『もう一つの物語』
──物足りない。
あれも足りない、これも足りない、それも足りない、足りない、足りない、足りない。
スクリーンに映る物語に不満ばかりが溜まっていく
足りないものばかりの駄作だ。
誰だこんな映画を作った馬鹿者は、今どき小学生ですらもっとマシなものを作れる。
何なら私が同じタイトルで、もう一つ別の映画を作ってやっても良いぐらいだ。
そう心の中で吐き捨て、その場を立ち去ろうとするが身体が動かない
それならばと、目を閉じてしまう
しかし瞼の裏にまでその映画が流される始末
つまらない人間のつまらない物語。
主人公は最後、死ぬ時にこう言うのだろう。
『満たされない人生だった』
……あぁ、なんて在り来りな設定だ。
本当は分かっていた、解っていたはずだ。
この映画は私の人生だ、この駄作だけが私の人生なのだ。
人生に、もう一つの物語なんてものは……無い。
『暗がりの中で』
──コロナウイルス感染者が……ぐしゃっ
──人種差別による……ぐしゃっ
──性的マイノリティの権利は……ぐしゃっ
──大国同士の戦争に……ぐしゃっ
ぐしゃぐしゃ、ぐしゃっ
……今日は運が良い。
日課となっているゴミ捨て場の散策をしていたら、沢山の新聞が纏めて捨てられているのを見つけた。
新聞紙はよく燃える、暖を取るには最適だ。
人気のない橋下、一斗缶の中で燃え盛る炎に、丸めた新聞紙を放り込む
一つ、また一つ
最近だんだんと寒くなり、日が暮れるのも早くなってきた。
火をおこした時はまだ明るかった気がするが、今ではもう真っ暗だ。
……そうか、冬が来るのか。
ならば何かしらの対策をしなければ凍えてしまうだろう。
そういえば最近知り合った男が、刑務所で冬を越せたと自慢げに語っていた。
そこでは雨風を凌げるのは勿論、飯も出て、そして何より人権とやらがあるらしい。
刑務所の入り方ぐらいは知っている、犯罪を行なえばいいのだ。
善は急げと言うし、思い立ったら早めに行動した方が良いだろう。
ではさっそく、
「コンビニのお握りでも盗みに行こうか」
暗がりの中、無表情な人間の顔だけが揺れていた
『紅茶の香り』
紅茶。
紅茶とは素晴らしい飲み物であり、その素晴らしさを語る上で外せないのは言わずもかな香りである。
馥郁とした紅茶の香りが鼻まで届けば、それだけで安らぎと少しの幸福感を与えてくれる。
どんなに臭いものであっても、それが紅茶の香りになったなら、それだけで素晴らしい世界になるとは思わないだろうか?
道路脇のドブも、家で出た生ゴミも、それこそぼっとん便所でさえ。
そんな世界は異常だと、そう思うだろうか?
本当に? ……本当にそうだろうか?
人々は誰しもが後ろめたいものを抱えていて、そして蓋をする。
──だって、それは臭いものだから。
蓋から漏れ出す匂いだけでも耐えられない程の悪臭だ。
でもそういうものに限って実は大事なものだったりする、自分にとって……もしくは誰かにとって。
臭いものが紅茶の香りになれば、結局のところ紅茶の香りがするものに蓋をするだけだと、そう考えるだろうか?
……しかし、しかしだよ。
蓋から漏れ出す匂いが紅茶の香りになれば、少しはそれに釣られて蓋を開ける人々も現れるのでは無いだろうか?
そしてそれは本来、正常な事なのではないだろうか?
──だって、それは大事なものだから。
こうして紅茶好きの神様は、臭いものを紅茶の香りに変えてしまいました。
結果はもちろん……大規模な食中毒によって世界はパニックになりましたとさ。
──てへっ!
『愛言葉』
ある部屋の前で数人の大人が屯し、何かをしている
どうやら閉じた部屋の扉に向かって、交互に何事かを叫んでいる様だ
「アブラカタブラ!」
──違う。
「ちちんぷいぷい!」
──違う。
「開けゴマ!」
──違う。
「うーん、困ったなぁ……ハァ」
大人達は困り顔で、お互いに顔を合わせると深くため息を吐く
そこに賢げな風貌をした大人が現れた
「おぉ、学者さんじゃないですか! 今回は忙しいなか来て頂いて申し訳ない」
「いえいえお気になさらず、早速ですが現在の状況をお教え頂けますか?」
「あぁそれなんですがね、実はかくかくしかじかでして……」
「……なるほど、つまり『合言葉』とだけ言ってから部屋から出て来なくなったと、……それであなた達は思いつく限りの『合言葉』を扉に向かって叫んでいた、そういう事ですね?」
「はい、はい、その通りです! ……どうにか出来ますかね?」
「……ふむ、恐らくですが何とかなるでしょう」
「本当ですか!」
「ええ、実はあなた達が叫んでいたのは『合言葉』では無く『呪文』なのですよ。つまりまだ一度も『合言葉』を言えていない、ですので私が知っている『合言葉』を叫んで試してみましょう」
そう言うと、賢げな風貌をした大人は扉の前に立ち、叫ぶ
「山と言えば川!」
──違う。
「……ふむ、違いましたか。それなら……海と言えば塩!」
──違う。
「……!」──違う。
「……!」──違う。
「……!」──違う。
「……!」──違う。
「はぁはぁ、……ならばっ!」
「学者さんもう大丈夫です。そんなに叫んで疲れたでしょう、休んでください」
「ですがっ!…………いえ、お言葉に甘えます。お役に立てず申し訳ない」
「いえいえ、そんなこと仰らないで下さい。十分頑張って頂いたのは分かっておりますから」
「私共も心配が先走って焦っていたのかも知れません、あの人だって部屋から出たくない日の一日や二日あるもんでしょうから」
「そうだよなぁ、あいつには世話になった事もある。出たくねぇなら無理に出す必要もねぇか」
「……それなら私は帰りましょうかね、部屋の中の方と面識はありませんが、どうか元気にお過ごしください」
「学者さん、今日はありがとうございました。……私達もそろそろ帰ろうか、あんまり部屋の前にいたら彼奴も休まらんだろうしな」
そう言うと大人達は、部屋に向かって一言話し掛けてから帰り支度を始めた
「じゃあな、また部屋から出たら一緒に散歩でもしようぜ」
「じゃあ私も、また一緒に買い物でもしましょうね」
「俺も帰るかぁ、部屋から出ようが出まいが、取り敢えず健康には気ぃつけろよ」
──…………。
────ガチャ、ギィィィ
……扉の開く音がした
『友達』
──自分には友達がいない。
某県某所某高校の某季節、某教室の前から某番目、窓際の席でそんな事を考える。
どんな理由があってつくれないのか、そもそも理由があったのか、思い当たる節が無い。
………まぁ、そんな事はどうでもいい。
今回考えたいのは、そんな変わり者の自分にも何故か話しかけてくる変わり者がいる事だ。
──ガラガラ
「おはよう!」
先程勢いよく……と言うには物足りないぐらいの強さでドアを開けて、クラスメイトに明るく挨拶をしている女性。
そう、 彼女が件の変わり者である。
こちらに向かって歩いてくる彼女、正確には彼女に宛てがわれた席であり、自分からして隣の席に向かっているわけなのだが……目線は何故か自分に向けられている。
「おはよう! ○○、そんなに見つめられると照れるんだけど? 何かついてる?」
あぁ……自分も彼女を見ていたのか、それは不思議に思うのも無理はない。
「あぁおはよう、少し考え事をしていてね。○○に関係がある事だったから……つい」
馴れ馴れしくも彼女は自分を呼び捨てにするので、自分も意趣返しとして呼び捨てにしている。
……彼女は、全く堪えていない様だが。
「私について考えてたの? ○○は変わり者だね」
「そうは言ってない、たまたま○○に関係のある事だっただけだよ。それと、○○だって変わり者なのは変わらないだろう?」
「変わり……え、変わ? なんの話……? また難しい事言ってる?」
…………自分は彼女が可哀想になり、懇切丁寧に自分の考えていた事を説明してあげることにした。
よくよく考えれば本人に直接聞けば分かるかも知れない、なんて思いながら。
「そんな事で悩んでたの? 頭は良いのにバカだねぇ」
「……悩んでなんかいない。でも、そこまで言うからには、合理的で論理的に分かりやすく説明する事が出来るんだろうね。そんな事も分からない自分なんかとは違って」
「……拗ねた」
「……拗ねてない」
「えー」
「……もういい」
そう言って机に突っ伏して窓の方へ顔を向ける。
別に拗ねている訳では無い……そう、彼女と話すのが疲れただけだ。
「ごめんって、悪かったから許して? 何で私が○○に話しかけるのか教えてあげるから! ね?」
「…………」
知るものか、絶対に顔を上げてやらない。
「それはね……○○が私の友達だからだよ!」
「──!!」
「……いや、やっぱ違うね」
…………一瞬驚いたがなんて事は無かった。
当たり前だ、自分に友達はいないのだから。
そう……当たり前、別に悲し「大親友だからだよっ!!」…………。
「おーい」
「…………」
「……ねぇ、顔上げてよ。○○の耳、真っ赤だよ」
「…………」
「もういいもん、私も不貞寝するから!」
数分後、頭を少しズラしてチラリと隣を見てみれば、彼女の耳もまた赤かった。
○○の大親友は変わり者で恥ずかしがり屋だ。
──やはり自分には友達がいない。
某県某所某高校の某季節、某教室の前から某番目、窓際の席でそんな事を考えた。