寂しくて
――全部とんだ、データとんだ、全部水のあわ~――。
不気味な歌を口ずさみながら、
布団の上で“打ち上げられた魚“のように
小刻みに痙攣しているのは駆け出しライターの「北凪あずさ」。
――先ほど、アプリの不具合で
二時間分の原稿データが吹き飛び、
今現在、この姿になっている。
「不具合のないアプリなんてないもの……しょうがないの。 これはしょうがなくない!!!! 私のデータかえして!!!!!!」
すっかり情緒がおかしくなったあずさは、叫びながら跳ね起きると部屋を駆け回りはじめ、
――机に足を激突させて盛大に転んだ。
“死んだ魚のような目“をして、
ついに床から起き上がるそぶりも見せず、
細かく振動しながらさめざめと泣き出すあずさ。
最後の力を振り絞り、
彼女はスマホのAIを起動して、
音声認識で言葉を伝える。
――寂しい。慰めて
ショックでまだ語彙力のブレーカーが
飛んでいる最中の彼女に発せられる、
精一杯の振り絞った心の叫びだったが。
返ってきた答えは――。
『……そうですか! それは良かったですね!!』 だった。
ぼそぼそしゃべったせいで聞き取り損ねたか、もしくはAIの反逆か。
いずれにせよ、
その一言に止めをさされ、
――あずさはそのまま気を失った。
翌朝、
目が覚めた彼女は、
無我の境地で一気に原稿を完成させ、
その足で出版社に持ち込み、
見事にボツになりまた気を失い、
そのまま病院へ搬送されたのは余談である。
これは、
将来―それから何十年後にベストセラーを量産することになる一女性作家の、
過去のある些細な日常の一コマであった。
11/10/2025, 1:32:10 PM