品を投稿してきたけど、反応初めてもらったのですごく嬉しいです。あなたの感想、作品をよく読まないと書けないので驚きました!これからも更新するので、良ければまた読んでみてくださいね!』…やった!すごく喜んでもらえた!」
嬉しさもあるが、悪印象にならなかったことに安堵した。それから私は作品が更新される度に読み、Aさんに感想を送り、SNSでAさんの作品を宣伝した。宣伝が功を奏したのか、閲覧数が増えてきた。
「あ、私以外の感想もある。SNSでも少しずつ知られてきたみたい」
良かった、と思えたのも束の間だった。
「…伸びなくなっちゃったな。見てる人もいつもの面子だし。もっと、読まれても良い作品なのに」
Aさんにメッセージを送るが、返ってこない。
落ち込んで思い詰めなきゃ良いけど。だが、私の嫌な予感は当たってしまった。Aさんからのメッセージの返信なし、作品の更新なしから一週間が経った頃、更新通知が入った。
「あ、Aさんだ!あれ、あのオリジナル作品の更新じゃない…え!?二次創作!?」
Aさんのアカウントに最新で表示されている作品は今話題のマンガの二次創作だった。
「な、何で…?流行りのマンガには疎いって言ってたのに」
とにかく読んでみることにした。もしかすると、Aさんのアカウントが誰かに乗っ取られてるかもしれない。もしそうなら、通報しなくては。しかし、その義憤は五分も経たずにしゅるしゅるとしぼんだ。
「…やっぱり、Aさんが書いたものだ」
人の作風は、たとえジャンルが変わってもなかなか変えられないものらしい。この文章の書き方は絶対にAさんのものだ。この二次創作の原作は読んだことはないが、Aさんがとても読み込んでいることだけは分かる。一度も読んだことなくても、何となく世界観の把握ができるのだ。
「面白いんだけど…何か複雑…」
コメント欄を覗く。いろんな人からの感想で賑わっている。次も書いて欲しいや他のキャラたちの絡みもみたいとリクエストがたくさんあり、好評らしい。
「もしかして一週間更新と返信がなかったのって、これを…いやAさんがそんなこと」
するわけない?だったらどうして二次創作を。
「Aさんに聞こう。返信してくれるか分からないけど」
Aさんのアカウントページを開き、メッセージを書き込む。
『Aさん、久しぶりの更新嬉しいです。今度は二次創作書き始めたんですね。読みました、とても面白かったです。でも、どうして書こうと思ったんですか?暇なときでいいので返信よろしくお願いします』
メッセージを送る。詮索するようなことを書いてあるから、鬱陶しがられるかもしれない。それだったら返信してこないだろう。杞憂だったのか、メッセージの返信が通知欄に表示された。
「来た…!」
メッセージ欄を開く。
『お久しぶりです。返信できなくてごめんなさい。初めての二次創作、あなたに気に入ってもらえてとても光栄です。二次創作を始めた理由は息抜きですよ、たまには別の話を書くのも気分転換になりますし。そのうち一次創作も更新するので、楽しみにしててくださいね!』
『はい、更新楽しみにしてますね!』
返信し、サイトを閉じる。
「息抜き…そうなんだ、あー良かった。嫌われてなくて良かった…」
ホッとし、そのまま床に寝転がる。
「息抜きが終わったら、また一次創作に力入れてくれるよね」
数日後。Aさんの更新通知が届いた。
「…また二次創作?」
更新されたものは例のマンガの二次創作だった。
「あ、他の人のリクエストがあったから。ああ、それか」
じゃあリクエストのものを全部書き終わったら書いてくれるかもしれない。
「…厄介なファンだと思われたくないし、大人しく待っておこう」
私はひたすら待った。作品を最初から読み直し最新の作品にたどり着くと、すぐにページを閉じていたが、今日は少し違うことをしようと思い立った。
「そうだ、リクエストが多くてこっちの作品忘れてるのかも。何か書いとこ」
コメント欄を開くと、最新のコメントからもう三ヶ月経っている。何だか寂しくなってコメントを書き込む。
『更新されるの、いつまでも待ってます』
それが昨日のことだ。
「我慢できずにコメントしたから、きっと嫌になっちゃったんだ。だから、アカウントを…」
待てない自分に嫌気が差す。私はAさんを面白い作品を作り出す神様のように思っていたが、Aさんだって人間だ。急かされたら、好きなものでも嫌になるに決まってる。長いため息をつく。
「そんなつもりじゃなかったのに…」
今日は眠れそうになかった。

ある日、SNSにメッセージが来た。見れば作りたてのアカウントのようだ。
「何だろう…スパムとかじゃないと良いけど」
メッセージを開く。
『はじめまして。私は投稿サイトでAという名前で執筆活動をしていたものです』
「Aさん!?あ、まだ続きがある…」
『突然アカウントが消えて驚いたかもしれません。これは単に私に二次創作が合わないことが分かって嫌気が差しただけです。終わらないリクエスト、解釈違いだとお叱りのコメント…他にも色々ありますが、疲弊してしまったのです』
「そうだったんだ…」
『そして、あなたからのコメントで目が覚めました。更新を心待ちにしている人がいるのに蔑ろにしてどうするんだと。宣伝や感想をいの一番にしてくれるファンであるあなたを大事にするべきなのに』
「Aさん…」
『心機一転新しいアカウントを作り、これまでの一次創作の作品をまた更新していくつもりです。勝手だとは思いますが、よろしければこれからも作品の感想などいただけると幸甚です』
メッセージの終わりには、URLが載っていた。ページに飛ぶと、一次創作が主流な投稿サイトのアカウントが出てきた。
「やっぱりAさんだ」
更新履歴を見ると、新しい作品を投稿したらしい。私が三ヶ月心待ちにしていた作品の続きだ。ワクワクしながら、私は作品のページをタップした。

4/15/2024, 9:59:07 AM