秋茜

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お題 冬支度

ジャンル ガールミーツガール
題名「十一月のクリスマス」

 まだ秋の気配も残る十一月の頃だというのに、街には一足も二足も早くイルミネーションがまばらに飾られ始めていた。
 クリスマスケーキの広告があちこちに置かれ――場所によっては最早“おせちの予約“まで取り始めている。

 そんな忙しなさが、この十一月の街には満ち溢れていた。

 そんな落ち着かない街から少しだけ離れた場所にある公園で、私は親友と二人でベンチに座り、吐く息も白い寒々とした夜の時間を過ごしていた。

「いやあ~壮観ですねー!皆さん、楽しそうです!」

 そう言って、少し向こうに見える街のイルミネーションに目を輝かせて子供のようにはしゃいでいるのは――公園のベンチで隣り合って座る、私の小学生の頃からの親友である、“早坂さつき“だ。

「確かにキレイだけど、まだクリスマスは一月と少しは先よ ……ちょっと忙しなくないかしら?」

私――“一ノ瀬ユキ“は、目映い街の灯りに目を細めつつ、足早に行き交う向こう通りの人波を眺めながら素っ気なく返事をする。

 最近――いや、もう私が小さい頃ぐらいからだろうか。
 誰も彼もが“文字通り“現実から目をそらしながら忙しなく歩き回り、何でもかんでも電子化、簡略化、量産化……。
 少し前、バスの降り口で小銭を入れてから金額を確認しようと三秒ほど立ち止まったら、電子マネー払いの後続のお客に割り込まれた上、撥ね飛ばされたこともある。

 昔以上に、他人に合わせられない人間は……何処か、常に白い目で急かされているような気分になるくらい、今の世界は忙しなくなり続けているように感じる。
 いや、しかし……もしかしたら私が古くさい人間なだけで――私の方が間違っているのだろうか……。

「一ノ瀬さん? どうしました?……ぼーっとしちゃって?……あ! さてはもしかして、徹夜でゲームとかしちゃってたりで寝不足、とか!? あーん!もう! それなら私も呼んでください!混ぜて欲しかったですよ~!?」

 しばらく自問に耽り、黙って俯いていた私の顔を、突然さつきがぶつかるかと思うくらいの距離感でばっと覗きこんでくるやいなや、“新手の手話“かと見紛うほどのやかましい身振り手振りを交えてまくし立てて、私の思考を吹き飛ばす。

「あなたみたいな自堕落でテキトーな遊び人と一緒にしないで欲しいわね……少し寝不足なのは合っているけど。 そんな下らない理由じゃないわよ」

私は若干のけ反りつつ、脅かされた腹いせにわざと棘のある言い方で、冷たくあしらうように返す。

「ああん! 冷たい、冷たいですよぉ一ノ瀬さん!! 泣きますよ、私泣くと面倒くさいですよ? いいんですか!? おいおいおいおいおよよよよ……」
 本職が役者である彼女にとっては感泣すら自在である。
彼女が本気で“演じ“れば――その涙が本物かどうかは古い付き合いである私にも分からないだろうが……これは流石に“おちょくられているだけ“だと分かる。

「ところで、一ノ瀬さんはそんな貴重な私とのデート中に、何をそんなにお悩み中の中納言だったのでしょうか?」

けろっとヘタクソな泣き真似を中断して、さつきがまじまじと大きな瞳で私を見つめてくる。まるで飼い主に纏わりつく犬のような“純粋に見える瞳“で。

「別に……。 さっき言ったでしょう、“少し寝不足“だって。 それだけよ。 気にしないで」

私は心の中まで覗かれているようで落ち着かず、思わず目を反らす。

「……ふ~ん。 そうですかそうですかー……“寝不足なだけ“ですか」

「な、なによ……」

 やや圧力を感じるような間を置いて、さつきが問い詰めてくる。

「 嘘つきは泥棒の始まりってご存知です? 私に嘘つこうなんて、百年経ってもまだ早いです。 分かりますもん、一ノ瀬さんの顔は何せ分かりやすいですから。 シャーロックホームズを呼びつける必要すらありません」

早口でまくし立てながら、さつきはまた私の顔を覗きこんでくる。
さつきは私が答えるまで顔を覗きこんでくるつもりだろうか……。

私がまた視線に耐えかねて顔を反らすと、さつきは私の動きに合わせて猫のように――顔だけを動かして、パントマイムのように追尾してくる。
器用を通り越して奇妙というか、不気味極まりない。
私は、観念して答える。

「そうね……本当は、寝不足で疲れているだけじゃないわ」

私は、ただひとりの親友であるさつきに、本当の悩みを打ち明けた。

「最近、何もかもが……忙しなく感じて付いていけなくなる事が多くなって。誰も彼も話が合わなくて疲れちゃって……私が悪いのかしらって考えちゃって……」

 ――洪水のような世界のニュース映像から知ったことではない赤の他人の痴情話に、ソース不明の無責任な健康情報……。
 この世界は玉石混淆の悪意と善意の騒音が“テレビ“や“インターネット“や“人間“を通じて伝播し、まるで禍々しく薄汚い“虫の沸いた情報の並ぶビュッフェ“と化している。
しかし、現実は変えられない。それどころかきっとこの先はさらなる地獄へと進んでいくのだろう。
 私は、そんな世界に馴染めないまま生きていくのに、はっきりとした疲れを感じ始めていた。

 そんな最近の心の内を、私は俯いたままさつきに向かい吐露する。
 こんな話――親友のさつきはおろか、大学の友達や教授にすら話したことはない。
暗いやつだ、おかしなやつだ、と思われただろうか。
 私がそう考えて目を伏せていると、さつきは先ほどから変わらない明るい声で、応える。
「なるほど~。 うん。 やっぱり一ノ瀬さんは真面目ですねぇー」
「からかうつもりなら、好きにして頂戴。 馬鹿に無駄なこと考えてることぐらい、自分でも……」
「はい! ストーーップです!!」

突然、さつきが大声をあげる。
真隣で叫ばれて本気でびっくりした私は、思わず石のように固まってしまう。

「一ノ瀬ユキさん!」
「な、なによ」
「私の目を、し――っかり、見てください」
「???」
「顔もちゃんとこっち向けて! ほらほら、早く早く!!」

言われるまま、正面からさつきの顔を見て目をしっかり合わせる。
ベンチに隣り合って座り、顔だけを向けて見つめ合う――まるで、恋人同士がするようなポージングのまま固まっていると……。

突然――――さつきに唇を奪われた。

「…………えっ」
 それは――一瞬の出来事だった。
私は思わず唇を押さえる。

「……さつ……き?」
呆然としてさつきを見ると、いつもより少しだけ赤い頬をして、さつきが言う。

「んへへ……びっくり、しましたか?……あ、ほら、よく言うじゃないですか!“落ち込んだ人には猫騙し“って!!」

「き、聞いたことないわよ…… なによ、それ……。 ていうか、今あなた――な、何をして……」

「まあ、今私が作りましたからね! 知ってたらびっくりしますよ、私が」

さつきは、何事もなかったかのように飄々と応える。

「あ、あなたの頭は一体、どうなってるのよ……」

……多分、さつきは産まれて来た時、神様が間違えて“言語野“と“脊椎“を直列で繋げてしまったのだろう。
 思えば、この子がちゃんと何かしら考えて喋ったり行動していると感じた事は……出会った頃から一度もなかった気がする。
 でも、同時に、そんな彼女に私は何度も、何度も、何度も……救われてきた気がする。

 しかし、それにしても…………。
 私は、思わず唇を指でなぞる。
さっきの感触が甦ってきて――思わず顔が熱くなる。
 私がどうしたらいいのか、とまた俯いたまま時を止めていると、唐突にさつきがベンチから ばっ と立ち上がり、私の手を引いて走り出した。

「さて! 冷えてきてそろそろ限界です! ファミレスにでも移動しましょう、一ノ瀬さん!!」

 走りながら、さつきが声を張り上げる。

「あっ、ちょっと待ちなさいよ! いきなり走り出さないでよ!?」

 私も、負けじと声を張り上げる。

 早坂さつきという存在が放つ“光“が、私に纏わりつく暗澹とした世界や思考の何もかもをいとも簡単に吹き飛ばして――私の心を晴れた青空に変えていくようだった。
 まるで――太陽のような彼女の手に引かれて、私は夜の公園から街へと続く遊歩道を走り続けていた。
 公園から街までは、走ればたった五分弱の距離のはずなのに――どうしてだろう。
 さつきと一緒に走るこの時間は永遠のように永く、永く感じられた。

 私の手を引いて前を走るさつきが走りながら一瞬振り返り、弾けるような笑顔を見せた。
その時、私は――例えこの先、世界が地獄へ向かって行くとしても。
世界の全てが私を置いて行ってしまっても。
さつきと一緒なら、きっと歩いていける、と。
 私はさつきの笑顔を見て――そんな風に思ってしまっていた。

 街は相変わらず季節を先取りしようと躍起になって煌めいていた。
 私たちは、少し気の早い“十一月のクリスマス“のイルミネーションが彩る街中を、二人きりで足早に駆け抜けて行った。

11/6/2025, 2:58:20 PM