『流れ星』に願いを念じると、必ず叶うらしい。子供だましじゃない、大人も本気にしてる噂。実際、叶った人もいるらしい。みんな血眼で探し回っているけど、まだ誰も見たことがない。一瞬しか見えない流れ星を探して願い事を念じるなんて変な話だ。暗くなり、空の星たちが地上に向かって瞬きを始めた。
「そろそろ行こうかな」
私は家から出ると背伸びをし、あくびをした。最近、流れ星を探すために昼間寝て夜に起きることが多くなったからだ。体には良くないが、流れ星が見つかればそれで帳消しだ。
「今日は見つかるかなー…」
春になったが、夜はまだ肌寒い。外套を着てきて正解だった。外套をかき抱き真っ暗な道を歩きながら、空を見上げる。だが、流れる光はなく、ただ満点の星が広がっているばかりだ。
「あー…綺麗。流れ星探してなきゃ、もっと感動できたのに」
そもそも、私が何故流れ星を探しているのか。
「おい、カペラ。ボーッと星見てんじゃねえよ。流れ星はあったのかよ」
背後から、イライラしたような声と共に頭を小突かれる。振り向けば、リゲルがこちらを睨んでいた。リゲルは私の友人だ。彼は体が大きくとても喧嘩が強いので、ここら辺の子供たちは逆らえずに大人しく従っている。私が流れ星を探しているのも、リゲルの命令だからだ。
「探してるよ。見つからないだけ」
「見つからないじゃないだろ、早く見つけるんだよ」
リゲルも、空から目を離さず探せば良いのに。一回人に当たらないと気が済まないのかな。
「俺はあっちの空を見てくる。先に見つけたら俺に言え、黙って願い事をしたら許さないからな」
そう言って、リゲルは自分が指を指した方にズカズカと歩いていった。
「…というか、流れ星なんてすぐ消えるでしょ。言えって言われてもね…」
ため息をつき、目を凝らしながら夜空を眺める。キラッと何かが空を横切った気がした。
「あっ何か今見えたような…」
流れ星だろうか。やはり一瞬だ。これをどうやって教えろと言うのか。まだ流れてくるかもしれない。
「って…そんな簡単に流れてくるわけないか」
首が痛くなったため、下を向く。首を回し、こりをほぐす。
「あー、疲れる。リゲルの友達も楽じゃないね…ん?何か頭上が明るい…?」
上を向くと、銀色にギラギラと光る球体がこちらに向かってきているのが見えた。慌てて待避すると、ズシンと地響きがした。
「え、何?流れ星じゃなくて隕石落ちてきた?」
恐る恐る、銀色の球体に近づく。銀色の球体を観察する。繋ぎ目のない綺麗な球体。
「これが流れ星?」
しばらく眺めていると、パカッと軽い音とともに球体が割れた。中から青白く発光する手がぬうっと出てきて球体の縁を掴み、ずるりと誰かが這い出てきた。手だけではなく、全身が青白く発光しているようだ。彼は、ここはどこだと言わんばかりにキョロキョロしている。青白く発光していること以外は、自分達にそっくりだ。ホッとして挨拶をする。
「こ、こんばんは…?」
声を発してから数秒で後悔した。見た目は一緒でも、言葉が一緒だとは限らない。もしかすると、彼らの言語では悪口だったかもしれない。内心アワアワとしていると、彼はにっこりと微笑んだ。
「こんばんは。はじめまして」
流暢に話しかけられ、驚く。
「この翻訳機があるから、分かるんですよ。ほら」
そう言って近づくと、彼は右耳のイヤーカフを見せた。
「翻訳も出来るし、こうやってあなたたちの言語に合わせて話すことも出来る優れものです」
「へえー…」
「あ!申し遅れました、僕はヒタ星からやって来たテオと言います。どうぞよろしく」
「私はカペラです。こちらこそよろしく」
挨拶をすませると、テオはさっきまで乗っていた銀色の球体を調べ始めた。何か難しいことをぶつぶつと呟いている。
「それって流れ星?」
「え?ええ、確かにこの宇宙船の名前は『流れ星』ですけど」
銀色の球体の中から取り出した小型端末を見つめ、何かを入力しながらテオは答える。
「最近流れ星の噂が広がってるけど、もしかしてテオが乗ってたそれ?」
ギクッとテオは体を固くした。カマをかけたつもりはないが、分かりやすく動揺している。
「どうして、そう思うんですか?」
「だって、変じゃない?一瞬しか見えない流れ星に何でそんなにみんな血眼になって必死なんだろうって」
テオは私の話に口を挟まずじっと聞いている。
「ずっと疑問だったんだ。ただの流れ星なら夜に外を眺めていればたまに見ることが出来る。だけど、大人たちは外に出て、毎晩探し回っているんだ」
流れ星が空にあることくらい、大人たちは知っているはずだ。なのに、地上を探し回っている。そうだ、それが変なのだ。
「流れ星ってもしかして空の星じゃなくて、テオが乗ってきた銀色の球体のことじゃないの?」
テオはパチパチと拍手をした。
「見事な推理です、大正解ですよカペラさん。そうです、僕たちは何回かここに来て誰かの願いを叶えてます」
「僕たち?」
「ええ。言い忘れてましたけど、僕はヒタ星の願い星管理センターで働いているんです。簡単に言うと、無数の星から送られてくる願いを管理し叶える場所です」
「へえ、すごい場所だね」
「はい。まあ、僕たちは管理するだけで叶えるのは『ベガ』っていう願望成就システムなんですけど…」
途中で言葉を切ると、テオの顔が暗くなった。
「そのベガがですね…動かなくなってしまったんです。短期間にたくさんの願いを叶えたからかもしれません」
テオは何かを思い出したのか、流れ星の端末に何かを入力し始めた。
「動かなくなると、その間の願い事を叶える仕事が溜まっていくので、僕たちが各々他の星に出向いて願い事を叶えるのですが…」
テオは端末を見て、安堵の表情を浮かべた。
「ああ良かった、システムは無事みたいです。それで僕たちは流れ星に乗って来ていますが、その際『アルタイル』というベガを小型化させた願望成就システムを乗せているんです」
なるほど、そういうことだったのか。
「流れ星が願い事を叶えるって本当だったんだ…」
「ええ、もちろん。ですが、タダとはいきません。僕たちの仕事はただ星を回って願いを叶えるだけではなく、星の調査もこなさなくてはいけないのです」
「星の調査って具体的に何するの?」
「そこであなたの協力が必要なんです。手を貸してください、どちらでもいいです」
言われるまま、右手を差し出す。すると、テオが私の手を握りしめてきた。
「…はい、ありがとうございました」
テオは私の手を離すと、端末に手をかざした。
「これで調査は終わりです。ご協力ありがとうございました。では一つだけ願い事を…」
「おい!カペラ!」
リゲルの鋭い声が背後から飛んできた。テオは突然の闖入者を不思議そうに見ている。
「カペラさん、この人は?」
私の友人のリゲルだと答えると、テオは合点がいったような顔をした。
「おい、カペラ。流れ星見つけたら俺に言えって言ったよな」
「そうだね」
「そうだね、じゃねえだろ。何勝手に願い事をしようとしてんだ」
「これが流れ星だとは限らないでしょ?」
「今、一つだけ願い事をってそいつが言っただろ!」
リゲルはテオを指差す。ちょうど聞こえてたらしい。
「独り占めするつもりだったんだろ!」
「誤解ですよ、リゲルさん。カペラさんは調査協力のお礼を受け取ろうとしてるだけです」
テオの援護射撃でリゲルの火に油が注がれたのか、リゲルは怒鳴り始めた。
「お礼なんかどうでもいい!こいつには俺に流れ星を譲る義務がある!願いを叶えるのは俺だ!」
テオはリゲルの剣幕に気圧されたのか、助けを求めるように私を見た。
「カペラさん…」
「いいよ、リゲル。流れ星は見つけたら譲る約束だったもんね」
このままリゲルを逆上させると、私だけではなくテオも殴られるかもしれない。私がそう言うと、リゲルは満足げな表情をした。
「分かれば良いんだよ。それじゃ、俺の願いを叶えてもらおうか」
「あの、カペラさん本当に良いんですか?」
「大丈夫。いつものことだから」
リゲルは、独り言を言いながら願い事を考えている。たくさん叶えたいことがあるようだ。
「僕、納得いきませんよ。協力したのはカペラさんなのに」
「仕方ないよ」
テオは不満げに友達って何なんだ、と口を尖らせた。
「よし、決まったぞ!」
意気揚々と、リゲルが近づいてきた。
「…では、一つだけ願い事をお願いします」
「俺に願いを叶える力を寄越せ!そうすればいつだって願いを叶え放題だ」
テオはポカンとした顔をしていたが、みるみる笑顔になった。
「…それはつまり、僕たちとこの仕事がしたいということですね!」
「は?違う!俺が欲しいのは願いを叶える力だ、仕事なんかしたくねえよ!」
「いや~人手不足だったんですよね。じゃあさっそく、ヒタ星へ一緒に戻ってデネブ所長に報告しないと」
「おい、聞いてんのか!」
「すみません、願いを叶える力を与えるのはタブーなんですよ。でも、願いを叶える機械とは一緒に働けますよ、ヒタ星に行けばね」
少しずつ状況を飲み込めてきたのか、リゲルの顔は青くなっている。
「さあ、行きましょうか」
「お、おいカペラ。こいつ何とかしてくれ」
「ヒタ星に行けばあなたの願いが叶うんですよ、リゲルさん。カペラさんに何をしてもらうんです」
「もともと、カペラへのお礼なんだろ。カペラが望まなければ願いを取り消せるはずだ」
「カペラさんはリゲルさんに願いを叶える権利を譲渡しましたが?」
リゲルは逃げ出そうとしたが、テオの手がアメーバのように大きく広がり先にリゲルをがんじがらめにした。
「くそっ、離せ!」
「カペラさん、協力ありがとうございました。あ、これは内緒なんですけどね…」
テオが近づいて私に耳打ちをした。
「満点の星の夜に願い事を書いた紙を燃やすと、ヒタ星に最優先で送られるんですよ。一年に一回だけですけどね。何か叶えたいことがあったら試してください」
テオはにっこりと微笑む。
「私の方こそありがとう。元気でね、テオ。リゲルのことよろしく」
「はい、もちろん」
テオはリゲルを掴んだまま、流れ星に乗り込んだ。リゲルが何かわめいていたようだが、流れ星が閉まるとすぐに聞こえなくなった。銀色の球体はふわりと浮き上がるとすぐに上空に飛んでいき、空の星に紛れて見えなくなった。
4/26/2024, 9:58:22 AM