お題 冬支度
ジャンル ガールミーツガール
題名「十一月のクリスマス」
まだ秋の気配も残る十一月の頃だというのに、街には一足も二足も早くイルミネーションがまばらに飾られ始めていた。
クリスマスケーキの広告があちこちに置かれ――場所によっては最早“おせちの予約“まで取り始めている。
そんな忙しなさが、この十一月の街には満ち溢れていた。
そんな落ち着かない街から少しだけ離れた場所にある公園で、私は親友と二人でベンチに座り、吐く息も白い寒々とした夜の時間を過ごしていた。
「いやあ~壮観ですねー!皆さん、楽しそうです!」
そう言って、少し向こうに見える街のイルミネーションに目を輝かせて子供のようにはしゃいでいるのは――公園のベンチで隣り合って座る、私の小学生の頃からの親友である、“早坂さつき“だ。
「確かにキレイだけど、まだクリスマスは一月と少しは先よ ……ちょっと忙しなくないかしら?」
私――“一ノ瀬ユキ“は、目映い街の灯りに目を細めつつ、足早に行き交う向こう通りの人波を眺めながら素っ気なく返事をする。
最近――いや、もう私が小さい頃ぐらいからだろうか。
誰も彼もが“文字通り“現実から目をそらしながら忙しなく歩き回り、何でもかんでも電子化、簡略化、量産化……。
少し前、バスの降り口で小銭を入れてから金額を確認しようと三秒ほど立ち止まったら、電子マネー払いの後続のお客に割り込まれた上、撥ね飛ばされたこともある。
昔以上に、他人に合わせられない人間は……何処か、常に白い目で急かされているような気分になるくらい、今の世界は忙しなくなり続けているように感じる。
いや、しかし……もしかしたら私が古くさい人間なだけで――私の方が間違っているのだろうか……。
「一ノ瀬さん? どうしました?……ぼーっとしちゃって?……あ! さてはもしかして、徹夜でゲームとかしちゃってたりで寝不足、とか!? あーん!もう! それなら私も呼んでください!混ぜて欲しかったですよ~!?」
しばらく自問に耽り、黙って俯いていた私の顔を、突然さつきがぶつかるかと思うくらいの距離感でばっと覗きこんでくるやいなや、“新手の手話“かと見紛うほどのやかましい身振り手振りを交えてまくし立てて、私の思考を吹き飛ばす。
「あなたみたいな自堕落でテキトーな遊び人と一緒にしないで欲しいわね……少し寝不足なのは合っているけど。 そんな下らない理由じゃないわよ」
私は若干のけ反りつつ、脅かされた腹いせにわざと棘のある言い方で、冷たくあしらうように返す。
「ああん! 冷たい、冷たいですよぉ一ノ瀬さん!! 泣きますよ、私泣くと面倒くさいですよ? いいんですか!? おいおいおいおいおよよよよ……」
本職が役者である彼女にとっては感泣すら自在である。
彼女が本気で“演じ“れば――その涙が本物かどうかは古い付き合いである私にも分からないだろうが……これは流石に“おちょくられているだけ“だと分かる。
「ところで、一ノ瀬さんはそんな貴重な私とのデート中に、何をそんなにお悩み中の中納言だったのでしょうか?」
けろっとヘタクソな泣き真似を中断して、さつきがまじまじと大きな瞳で私を見つめてくる。まるで飼い主に纏わりつく犬のような“純粋に見える瞳“で。
「別に……。 さっき言ったでしょう、“少し寝不足“だって。 それだけよ。 気にしないで」
私は心の中まで覗かれているようで落ち着かず、思わず目を反らす。
「……ふ~ん。 そうですかそうですかー……“寝不足なだけ“ですか」
「な、なによ……」
やや圧力を感じるような間を置いて、さつきが問い詰めてくる。
「 嘘つきは泥棒の始まりってご存知です? 私に嘘つこうなんて、百年経ってもまだ早いです。 分かりますもん、一ノ瀬さんの顔は何せ分かりやすいですから。 シャーロックホームズを呼びつける必要すらありません」
早口でまくし立てながら、さつきはまた私の顔を覗きこんでくる。
さつきは私が答えるまで顔を覗きこんでくるつもりだろうか……。
私がまた視線に耐えかねて顔を反らすと、さつきは私の動きに合わせて猫のように――顔だけを動かして、パントマイムのように追尾してくる。
器用を通り越して奇妙というか、不気味極まりない。
私は、観念して答える。
「そうね……本当は、寝不足で疲れているだけじゃないわ」
私は、ただひとりの親友であるさつきに、本当の悩みを打ち明けた。
「最近、何もかもが……忙しなく感じて付いていけなくなる事が多くなって。誰も彼も話が合わなくて疲れちゃって……私が悪いのかしらって考えちゃって……」
――洪水のような世界のニュース映像から知ったことではない赤の他人の痴情話に、ソース不明の無責任な健康情報……。
この世界は玉石混淆の悪意と善意の騒音が“テレビ“や“インターネット“や“人間“を通じて伝播し、まるで禍々しく薄汚い“虫の沸いた情報の並ぶビュッフェ“と化している。
しかし、現実は変えられない。それどころかきっとこの先はさらなる地獄へと進んでいくのだろう。
私は、そんな世界に馴染めないまま生きていくのに、はっきりとした疲れを感じ始めていた。
そんな最近の心の内を、私は俯いたままさつきに向かい吐露する。
こんな話――親友のさつきはおろか、大学の友達や教授にすら話したことはない。
暗いやつだ、おかしなやつだ、と思われただろうか。
私がそう考えて目を伏せていると、さつきは先ほどから変わらない明るい声で、応える。
「なるほど~。 うん。 やっぱり一ノ瀬さんは真面目ですねぇー」
「からかうつもりなら、好きにして頂戴。 馬鹿に無駄なこと考えてることぐらい、自分でも……」
「はい! ストーーップです!!」
突然、さつきが大声をあげる。
真隣で叫ばれて本気でびっくりした私は、思わず石のように固まってしまう。
「一ノ瀬ユキさん!」
「な、なによ」
「私の目を、し――っかり、見てください」
「???」
「顔もちゃんとこっち向けて! ほらほら、早く早く!!」
言われるまま、正面からさつきの顔を見て目をしっかり合わせる。
ベンチに隣り合って座り、顔だけを向けて見つめ合う――まるで、恋人同士がするようなポージングのまま固まっていると……。
突然――――さつきに唇を奪われた。
「…………えっ」
それは――一瞬の出来事だった。
私は思わず唇を押さえる。
「……さつ……き?」
呆然としてさつきを見ると、いつもより少しだけ赤い頬をして、さつきが言う。
「んへへ……びっくり、しましたか?……あ、ほら、よく言うじゃないですか!“落ち込んだ人には猫騙し“って!!」
「き、聞いたことないわよ…… なによ、それ……。 ていうか、今あなた――な、何をして……」
「まあ、今私が作りましたからね! 知ってたらびっくりしますよ、私が」
さつきは、何事もなかったかのように飄々と応える。
「あ、あなたの頭は一体、どうなってるのよ……」
……多分、さつきは産まれて来た時、神様が間違えて“言語野“と“脊椎“を直列で繋げてしまったのだろう。
思えば、この子がちゃんと何かしら考えて喋ったり行動していると感じた事は……出会った頃から一度もなかった気がする。
でも、同時に、そんな彼女に私は何度も、何度も、何度も……救われてきた気がする。
しかし、それにしても…………。
私は、思わず唇を指でなぞる。
さっきの感触が甦ってきて――思わず顔が熱くなる。
私がどうしたらいいのか、とまた俯いたまま時を止めていると、唐突にさつきがベンチから ばっ と立ち上がり、私の手を引いて走り出した。
「さて! 冷えてきてそろそろ限界です! ファミレスにでも移動しましょう、一ノ瀬さん!!」
走りながら、さつきが声を張り上げる。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ! いきなり走り出さないでよ!?」
私も、負けじと声を張り上げる。
早坂さつきという存在が放つ“光“が、私に纏わりつく暗澹とした世界や思考の何もかもをいとも簡単に吹き飛ばして――私の心を晴れた青空に変えていくようだった。
まるで――太陽のような彼女の手に引かれて、私は夜の公園から街へと続く遊歩道を走り続けていた。
公園から街までは、走ればたった五分弱の距離のはずなのに――どうしてだろう。
さつきと一緒に走るこの時間は永遠のように永く、永く感じられた。
私の手を引いて前を走るさつきが走りながら一瞬振り返り、弾けるような笑顔を見せた。
その時、私は――例えこの先、世界が地獄へ向かって行くとしても。
世界の全てが私を置いて行ってしまっても。
さつきと一緒なら、きっと歩いていける、と。
私はさつきの笑顔を見て――そんな風に思ってしまっていた。
街は相変わらず季節を先取りしようと躍起になって煌めいていた。
私たちは、少し気の早い“十一月のクリスマス“のイルミネーションが彩る街中を、二人きりで足早に駆け抜けて行った。
お題『時を止めて』
題名「魔法少女も一苦労」
ある朝目が覚めると、至って平凡な女子高生だった「霧月むく」は――“時間停止能力“という『魔法』を手に入れていた。
一番に霧月が考えたことは――。
「時間を気にせず片付けが出来る!」だった。
しかし――。
「ふっ! むっ! ……んぐぎいぃぃぃいぃぃいぃいぃ!!」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、霧月は大の字に床に倒れこんだ。
止まった時間の中では……原理は不明だが、どうやら『床に置いてある物』は動かせなくなるらしい。
なんなら、ついさっき『床に落ちていた埃の塊につまづいて転ぶ』という一生起こり得ないであろう体験をしたばかりだ。
これでは散らかった本やゲームやらの片付けはおろか、掃除すら出来やしない。
次に思い付いたのは、“水の上を歩く“
という、子供の頃の夢の実現だった。
魔法少女物のアニメを見るたび、密かに憧れていた夢の一つだった。
霧月はさっそくうきうきした様子で近くの公園に行き、躊躇なく池の上に飛び乗った。
しかし――。
「……なんか、違う」
確かに歩けはした。
歩けはしたが――足元の水はなんか気色悪いスライム状になっていて……。
なんなら、じっとしていると沈んでいく有り様だった。
「……もうやだ」
霧月は、せっかく手に入れた魔法が“まるで役に立たない“と悟ると、むっと頬を膨らませ、涙を滲ませた。
ほどなくして諦めたようにため息をついた霧月は、『魔法』を解除しようと手をかざし――。
「……あれ? これ、どうやって解除すればいいんだろう?」
そう、この魔法は霧月が朝起きた時に――寝ぼけまなこでほとんど記憶もないままに“何か“をした後、発動したものだった。
発動した条件が思い出せない。それが何か分からなければ――解除なんて出来るはずもない。
「解除! 戻れ! 動け! 時間よ動け! 進め!!……」
思い付く限りのキーワードを滅多打ちに叫び続けるが――時間は止まったまま世界はびくとも動かなかった。
まずい。
“朝起きたら魔法少女になっていた件“ならまだしも、“魔法が解ける頃には私だけおばあちゃんになっていた件“など何も嬉しくない。
というか、自分の魔法で自爆する魔法少女など聞いたことがない。あんまりだ。
流石にひどすぎる。
「誰か……誰か」
半泣きでおろおろと辺りを見回す霧月だったが当然助けてくれる者などいない。
と思っていた――その時だった。
「――あなたも魔法を使える、の?」
後ろから、か細いウィスパーボイスが聞こえた。
振り返ると、そこには宙にふわふわと浮いている色白の美少女がいた。
年は……小学生?女児?
「……高校生。 あなたと同じ、年? かな?」
「テレパシー!? あなた二つ魔法を使えるの?」
「口に出てた」
「あ、ごめん……。 えと、私霧月。 霧月むく! よろしくね!」
「……私は、南雲さなえ。 よろし、く」
霧月の失言で一瞬ぴりついた空気を誤魔化すように早口で自己紹介をし、それに南雲が応えて言葉を返す。
――助かった!!同じ“魔法少女“に目覚めた子がいたんだ!!
と一瞬、霧月は喜んだが――さっきから“あること“が気になって仕方なかった。
「あの……南雲さん、何でさっきっからずっと“宙に浮いたまま“会話してるの……かな?」
しかも、ずっと階段三つ分くらいの微妙な高さに浮いたままで、南雲は会話を続けていた。
嫌な予感はしつつも、余りの不自然な光景に霧月はスルーしきれなかった。
返ってきた答えは――。
「……降りられなくなった、の」
しっかりと、予想の通りだった。
でしょうね、と霧月は大きくため息をついた。
予想通りで……しかし、あんまり聞きたくなかった答えがか細い声で返ってきた。
「……私は、ちょっと身長を高くしたかった、だけなのに……およよよ、よ……」
無表情のまま声だけで妙な泣き真似をする南雲にツッコむ気力も沸かず、霧月はその場にへたりこんだ。その時だった。
「困っているようデスね、二人とも」
凛とした、よく通る声が空気を変える。
二人が振り返ると、金髪のロングヘアーをたなびかせた長身の美少女がいつの間にかそこに立っていた。しかし。
――まーた、へんなのが増えた……。
霧月はもはや一切の期待を捨てて、この時の止まった地球で朽ち果てる覚悟を心の中で決めつつあった。
「私はノア=フレンフォートと申しマス。 そこの教会でシスターやってル。 あこれ名刺デス」
「あ、ども……」
反射的に受け取った名刺には、ずいぶんポップな字体で『アナタの懺悔、聞かせてくだサイ! 今なら初回無料デス♡』
と書かれていた。なにこれ。
「え、初回ってことは次からお金取るの?……生臭シスターじゃん……」
「何カ?」
「いいえ、何も」
危ない、また思わず口に出てしまった。
霧月は、また早口で話題を変える。
「あなたは……どんな“魔法“を使えるの?」
霧月が単刀直入に聞く。
ノアさんはもしかしたら“半端に宙に浮いたまま降りられなくなったり“、“寝ぼけて発動した魔法が解除出来ず半泣きで助けを求めて彷徨い歩く“ような、そんな間抜けな“魔法少女“でない、かもしれないと。
一縷の望みを持って答えを待つ。
ふと、さっきから全く会話に入ってこない南雲が気になり、ちらっと横目で見ると……南雲は宙に浮いたまま――居眠りし始めていた。
この状況で凄まじい胆力だ、と霧月は感心するしかなかった。
霧月は再びノアを見る。
少し考えてから、ノアが口を開く。
「私の“魔法“はそうデスねェ……。 “要らないと思ったものを消す魔法“、みたいなカンジでショウか?」
……想定外に凶悪な魔法だった。
“時間停止“、“空中浮遊“、ときてまさかの“世界滅ぼせる系“とは……神様の考えることは人間には理解できない、と霧月は思った。
「……使ったん……ですか?」
霧月は思わず聞いてしまう。
「ん~……使った記憶はナイんデスけどねー。 どうナンでしょうネ?」
とりあえず、彼女だけは怒らせないようにしようと霧月は思った。
そこでふと、霧月は“あること“を思い付いた。
「あの」
「何でショウ?」
霧月は、一呼吸置いてから思い付いたことをノアに切り出した。
「――魔法、“要らない“と思いませんか?」
その瞬間、世界が反転し、暗転し、霧月の意識は宇宙へと放り出された――。
いつもの朝。気だるい朝日がカーテンの隙間から差し込む午前のひととき。
やかましい目覚まし時計を叩けば、しんと静まり返る何時もの朝の時間が訪れる。
「……戻って、これた?」
鳥のさえずりと町の営みの音が、一日の始まりを告げる。
見渡すと、見慣れた光景――散らかった自分の部屋が広がっていた。
「へんな夢、だったなぁ……ほんとに夢だったのかな? いや、流石に夢か」
ベッドの上。布団の中で霧月は独り呟いた。
――ともあれ……やっぱり、魔法なんて漫画のなかで見るのが一番だ。
霧月は、伸びを一つするとベッドから起きあがり、カーテンを開けた。
まぶしい朝日が迎えてくれる、日常の始まりを感じる瞬間。
「やっぱり、普通が一番いいや」
霧月はそう呟くと、制服に着替えて支度を済ませて学校へ向かう。
玄関を開けると、そこには見慣れた遊歩道と桜並木が出迎えてくれた。
キンモクセイ
白銀の透き通るような髪をなびかせながら、エルフの少女は茜差す秋の森の中で歌っていた。
少女の歌声に応えるようにたおやかな風が泣き、木々が一斉にざわめき、色とりどりの花が踊り始める。
まるで、自然その物が少女を祝福しているような――夢の中にいるような幻想的な光景だった。
エルフの少女は歌い終わると静かに木の根に腰を下ろし、ポケットから何かを取り出した。
それは、いつかの旅人がくれた―一輪の黄色い花があしらわれた小さなブローチだった。
エルフの少女は、その旅人との会話を思い出す――。
曰く、その旅人は――『とある遥か遠い異国の国』からこの森へ迷いこんだという。
その旅人の居た国では、この国で言う“魔術“のような、“科学“という神秘があるらしく。
人々はその“科学“を使い文明を発展させ……何もかもが便利で安全な暮らしを送れるようになっている……のだとか。
しかし、同時に手付かずの美しい自然も一部には残っており、四季も美しい国だという。
そうして、様々な文化や食や人々が隔たりなく交わる、争いのない国なのだと言う。
聞くほどに楽園のように思えるその国からきたはずの旅人は――何故だろうか。
どこか疲れきった顔をしているようにも見えた。
そうして、色々な話を聞くうちに少女は旅人と打ち解け、寄り添い会うように二人は笑い、歌い、朝まで話した。
永く、しかしたった一夜の短い時の間の出来事だった。
朝日が森に差し始めた頃、旅人はポケットから何かを取り出し、少女に手渡した。
話に付き合ってくれたお礼、と言って、旅人が少女の両の手に握らせたそれは――小さなブローチだった。
それは、見たことのない小さな黄色い花があしらわれた綺麗なブローチだった。
旅人は、この花言葉が……君にぴったりだなと思って。と、少し照れ臭そうに笑いながら言った。
――この花は?、と少女は問いかけるが。今度また会えたら教えるよ、とはぐらかされてしまい。
旅人は、もう行かなくてはと重い腰を上げて歩き始めた。
しばらくすると、ふと立ち止まり、振り返らずに少女にこう言った。
――ありがとう。楽しかった。
その一言を残して――その旅人とはそれっきり二度と会うことはなかった。
エルフの少女は、今日もこの森で歌う。
あの日、あの旅人と出会った場所で。
あの日、あの旅人と歌った歌を口ずさめば――この知らない花の名前を教えると言った約束を思い出した彼が、また会いに来てくれる。
そんな、気がして。
※作中の曲は自作です。頑張って解読すると一応、実際にメロディになります。
題「行かないでと、願ったのに」
ある秋の夜――。
その日、アリシアは何故か寝付けず……仕方なくベッドから起き上がりカーテンを開ける。
窓を開ければ月明かりと優しい夜風が通りすぎて――そこには大切な人と寄り添い見ていた景色が、今も変わらずそこにある。
ああ、そうか。今日は――あなたと初めて出会った日だったよね。
ただ、独り。今は、ただ独りで、アリシアは想いを音に乗せ、ヴァイオリンを奏でる。
その音色は限り無く広がり、遠く離れた夜空に溶けてはほどけ、消えていくようだった。
彼が初めてヴァイオリンを教えてくれた日のことが甦る。
――これはね、♭が六つだから変ト長調って言うんだよ。
――何それ、ヘンテコな名前……。
――笑うなよ~……真面目に教えてるんだぞ、全く……。
―ごめん、ごめん……。
楽譜の読み方から……飽きっぽい私の機嫌を取りながら、あなたはめげずに教えてくれたよね――。
優しい……本当に優しい人だったね。
彼女は、彼が最初に教えてくれた――彼が大好きだった曲を、口ずさみながら奏でた。
変ト長調。題名は……「大切なあなたへ」だったかな。
……Fドシドレ/Gレードドー……/Emドシドレ/Amレーソ↑ド↓ー。
/B♭onF ファミド/Gsus4ラシドソ↓/Dレ↑ードーレミ~/E……G#m♭5ソファミレ……。
――顎が痛い……音が綺麗に鳴ってくれない……私、ヴァイオリンに嫌われてるのかしら……。
――まだ始めたばかりじゃ仕方ないよ。アリシア。まあそう焦らないで。……少し休もう。
ハミングとヴァイオリンが鳴らす一音、一音毎に、遠い日の思い出が聴こえてくる気がした。
……Fドシドレ/Gレードドー。
/Fadd9ファ↑ミファソ/GラーCシドー……。
/Dm7ドー、ソー↓レ↑/Fドー、ソー↓ド↑/Gシーー……。
/C ドシソミファソドー↓……。
今ではもう何も考えなくても、指が勝手に弾いてくれるようになった。
でも――一番、聴いて欲しかった人は。もう同じ空の下にいない。
音はいつしか哀しみを含み、アリシアの心を痛いほどに叩いた。
それでも、最後までアリシアは演奏した。彼が側に居て、最後まで聴いてくれているかも知れない、と。――そう、思いたかったから。
演奏が終わると、夜の静寂が戻って来る。
アリシアの頬を、空知らぬ雨が濡らしていく。
ヴァイオリンを傍らに置き、アリシアはただ独り窓辺に立ち、いつまでも遠い遠い夜空を独り、ただ眺めていた。
お題:秘密の標本
タイトル『それはどうなの、しののめさん?~学校一の美少女委員長が、オカルトマニアで変人だった件』
“プロローグ“
――東雲 はるか(しののめ はるか)
腰まで届く長く艶やかな黒髪に、凛とした真っ直ぐな視線とその姿。
彼女は、この学校一の美少女であり、『文武両道の大和撫子』なお嬢様でクラスでは委員長を務めている。
校内には男女混合のファンクラブが存在する程で。しかし、あまりに眩しすぎて妬むものすら一人もいない。
まさに地球最後の清廉潔白にして唯一無二の希少な存在だ。
……しかし――それはあくまで『表の顔』でありまして……。
「ねぇ……清一郎さん。 今日も私の家に来てくれますか?……また、どうしても『見せたいもの』があるの――」
放課後――。
帰り際。誰もいない教室。
隣の席で荷物を纏めている俺の耳元に顔を寄せて、色っぽくくすぐるような囁き声で用件を伝えて立ち去る東雲はるか。
俺は、『いつものアレ』がまた始まるのか……とため息を付きつつも――結局は好奇心から誘われるまま彼女の家に招かれてしまう。
彼女は自宅に入るなり、足早に靴を脱いで奥の部屋に入っていき、こいこいと俺に手招きをする。
そこは彼女の自室であり……『二人だけの秘密基地』でもあった。
「……もう何百回も見せてますけど……やっぱりいつもドキドキしますね……」
はるかが、そう言って――奥の襖を一気に開けた。
かなり広い和室の中には――右手の棚にはずらりと並ぶ、西洋人形。
左手の棚には、同じくずらりと並ぶ日本人形がこちらを見つめている。
そして、正面の壁には……用途不明のオブジェのようなものから、南米のお土産みたいな嫌にでかい不気味なお面が丁寧に飾られていた。
「今日見せたかったのは~……そう、これです! 『実際に使われたらしい中世の拷問器具』!! で……こっちは『夜な夜な髪の毛が伸び縮みする日本人形』!」
はるかは弾むような声で、まるで生まれたばかりの我が子を愛でる母親のように、満面の笑顔で日本人形を抱きあげて愛おしそうに髪を撫でている。
「うふふ、可愛いでしょう? この子たちの禍々しいオーラ……マイナスイオンより癒されますわぁ……」
そう。彼女の『本当の顔』――彼女が「変人に片足突っ込んだレベルのオカルトマニア」だと言うことを知っているのは……地球上では、彼女の幼馴染みである俺――「八雲 清一郎」ただひとりだけだと思う。……多分。
第一章“秘密の標本“
七月のはじめ――。
本格的な夏の訪れを伝えるかのように太陽が張り切りはじめ、雲一つない青空の下で蝉たちが一斉に鳴き始めていた。
そんなアウトドア日和の“東京“の今日この頃を無視して、幼馴染みである「東雲 はるか」と「八雲 清一郎」の二人はクーラーの効いた室内で日曜日を過ごしていた。
「あの……清一郎さんは『どの子』が一番お好きでしょうか?」
はるかが振り向き、ソファーに座りオレンジジュースを飲んで涼んでいた清一郎に向かって笑顔で尋ねる。
……『どの子』というのは、決してごくありふれた『シリーズもののアニメフィギュア』や『テディベアのコレクション』のこと、ではない。
ずらりと部屋を埋め尽くす――東雲はるかが全国から集めたガチの『オカルトグッズ』の数々のことである。
人形、お面、アクセサリーに妙な形のオブジェの数々……――。
気のせいか、いつ来てもあちこちから視線を感じるし。
何をどう答えてもどれかから何かしら呪われそうで……清一郎は答えに詰まった。
――はるかがオカルトグッズ集めにはまり出したのは、小学六年生の頃。
丁度――事故で両親を亡くした後ぐらいの時期だった。
最初は清一郎も不気味に思い、はるかの家にまでは行かなくなっていた時期もあったが……。
はるかが嬉しそうに『この子たち』について語る様子をみる内に、再び家に行くようになっていたのだった。
「……そ、それよりはるか。 何かLINE来てたみたいだぞ? 見たほうがいいんじゃないか?」
清一郎が話題をそらすようにはるかのスマホを指差す。
見ると、確かに通知を知らせるランプがさっきから点滅していた。
「あ、ほんとですね。……え!嘘!?やったーーー!!!」
LINEのメッセージを見るや、いきなりはるかが大声をあげ、清一郎が思わず飲んでいたジュースを吹き出しかける。
「な、なんだよいきなり! 脅かすなっての! ……何かあったのか?」
口元をティッシュで拭いながら、清一郎が抗議の声をあげる。
「ずーーー……っと、探してた“秘密の標本“が、東京の古書店にあるって……オカサーの友達からリークが来たんです!!」
「なんだよソレ……本の題名、か?」
「その通り!! うふふ……早く会いたいです……えっと、場所は……」
清一郎も気になり、LINEの表示されたはるかのスマホの画面を後ろから覗く。
「「……え?」」
二人、同時に感嘆の声を出す。
その古書店のある場所は――はるかの家から徒歩五分ほどの、住宅街の只中だった。
「灯台下暗し……うふふ。 まさかこんなに近くに、こんなステキな場所があるなんて知らなかったです……」
夏の日差しが照りつける、閑静な現代建築の住宅が集まるその隙間に挟まるように、その古書店は存在していた。
古びた、木造の倉庫と見紛うようなぼろぼろの小さな一軒家。
まるで時間の止まったようなその存在感に、思わず清一郎は唾を呑んだ。
「お邪魔いたしまーす……」
雰囲気に釣られてか、はるかが少しトーンを落とした声で店の中に入っていく。
清一郎もはるかの後ろから少し遅れて店に入っていく。
店内は背の高い木製の本棚が所狭しと並び、人が一人通るのがやっとなぐらいの狭さで、ほこりと古本の匂いに充ちていた。
照明も、外が快晴の真昼であることを忘れる程に暗く静かで……どこか空気もひんやりとしていた。
奥まで進むと、小さく外から蝉の声が聞こえるだけで、木の床板を軋ませる自分の足音すらうるさいぐらいだ。
「すみませーん……『秘密の標本』という題名の本を探しているのですが……どなたかいらっしゃいませんか~?」
はるかがカウンターらしき場所に向かって声をかける。
しかし――誰の返事もかえってこない。
……それどころか、物音一つ聞こえない。
「……お昼だし、メシでも食いに言ってるんじゃないか?」
自分のスマホで時刻を確認しながら、清一郎が呟く。
「でも、お店は開きっぱなしでしたよ? それって何だかおかしな話じゃないですか?」
確かにはるかの言う通りだ。と清一郎は思った。
失礼ながら、店には特に忍び込んでまで盗みたくなるような物はなさそうだし……単にざっくばらんな性格の店主なのかも知れない。
いや、それでも店を開けたまま何処かに行ってしまうなんて、無用心というよりも不自然まである、か?
そう清一郎が考えていると、後ろからどさん、と重たい何かが落ちるような音が聞こえた。
二人が振り返ると――床に一冊の赤茶けた分厚い本が落ちていた。
……風もないのに独りでに本が? ていうか、あんな重そうな本が勝手に落ちるか?
清一郎が不審に思い足を止めていると、はるかが臆せずに歩を進め、その分厚い古書を拾った。
そして、本の題名を確認したはるかの瞳が、ぱあっと輝く。
「“秘密の標本“……これですわ。 この本です!」
興奮してつい大きな声を出してしまい、はるかが自分の口元を押さえた。
その時――。
「あんた、その本、欲しいのかい」
いつの間にか、二人の後ろに一人の背の低い腰の曲がった老婆が立っていた。
清一郎が思わず飛び上がり後退する。
しかし、やはりはるかは臆せず前に出て、老婆に話しかける。
「私、この本をずっと前から探していまして……おいくらでお譲り頂けますか?」
すると、老婆は踵を返して店の奥へと歩いて行きながら、背中越しにはるかに返事をする。
「変わった子だねぇ……そんな“物騒な本“、処分に困っていたくらいさ。……タダで良いからさっさと勝手に持っていっておくれよ」
そう言って、老婆は返事も待たずに店の奥へと消えて行ってしまった。
「……良いのでしょうか?」
「……いいんじゃないか? 店の主?がああ言ってんだし」
正直、この不気味な場所から一刻も早く出たかった清一郎は、テキトーな相槌を打ってはるかの背中を押した。
「まあ……確かに。 むしろ持って行って欲しそうでしたし。 何よりご好意を無下にするのは失礼ですよね? うん、その通りです。 違いありません、ねっ?」
はるかはぎゅっと大事そうに本を抱えると、自分を納得させるように言葉を並べ立てながら、揚々とした足取りで店の外に向かって歩き出す。
はるかの嬉しそうな様子を見て、一件落着とばかりに清一郎も後に続こうとする、が――。
……“物騒な本“、って何だ?
ふと清一郎の脳裏に先ほどの会話がふと思い出される――とその時。
「おーい、どうしたんですかー? 先に帰っちゃいますよー?」
店の外からはるかに声をかけられ、はっと清一郎は思考を中断し、慌ててはるかの後を追いかけて店を出た――。
はるかの部屋に戻ると、清一郎は柔らかいソファーのクッションとエアコンの涼しい風に包まれて、少しほっとする。
「でもこんなにあっさりと手に入るなんて……何だか運命を感じてしまいます」
はるかがうっとりとした表情で、先ほど手に入れたばかりのお目当てだった本の表紙を優しく指でなぞる。
「はるか……その、喜んでるところなんだけどさ。 その本ってどんな『曰く』が付いてる本なんだ?」
清一郎が、何気無く興味本意で質問すると――。
「ああ、この本ですか? これは『読むと死ぬ』と言われている呪本(じゅほん)ですわ」
あっさりとしたトーンで、とんでもない答えが返ってきた。
「試しに読んでみますか?」
そう言って、はるかが本を開きかける。
「ばっ……やめろ!!」
清一郎が飛び掛かってはるかの手を押さえる。
「うふふ、冗談ですよ? そんなに慌てなくても開いたりしません、大丈夫ですよ」
悪戯っぽく微笑むはるかとは対照的に、清一郎は必死の形相だった。
『読んだら死ぬ本』、なんて確かに非現実的な代物だ。
だが、あのお婆さんの“物騒な本“という謎のワードと、はるかの言った“読んだら死ぬ本“というワードがかっちり噛み合っていて。
清一郎には最早、はるかが手に持つその本が『ラジウム鉱石』並の危険物に見えて仕様がなかった。
「頼むから、早くその危険物をコレクション棚にしまってくれ。 落ち着けやしない」
「あら、ごめんなさい。……でも、もう少しだけよろしいでしょうか? ああ、良い感じの邪気を感じます。 癒されます……」
恍惚としながら呪本に頬擦りするはるかの無邪気な笑顔は、子供の頃――両親を亡くした時の……あの“何処までも続く暗闇のトンネル“を見つめているような絶望は、影も見えなかった。
「その趣味は、まだ理解出来ないけどな……」
嬉しそうに本を掲げて表紙を見つめたり、抱き締めたりしているはるかを苦笑しつつ見つめる清一郎の眼差しはどこか優しかった――。
「あ、落としちゃった」
間の抜けたはるかの声と共に手から本が滑り落ち、床を転がり、ソファーで寛いでいた俺の足に直撃し、思いっきり“ごかいちょう“してしまい――俺の視界は、ばっちり開かれた本を捉えてしまった。
「ぐあああああ!!目が、目があああ!!」
「清一郎さん!! 気を確かに!! 大丈夫、まだ端っこだけ、ちらっと端っこだけです!!」
「バカやろおおお!! ふざけるなあああ!!!」
閑静な住宅街に、二人の絶叫が木霊する。
東雲はるかと八雲清一郎の二人の“秘密のオカルトアイテムツアー“は、まだ始まったばかりで――これからも続いていくのだ。
〆
/11/03/追記※はるかの口調 その他微細な表現を訂正。