お題:秘密の標本
タイトル『それはどうなの、しののめさん?~学校一の美少女委員長が、オカルトマニアで変人だった件』
“プロローグ“
――東雲 はるか(しののめ はるか)
腰まで届く長く艶やかな黒髪に、凛とした真っ直ぐな視線とその姿。
彼女は、この学校一の美少女であり、『文武両道の大和撫子』なお嬢様でクラスでは委員長を務めている。
校内には男女混合のファンクラブが存在する程で。しかし、あまりに眩しすぎて妬むものすら一人もいない。
まさに地球最後の清廉潔白にして唯一無二の希少な存在だ。
……しかし――それはあくまで『表の顔』でありまして……。
「ねぇ……清一郎さん。 今日も私の家に来てくれますか?……また、どうしても『見せたいもの』があるの――」
放課後――。
帰り際。誰もいない教室。
隣の席で荷物を纏めている俺の耳元に顔を寄せて、色っぽくくすぐるような囁き声で用件を伝えて立ち去る東雲はるか。
俺は、『いつものアレ』がまた始まるのか……とため息を付きつつも――結局は好奇心から誘われるまま彼女の家に招かれてしまう。
彼女は自宅に入るなり、足早に靴を脱いで奥の部屋に入っていき、こいこいと俺に手招きをする。
そこは彼女の自室であり……『二人だけの秘密基地』でもあった。
「……もう何百回も見せてますけど……やっぱりいつもドキドキしますね……」
はるかが、そう言って――奥の襖を一気に開けた。
かなり広い和室の中には――右手の棚にはずらりと並ぶ、西洋人形。
左手の棚には、同じくずらりと並ぶ日本人形がこちらを見つめている。
そして、正面の壁には……用途不明のオブジェのようなものから、南米のお土産みたいな嫌にでかい不気味なお面が丁寧に飾られていた。
「今日見せたかったのは~……そう、これです! 『実際に使われたらしい中世の拷問器具』!! で……こっちは『夜な夜な髪の毛が伸び縮みする日本人形』!」
はるかは弾むような声で、まるで生まれたばかりの我が子を愛でる母親のように、満面の笑顔で日本人形を抱きあげて愛おしそうに髪を撫でている。
「うふふ、可愛いでしょう? この子たちの禍々しいオーラ……マイナスイオンより癒されますわぁ……」
そう。彼女の『本当の顔』――彼女が「変人に片足突っ込んだレベルのオカルトマニア」だと言うことを知っているのは……地球上では、彼女の幼馴染みである俺――「八雲 清一郎」ただひとりだけだと思う。……多分。
第一章“秘密の標本“
七月のはじめ――。
本格的な夏の訪れを伝えるかのように太陽が張り切りはじめ、雲一つない青空の下で蝉たちが一斉に鳴き始めていた。
そんなアウトドア日和の“東京“の今日この頃を無視して、幼馴染みである「東雲 はるか」と「八雲 清一郎」の二人はクーラーの効いた室内で日曜日を過ごしていた。
「あの……清一郎さんは『どの子』が一番お好きでしょうか?」
はるかが振り向き、ソファーに座りオレンジジュースを飲んで涼んでいた清一郎に向かって笑顔で尋ねる。
……『どの子』というのは、決してごくありふれた『シリーズもののアニメフィギュア』や『テディベアのコレクション』のこと、ではない。
ずらりと部屋を埋め尽くす――東雲はるかが全国から集めたガチの『オカルトグッズ』の数々のことである。
人形、お面、アクセサリーに妙な形のオブジェの数々……――。
気のせいか、いつ来てもあちこちから視線を感じるし。
何をどう答えてもどれかから何かしら呪われそうで……清一郎は答えに詰まった。
――はるかがオカルトグッズ集めにはまり出したのは、小学六年生の頃。
丁度――事故で両親を亡くした後ぐらいの時期だった。
最初は清一郎も不気味に思い、はるかの家にまでは行かなくなっていた時期もあったが……。
はるかが嬉しそうに『この子たち』について語る様子をみる内に、再び家に行くようになっていたのだった。
「……そ、それよりはるか。 何かLINE来てたみたいだぞ? 見たほうがいいんじゃないか?」
清一郎が話題をそらすようにはるかのスマホを指差す。
見ると、確かに通知を知らせるランプがさっきから点滅していた。
「あ、ほんとですね。……え!嘘!?やったーーー!!!」
LINEのメッセージを見るや、いきなりはるかが大声をあげ、清一郎が思わず飲んでいたジュースを吹き出しかける。
「な、なんだよいきなり! 脅かすなっての! ……何かあったのか?」
口元をティッシュで拭いながら、清一郎が抗議の声をあげる。
「ずーーー……っと、探してた“秘密の標本“が、東京の古書店にあるって……オカサーの友達からリークが来たんです!!」
「なんだよソレ……本の題名、か?」
「その通り!! うふふ……早く会いたいです……えっと、場所は……」
清一郎も気になり、LINEの表示されたはるかのスマホの画面を後ろから覗く。
「「……え?」」
二人、同時に感嘆の声を出す。
その古書店のある場所は――はるかの家から徒歩五分ほどの、住宅街の只中だった。
「灯台下暗し……うふふ。 まさかこんなに近くに、こんなステキな場所があるなんて知らなかったです……」
夏の日差しが照りつける、閑静な現代建築の住宅が集まるその隙間に挟まるように、その古書店は存在していた。
古びた、木造の倉庫と見紛うようなぼろぼろの小さな一軒家。
まるで時間の止まったようなその存在感に、思わず清一郎は唾を呑んだ。
「お邪魔いたしまーす……」
雰囲気に釣られてか、はるかが少しトーンを落とした声で店の中に入っていく。
清一郎もはるかの後ろから少し遅れて店に入っていく。
店内は背の高い木製の本棚が所狭しと並び、人が一人通るのがやっとなぐらいの狭さで、ほこりと古本の匂いに充ちていた。
照明も、外が快晴の真昼であることを忘れる程に暗く静かで……どこか空気もひんやりとしていた。
奥まで進むと、小さく外から蝉の声が聞こえるだけで、木の床板を軋ませる自分の足音すらうるさいぐらいだ。
「すみませーん……『秘密の標本』という題名の本を探しているのですが……どなたかいらっしゃいませんか~?」
はるかがカウンターらしき場所に向かって声をかける。
しかし――誰の返事もかえってこない。
……それどころか、物音一つ聞こえない。
「……お昼だし、メシでも食いに言ってるんじゃないか?」
自分のスマホで時刻を確認しながら、清一郎が呟く。
「でも、お店は開きっぱなしでしたよ? それって何だかおかしな話じゃないですか?」
確かにはるかの言う通りだ。と清一郎は思った。
失礼ながら、店には特に忍び込んでまで盗みたくなるような物はなさそうだし……単にざっくばらんな性格の店主なのかも知れない。
いや、それでも店を開けたまま何処かに行ってしまうなんて、無用心というよりも不自然まである、か?
そう清一郎が考えていると、後ろからどさん、と重たい何かが落ちるような音が聞こえた。
二人が振り返ると――床に一冊の赤茶けた分厚い本が落ちていた。
……風もないのに独りでに本が? ていうか、あんな重そうな本が勝手に落ちるか?
清一郎が不審に思い足を止めていると、はるかが臆せずに歩を進め、その分厚い古書を拾った。
そして、本の題名を確認したはるかの瞳が、ぱあっと輝く。
「“秘密の標本“……これですわ。 この本です!」
興奮してつい大きな声を出してしまい、はるかが自分の口元を押さえた。
その時――。
「あんた、その本、欲しいのかい」
いつの間にか、二人の後ろに一人の背の低い腰の曲がった老婆が立っていた。
清一郎が思わず飛び上がり後退する。
しかし、やはりはるかは臆せず前に出て、老婆に話しかける。
「私、この本をずっと前から探していまして……おいくらでお譲り頂けますか?」
すると、老婆は踵を返して店の奥へと歩いて行きながら、背中越しにはるかに返事をする。
「変わった子だねぇ……そんな“物騒な本“、処分に困っていたくらいさ。……タダで良いからさっさと勝手に持っていっておくれよ」
そう言って、老婆は返事も待たずに店の奥へと消えて行ってしまった。
「……良いのでしょうか?」
「……いいんじゃないか? 店の主?がああ言ってんだし」
正直、この不気味な場所から一刻も早く出たかった清一郎は、テキトーな相槌を打ってはるかの背中を押した。
「まあ……確かに。 むしろ持って行って欲しそうでしたし。 何よりご好意を無下にするのは失礼ですよね? うん、その通りです。 違いありません、ねっ?」
はるかはぎゅっと大事そうに本を抱えると、自分を納得させるように言葉を並べ立てながら、揚々とした足取りで店の外に向かって歩き出す。
はるかの嬉しそうな様子を見て、一件落着とばかりに清一郎も後に続こうとする、が――。
……“物騒な本“、って何だ?
ふと清一郎の脳裏に先ほどの会話がふと思い出される――とその時。
「おーい、どうしたんですかー? 先に帰っちゃいますよー?」
店の外からはるかに声をかけられ、はっと清一郎は思考を中断し、慌ててはるかの後を追いかけて店を出た――。
はるかの部屋に戻ると、清一郎は柔らかいソファーのクッションとエアコンの涼しい風に包まれて、少しほっとする。
「でもこんなにあっさりと手に入るなんて……何だか運命を感じてしまいます」
はるかがうっとりとした表情で、先ほど手に入れたばかりのお目当てだった本の表紙を優しく指でなぞる。
「はるか……その、喜んでるところなんだけどさ。 その本ってどんな『曰く』が付いてる本なんだ?」
清一郎が、何気無く興味本意で質問すると――。
「ああ、この本ですか? これは『読むと死ぬ』と言われている呪本(じゅほん)ですわ」
あっさりとしたトーンで、とんでもない答えが返ってきた。
「試しに読んでみますか?」
そう言って、はるかが本を開きかける。
「ばっ……やめろ!!」
清一郎が飛び掛かってはるかの手を押さえる。
「うふふ、冗談ですよ? そんなに慌てなくても開いたりしません、大丈夫ですよ」
悪戯っぽく微笑むはるかとは対照的に、清一郎は必死の形相だった。
『読んだら死ぬ本』、なんて確かに非現実的な代物だ。
だが、あのお婆さんの“物騒な本“という謎のワードと、はるかの言った“読んだら死ぬ本“というワードがかっちり噛み合っていて。
清一郎には最早、はるかが手に持つその本が『ラジウム鉱石』並の危険物に見えて仕様がなかった。
「頼むから、早くその危険物をコレクション棚にしまってくれ。 落ち着けやしない」
「あら、ごめんなさい。……でも、もう少しだけよろしいでしょうか? ああ、良い感じの邪気を感じます。 癒されます……」
恍惚としながら呪本に頬擦りするはるかの無邪気な笑顔は、子供の頃――両親を亡くした時の……あの“何処までも続く暗闇のトンネル“を見つめているような絶望は、影も見えなかった。
「その趣味は、まだ理解出来ないけどな……」
嬉しそうに本を掲げて表紙を見つめたり、抱き締めたりしているはるかを苦笑しつつ見つめる清一郎の眼差しはどこか優しかった――。
「あ、落としちゃった」
間の抜けたはるかの声と共に手から本が滑り落ち、床を転がり、ソファーで寛いでいた俺の足に直撃し、思いっきり“ごかいちょう“してしまい――俺の視界は、ばっちり開かれた本を捉えてしまった。
「ぐあああああ!!目が、目があああ!!」
「清一郎さん!! 気を確かに!! 大丈夫、まだ端っこだけ、ちらっと端っこだけです!!」
「バカやろおおお!! ふざけるなあああ!!!」
閑静な住宅街に、二人の絶叫が木霊する。
東雲はるかと八雲清一郎の二人の“秘密のオカルトアイテムツアー“は、まだ始まったばかりで――これからも続いていくのだ。
〆
/11/03/追記※はるかの口調 その他微細な表現を訂正。
11/2/2025, 3:26:29 PM