心の境界線
休日。賑わう真昼の繁華街――。
独りでいつものようにウインドウショッピングを楽しんでいた。
行き交う人混みの中を歩くのはそれなりに窮屈で苦労するが。
それでも、様々なお店が並ぶ街中を歩くのが唯一の趣味でもあった。
通いなれたお店の安心する空気感。
新しい何かとの出会いに触れるわくわく感。
そんな“様々“が溢れる街を歩くのが――自分の心に“色が流れ込んでくる感覚“が、生きている喜びを感じさせてくれる楽しい一時だった。
しかし――ふと、目に止まってしまう光景が、耳に届く音が、心にいつもひびを入れる。
はしゃぐ幼子の手を繋ぐ母親。
年老いた母の乗る車椅子を押す笑顔の青年。
迎えに来た父親の車に乗る娘。
何処からか聴こえてくる救急車のサイレン。
――胸に、激しく込み上げる感情と記憶の奔流。
身体が心と剥がれかけ、身体の動きがぎくしゃくしだす。
すぐ、よろよろとしながら足早にその場を離れた。
賑わう繁華街から少し離れると、誰もいない寂れた裏路地に出る。
そこには、夕暮れの茜と虫の声だけしかない、静かな空間が広がっている。
すぐ近くの繁華街の喧騒と裏寂れた路地に広がる静寂の音。
それはまるで、心に存在する“境界線“を表しているようだった。
過去の“癒えない傷“と、今の“自分の人生“を歩き続けている時間。
曖昧な境界線の線上を、今日も時間の箱船に乗せられて未来へ進み続けるしか選択肢はないらしい。
11/9/2025, 4:09:15 PM