秋茜

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お題『時を止めて』

題名「魔法少女も一苦労」

 ある朝目が覚めると、至って平凡な女子高生だった「霧月むく」は――“時間停止能力“という『魔法』を手に入れていた。

 一番に霧月が考えたことは――。
「時間を気にせず片付けが出来る!」だった。
 しかし――。
「ふっ! むっ! ……んぐぎいぃぃぃいぃぃいぃいぃ!!」
 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、霧月は大の字に床に倒れこんだ。

 止まった時間の中では……原理は不明だが、どうやら『床に置いてある物』は動かせなくなるらしい。
 なんなら、ついさっき『床に落ちていた埃の塊につまづいて転ぶ』という一生起こり得ないであろう体験をしたばかりだ。
これでは散らかった本やゲームやらの片付けはおろか、掃除すら出来やしない。

 次に思い付いたのは、“水の上を歩く“
という、子供の頃の夢の実現だった。
魔法少女物のアニメを見るたび、密かに憧れていた夢の一つだった。

 霧月はさっそくうきうきした様子で近くの公園に行き、躊躇なく池の上に飛び乗った。
しかし――。

「……なんか、違う」
 確かに歩けはした。
歩けはしたが――足元の水はなんか気色悪いスライム状になっていて……。
 なんなら、じっとしていると沈んでいく有り様だった。

「……もうやだ」

 霧月は、せっかく手に入れた魔法が“まるで役に立たない“と悟ると、むっと頬を膨らませ、涙を滲ませた。

 ほどなくして諦めたようにため息をついた霧月は、『魔法』を解除しようと手をかざし――。
「……あれ? これ、どうやって解除すればいいんだろう?」

 そう、この魔法は霧月が朝起きた時に――寝ぼけまなこでほとんど記憶もないままに“何か“をした後、発動したものだった。
 発動した条件が思い出せない。それが何か分からなければ――解除なんて出来るはずもない。

「解除! 戻れ! 動け! 時間よ動け! 進め!!……」
 思い付く限りのキーワードを滅多打ちに叫び続けるが――時間は止まったまま世界はびくとも動かなかった。

 まずい。
“朝起きたら魔法少女になっていた件“ならまだしも、“魔法が解ける頃には私だけおばあちゃんになっていた件“など何も嬉しくない。
 というか、自分の魔法で自爆する魔法少女など聞いたことがない。あんまりだ。
流石にひどすぎる。

「誰か……誰か」
 半泣きでおろおろと辺りを見回す霧月だったが当然助けてくれる者などいない。
と思っていた――その時だった。

「――あなたも魔法を使える、の?」
 後ろから、か細いウィスパーボイスが聞こえた。
 振り返ると、そこには宙にふわふわと浮いている色白の美少女がいた。
年は……小学生?女児?
「……高校生。 あなたと同じ、年? かな?」
「テレパシー!? あなた二つ魔法を使えるの?」
「口に出てた」
「あ、ごめん……。 えと、私霧月。 霧月むく! よろしくね!」
「……私は、南雲さなえ。 よろし、く」
 霧月の失言で一瞬ぴりついた空気を誤魔化すように早口で自己紹介をし、それに南雲が応えて言葉を返す。

――助かった!!同じ“魔法少女“に目覚めた子がいたんだ!!
 と一瞬、霧月は喜んだが――さっきから“あること“が気になって仕方なかった。

「あの……南雲さん、何でさっきっからずっと“宙に浮いたまま“会話してるの……かな?」
 しかも、ずっと階段三つ分くらいの微妙な高さに浮いたままで、南雲は会話を続けていた。
 嫌な予感はしつつも、余りの不自然な光景に霧月はスルーしきれなかった。
 返ってきた答えは――。
「……降りられなくなった、の」

しっかりと、予想の通りだった。

 でしょうね、と霧月は大きくため息をついた。
 予想通りで……しかし、あんまり聞きたくなかった答えがか細い声で返ってきた。

「……私は、ちょっと身長を高くしたかった、だけなのに……およよよ、よ……」

 無表情のまま声だけで妙な泣き真似をする南雲にツッコむ気力も沸かず、霧月はその場にへたりこんだ。その時だった。

「困っているようデスね、二人とも」

 凛とした、よく通る声が空気を変える。
二人が振り返ると、金髪のロングヘアーをたなびかせた長身の美少女がいつの間にかそこに立っていた。しかし。

――まーた、へんなのが増えた……。
 霧月はもはや一切の期待を捨てて、この時の止まった地球で朽ち果てる覚悟を心の中で決めつつあった。

「私はノア=フレンフォートと申しマス。 そこの教会でシスターやってル。 あこれ名刺デス」

「あ、ども……」

 反射的に受け取った名刺には、ずいぶんポップな字体で『アナタの懺悔、聞かせてくだサイ! 今なら初回無料デス♡』
と書かれていた。なにこれ。

「え、初回ってことは次からお金取るの?……生臭シスターじゃん……」
「何カ?」
「いいえ、何も」
危ない、また思わず口に出てしまった。

 霧月は、また早口で話題を変える。
「あなたは……どんな“魔法“を使えるの?」
 霧月が単刀直入に聞く。

 ノアさんはもしかしたら“半端に宙に浮いたまま降りられなくなったり“、“寝ぼけて発動した魔法が解除出来ず半泣きで助けを求めて彷徨い歩く“ような、そんな間抜けな“魔法少女“でない、かもしれないと。
一縷の望みを持って答えを待つ。

 ふと、さっきから全く会話に入ってこない南雲が気になり、ちらっと横目で見ると……南雲は宙に浮いたまま――居眠りし始めていた。
 この状況で凄まじい胆力だ、と霧月は感心するしかなかった。

 霧月は再びノアを見る。
少し考えてから、ノアが口を開く。
「私の“魔法“はそうデスねェ……。 “要らないと思ったものを消す魔法“、みたいなカンジでショウか?」

 ……想定外に凶悪な魔法だった。
“時間停止“、“空中浮遊“、ときてまさかの“世界滅ぼせる系“とは……神様の考えることは人間には理解できない、と霧月は思った。

「……使ったん……ですか?」
霧月は思わず聞いてしまう。

「ん~……使った記憶はナイんデスけどねー。 どうナンでしょうネ?」

 とりあえず、彼女だけは怒らせないようにしようと霧月は思った。
 そこでふと、霧月は“あること“を思い付いた。
「あの」
「何でショウ?」
 霧月は、一呼吸置いてから思い付いたことをノアに切り出した。

「――魔法、“要らない“と思いませんか?」

その瞬間、世界が反転し、暗転し、霧月の意識は宇宙へと放り出された――。

 いつもの朝。気だるい朝日がカーテンの隙間から差し込む午前のひととき。
 やかましい目覚まし時計を叩けば、しんと静まり返る何時もの朝の時間が訪れる。

「……戻って、これた?」

 鳥のさえずりと町の営みの音が、一日の始まりを告げる。
見渡すと、見慣れた光景――散らかった自分の部屋が広がっていた。

「へんな夢、だったなぁ……ほんとに夢だったのかな? いや、流石に夢か」
ベッドの上。布団の中で霧月は独り呟いた。

――ともあれ……やっぱり、魔法なんて漫画のなかで見るのが一番だ。

 霧月は、伸びを一つするとベッドから起きあがり、カーテンを開けた。
 まぶしい朝日が迎えてくれる、日常の始まりを感じる瞬間。

「やっぱり、普通が一番いいや」
 霧月はそう呟くと、制服に着替えて支度を済ませて学校へ向かう。
 玄関を開けると、そこには見慣れた遊歩道と桜並木が出迎えてくれた。

11/5/2025, 4:36:47 PM