『愛言葉』
ある部屋の前で数人の大人が屯し、何かをしている
どうやら閉じた部屋の扉に向かって、交互に何事かを叫んでいる様だ
「アブラカタブラ!」
──違う。
「ちちんぷいぷい!」
──違う。
「開けゴマ!」
──違う。
「うーん、困ったなぁ……ハァ」
大人達は困り顔で、お互いに顔を合わせると深くため息を吐く
そこに賢げな風貌をした大人が現れた
「おぉ、学者さんじゃないですか! 今回は忙しいなか来て頂いて申し訳ない」
「いえいえお気になさらず、早速ですが現在の状況をお教え頂けますか?」
「あぁそれなんですがね、実はかくかくしかじかでして……」
「……なるほど、つまり『合言葉』とだけ言ってから部屋から出て来なくなったと、……それであなた達は思いつく限りの『合言葉』を扉に向かって叫んでいた、そういう事ですね?」
「はい、はい、その通りです! ……どうにか出来ますかね?」
「……ふむ、恐らくですが何とかなるでしょう」
「本当ですか!」
「ええ、実はあなた達が叫んでいたのは『合言葉』では無く『呪文』なのですよ。つまりまだ一度も『合言葉』を言えていない、ですので私が知っている『合言葉』を叫んで試してみましょう」
そう言うと、賢げな風貌をした大人は扉の前に立ち、叫ぶ
「山と言えば川!」
──違う。
「……ふむ、違いましたか。それなら……海と言えば塩!」
──違う。
「……!」──違う。
「……!」──違う。
「……!」──違う。
「……!」──違う。
「はぁはぁ、……ならばっ!」
「学者さんもう大丈夫です。そんなに叫んで疲れたでしょう、休んでください」
「ですがっ!…………いえ、お言葉に甘えます。お役に立てず申し訳ない」
「いえいえ、そんなこと仰らないで下さい。十分頑張って頂いたのは分かっておりますから」
「私共も心配が先走って焦っていたのかも知れません、あの人だって部屋から出たくない日の一日や二日あるもんでしょうから」
「そうだよなぁ、あいつには世話になった事もある。出たくねぇなら無理に出す必要もねぇか」
「……それなら私は帰りましょうかね、部屋の中の方と面識はありませんが、どうか元気にお過ごしください」
「学者さん、今日はありがとうございました。……私達もそろそろ帰ろうか、あんまり部屋の前にいたら彼奴も休まらんだろうしな」
そう言うと大人達は、部屋に向かって一言話し掛けてから帰り支度を始めた
「じゃあな、また部屋から出たら一緒に散歩でもしようぜ」
「じゃあ私も、また一緒に買い物でもしましょうね」
「俺も帰るかぁ、部屋から出ようが出まいが、取り敢えず健康には気ぃつけろよ」
──…………。
────ガチャ、ギィィィ
……扉の開く音がした
10/26/2022, 2:57:06 PM