秋茜

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11/11/2025, 1:32:14 PM

ティーカップ

四角いティーカップ、三角のティーカップ。星形のティーカップ……。
なぜ、あまり見かけないのだろうか。

変化とは――比較で生まれるものだ。
普通ばかりではつまらない。
“変わったもの“がひとつくらいあっても良いのではないだろうか。

独自の価値観や創造性と、商業的な需要は基本的に相容れないもの。とは分かる。

インフルエンサーなどの火付け役とその後追いが作る一過性の偶像が、特に“価値“として扱われる世の中。
そうした存在が“三角のティーカップ“などを宣伝すれば、
例えそれがどんな物でも、落とした飴に群がるアリのように客が集まってくるだろうけど。
しかし、そうでもなければ、わざわざ売れない物を作り損をする義理はどこの瀬戸物屋にもない。そんなところだろうか。

しかし、単純にティーカップとしての役割を考えるとどうだろう。
三角や四角のティーカップが見当たらないのは、そう小難しい話以前に“飲みにくい“から、という単純な理由からだろうか。そうかもしれない。

そんな事を考えながら、私は丸いティーカップを手に取り、カゴに入れた。

11/10/2025, 1:32:10 PM

寂しくて

――全部とんだ、データとんだ、全部水のあわ~――。
不気味な歌を口ずさみながら、
布団の上で“打ち上げられた魚“のように
小刻みに痙攣しているのは駆け出しライターの「北凪あずさ」。

――先ほど、アプリの不具合で
二時間分の原稿データが吹き飛び、
今現在、この姿になっている。

「不具合のないアプリなんてないもの……しょうがないの。 これはしょうがなくない!!!! 私のデータかえして!!!!!!」

すっかり情緒がおかしくなったあずさは、叫びながら跳ね起きると部屋を駆け回りはじめ、
――机に足を激突させて盛大に転んだ。

“死んだ魚のような目“をして、
ついに床から起き上がるそぶりも見せず、
細かく振動しながらさめざめと泣き出すあずさ。

最後の力を振り絞り、
彼女はスマホのAIを起動して、
音声認識で言葉を伝える。

――寂しい。慰めて

ショックでまだ語彙力のブレーカーが
飛んでいる最中の彼女に発せられる、
精一杯の振り絞った心の叫びだったが。

返ってきた答えは――。
『……そうですか! それは良かったですね!!』 だった。

ぼそぼそしゃべったせいで聞き取り損ねたか、もしくはAIの反逆か。

いずれにせよ、
その一言に止めをさされ、
――あずさはそのまま気を失った。

翌朝、
目が覚めた彼女は、
無我の境地で一気に原稿を完成させ、
その足で出版社に持ち込み、
見事にボツになりまた気を失い、
そのまま病院へ搬送されたのは余談である。

これは、
将来―それから何十年後にベストセラーを量産することになる一女性作家の、
過去のある些細な日常の一コマであった。

11/9/2025, 4:09:15 PM

心の境界線

 休日。賑わう真昼の繁華街――。
 独りでいつものようにウインドウショッピングを楽しんでいた。

 行き交う人混みの中を歩くのはそれなりに窮屈で苦労するが。
それでも、様々なお店が並ぶ街中を歩くのが唯一の趣味でもあった。

 通いなれたお店の安心する空気感。
 新しい何かとの出会いに触れるわくわく感。
 そんな“様々“が溢れる街を歩くのが――自分の心に“色が流れ込んでくる感覚“が、生きている喜びを感じさせてくれる楽しい一時だった。

 しかし――ふと、目に止まってしまう光景が、耳に届く音が、心にいつもひびを入れる。
 はしゃぐ幼子の手を繋ぐ母親。
 年老いた母の乗る車椅子を押す笑顔の青年。
 迎えに来た父親の車に乗る娘。
 何処からか聴こえてくる救急車のサイレン。
――胸に、激しく込み上げる感情と記憶の奔流。
 身体が心と剥がれかけ、身体の動きがぎくしゃくしだす。
 すぐ、よろよろとしながら足早にその場を離れた。

 賑わう繁華街から少し離れると、誰もいない寂れた裏路地に出る。
 そこには、夕暮れの茜と虫の声だけしかない、静かな空間が広がっている。

 すぐ近くの繁華街の喧騒と裏寂れた路地に広がる静寂の音。
 それはまるで、心に存在する“境界線“を表しているようだった。
 過去の“癒えない傷“と、今の“自分の人生“を歩き続けている時間。
曖昧な境界線の線上を、今日も時間の箱船に乗せられて未来へ進み続けるしか選択肢はないらしい。

11/8/2025, 5:24:18 PM

透明な羽根 ※ややホラー寄り。


カレンはその日、“頼まれ物“を渡すために教授の書斎に来ていた。
ノックをすると、中からはいつものように返事が返ってくる……はずだったのだが。
いくら待っても、部屋の中からは物音一つ聞こえなかった。

「教授……いらっしゃらないのかな」

カレンがノブを回すと、ドアには鍵がかかっておらず。
鈍く、軋んだ音を立ててドアが開いた。

「教授……勝手に入っちゃいますよー?」

悪いかな、とは少しだけ思いながら。
しかし、そこそこの重さのある手荷物をまた持ち帰る事はしたくなかった。
それに、そもそも“この時間に来い“と呼びつけたのは教授の方だ。
もし怒られても反論の論拠は十分にある、と自分を納得させて、カレンは教授の書斎に入っていった。

適当な空いている場所を探して“頼まれ物“の入った手提げ袋を置くと、カレンは何気なく教授の書斎を見回した。
――部屋はそこそこの広さがあり、背の高い書棚がいりくんだ迷路のようにいくつも並び、そこには見たことのない文字で書かれた分厚い本が隙間なく並べられていた。

もう、用事は済んでいるけど――。

好奇心に駆られたカレンは、部屋の奥へと
足を進めた。
奥にはまるで棚と本の山に囲まれるように大きな木製の机と椅子が一つ、壁に向かって置かれていた。

ふと、壁に掛けられていた『蝶の標本』が目に止まった。
その蝶は――大きな体躯に綺麗な透明の羽根を持ち、一目で素人にも“珍しい種類“だと分かる姿をしていた。

「綺麗……何て名前の蝶何だろう」

カレンは吸い込まれるように、半ば無意識にその蝶に手を伸ばして――。

「新種だ。 まだ、名前は付けていないよ」

突然、背後から教授の声がして、カレンは飛び上がり、伸ばした手を引っ込めた。

「教授……いつの間に! あっ……その、勝手に入ってしまってすみません」

「いや、いいよ。 呼んだのは私だ。……それより、その蝶に興味があるのかな?」

教授は、壁に掛けられていた大きな蝶の標本を指差した。

「あ、その、何となく眺めていただけで……でも、それにしても不思議な姿の蝶ですね」

カレンはその大きな蝶を眺めているうちに、何故か懐かしいような切ないような、“不思議な気持ち“が沸いてきた。

「この蝶……どこで見つけたんですか? 教授」

そうカレンが尋ねると、教授は噛み締めるようにゆっくりと、優しいトーンで語りだした。

「ああ……この蝶はね、少し前に南米のジャングルにフィールドワークに行った際に見つけたんだ。 最初は新種の発見に浮かれたさ。 学会にも、すぐにでも発表するつもりだった。……しかし」

「……教授?」

教授は、どこか見いられたようにその蝶の標本を見つめながら語り始めた。

「この蝶を見ていると……何故かは分からないが“全てが上手くいく“ような……そんな気がしてね。 不思議と手放すのが惜しくなって……標本にして、書斎に飾る事にしたんだ」

何だろう?――この感じ。
カレンはどこか、言い知れぬ違和感を感じていた。
思えばその違和感は、この新種の蝶の標本を目にした時から――膨らみ続けているような気がする。

「その、教授、お話し中大変申し訳ないのですが少し気分が優れなくなって……お話はまた今度聞かせてください」

カレンは少し気味が悪くなり始め、書斎から出ようと踵を返した。
その時だった。

「……えっ?」

カレンは、脇腹にかすかに衝撃を感じた。
確かめるように手をあてると――ぬるりとした嫌な感触が掌にじわりと広がっていく。

「きょ……う……じゅ?」

脇腹を押さえ、震えながらカレンが振り返ると……。
教授が小さなナイフを手に――恍惚の表情で笑っていた。

「あの蝶を手に入れてから、私は“何をしても上手くいく“……“何でも手に入る“……そんな気持ちが収まらなくなってしまってね……」

「な、ん……で? きょ……うじゅ……あの……蝶……は? いっ……たい」

カレンは床に倒れ付しながら、最後の力を振り絞り、顔を上げる。
透明だったはずの蝶の羽根は――教授の心に宿った狂気に呼応するかのように……いつの間にか深紅の禍々しい模様に変わっていた。

11/7/2025, 1:16:06 PM

灯火を囲んで

 夢は、夜と明けの間に通りすぎる儚い幻だ。
朝が来れば露と消え、見たことすら忘れてしまう。そんな存在だ。
 しかし、その夢の中には、時に何十年が過ぎても心に感情の残影を残し、現実に生きる最中にふと思い出してしまう。

 そんな夢もあるのだ。


 朝に降り始めた小雨はいつの間にか本降りになり、ひっきりなしに五月蝿く窓を叩き続けていた。

――四ノ村 月子(よのむら つきこ)は、その日もいつもの日常を過ごしていた。
 いつものように家を出て、いつものように近所のコンビニでレジに立ち。
慣れた手付きで仕事をこなしていた。

「いらっしゃいませ――」
「ありがとうございました――」

 一生分の挨拶を、一日半レジに立ち、見知らぬ赤の他人に向かってマニュアル通りに“心を込めて“繰り返し、終われば幾ばくかのお金が貰える――。
 楽ともいえないが苦とも言えない。
そこに特に思う所もなく、月子はこの仕事をもう何年も続けていた。

 そんな時間をいつものように過ごしていると、むつまじく腕をつなぐ老夫婦が、ゆっくりとややおぼつかない足取りで来店してきた。
 外にある傘立てには、赤い傘が一つだけ。――相合傘をして、ここまで寄り添って歩いて来たのだろうか。
 そのほほえましい光景を想像して、少しだけ笑みがこぼれた。

「いらっしゃいませー……」

 月子は、その老夫婦にいつも通り挨拶をする。
 何気ない、いつもの日常の一幕のはずだった。
 しかし瞬間――何故かふと既視感を感じた。
それも、妙に胸がざわつくような既視感を月子は感じていた。

――何だろう、この感じ。

 月子は心を静めようと思い、目を閉じて深く呼吸をする。
すると、ふと一つの記憶の蓋が空いた。

 それは――“灯火“だった。
頼りなく暗闇を照らす、一つの灯火。

 その周りを、何人かの見知らぬ人が囲み、黙って輪を作り動かぬままにただ時を過ごしていた。
 その中には――月子の姿もあった。

 でも、何かおかしい。
自分の記憶の中なのに、自分を外から見る事など出来るわけがない。
 なら、この記憶は誰の見た記憶だと言うのだろうか。

――そうか、きっと夢だ。忘れていた、いつか見た夢の記憶なのかも知れない。

 そう月子は結論付けると、目を開けた。

 すると、いつの間にか先ほどの老夫婦が、レジに並んで待っていた。
「大丈夫かい? 」
「具合でも良くないのか?」

「あっ……すみません、大丈夫です。 大変、失礼致しました。 すぐにお会計致します」

 慌てて月子はレジに置かれた商品をスキャンして袋に詰めていく。
 金額を読み上げ、置かれたお金をレジに入れてお釣りを渡す。

「若くっても、無理しちゃあダメよ。…… お仕事、頑張ってね」
 そう言って老夫婦は店を出ると、二人で相合傘を差して雨の向こうへと消えて行った。

「あ……。 ありがとうございました――」

 あまり客のこない、平日の半端な時間帯。
 本降りの雨も手伝って、あのあとすっかり客足は途絶えてしまい、店のレジには月子ひとりだけがぽつりと立ち続けていた。

――あの既視感は……何だったんだろう。
それに、あの夢。
 あれは、どんな意味がある夢だったのかな。

 月子は再び目を閉じる。
浮かんでくるのは現実の――自分の過去の出来事だった。
 幼い頃に両親が夜逃げし、アパートでひとりで泣いていた所を通報で駆けつけた警察官に保護された。そんな暗い記憶。

 そして、もう一つだけ忘れられない記憶がある。
 月子が5才の誕生日の日の夜の光景だ。
 それは、彼女にとって唯一の両親との楽しい一夜の記憶であると同時に――両親と過ごした最後の夜の記憶でもあった。

 忘れることの出来ない記憶が古傷を触り、胸がじくじくと痛む。

――もしも、お父さんとお母さんが今も生きていたら……きっと、さっきの老夫婦くらいの歳になっているのかな。

 また、合いたいなぁ。

 お父さんが笑って、お母さんも笑って。
それで、私の誕生日を祝うケーキがこたつの真ん中に置かれていて……。
 それを、私が吹き消すの。
「大きくなったね」ってお母さんが笑って言って、私の頭を撫でようとして。
私が照れて逃げながら誤魔化して。
「もう子供じゃないんだから」って言って。
 そしたら――お父さんが笑ってこう言うの。
「親にとっては、いつまでも子供は子供なんだから」って……――。

 そこで月子は、目を開ける。

 現実に帰ってくると、そこには相変わらず客のいないコンビニの店内と窓を叩く雨音だけがあった。
 月子は、止まない雨を降らせる灰色の空を、ただひとり店の中から見つめ続けていた。

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