「消えない焔」
某日。とある有名動画配信サイトにて。
「みなさん、ばんこな~『桃源坂こなみ』だよ~。今日もよろしくなのー……」
フード付きのダボついたパーカーを着込み、ピンクのゲーミングチェアにちょこんと収まり、ゲーミングPCに映る配信画面越しに全世界のリスナーに向かってゆらゆらと手を振る女性。
彼女の名前は――登録者数およそ百十数万人の大人気女性ゲーム実況配信者『桃源坂こなみ』。
彼女の配信は、いつも血圧の低そうなダウナーでか細い声とお決まりの挨拶から始まる。
そんな彼女の売りは――外見や振舞いのユルさとは正反対の、暴力的なまでのゲームセンスによる無双プレイ。
彼女はジャンルを問わず、あらゆるゲームを天賦の才で顔色一つ変えずに無双し攻略してしまうことで知られ、同業者からは恐れられてすらいる存在だった。
そんな彼女が珍しく眉をひそめ、元々眠そうな半目をさらに細くして悩んでいる相手は『最新話題の鬼畜ゲー』でも『嫌がらせ目的に作られたバカゲー』でもない。
――日本の古い伝統的ボードゲーム『将棋』だった。
「……こいつつよいし……。 このゲームややこしいかも」
一見、愚痴のようにも聞こえる一言だったが、どこか楽しそうな声色だった。
こなみは以前、2つの違うゲームを同時に実況プレイしながらコメント欄のリスナーと雑談するという、曲芸まがいの配信をなんなくやってのけた事がある。
こなみはエナドリのプルタブを開けると中身の半分を一気に喉に流し込み、その人外レベルの脳のリソースの全てを目の前の画面に映る一つの盤面に投入していた。
――戦形は『角代わり腰掛け銀、新型同形』。
お互いに自陣の空間を計算しつくされた駒の配列により全て埋めて角の打ち込みを消して、最善形を維持しながらパスに相当する手を連打し、相手の自爆を狙う作戦。
現在、最も将棋の終わりに近い場所にある戦法でもあり、ゲームとしての楽しさよりも機械的な解析作業に移りつつある、既に人の手には負えない形でもある。
そんな戦形を、桃源坂こなみはある一人のユーザーと、延々ネット将棋を通じて画面越しに指し続けていた。
総配信時間の半分のおよそ三時間はこのユーザーとの対戦で、現在の戦績は異例の25戦25引き分け、だった。
ルールから初めて僅か三時間でいつものようにネット対局場で無双プレイをかまし、あっさり七段に上がったその時、突然申し込んできたプレイヤーの名前は【Dakusii】。
将棋好きなリスナー達も知らない相手で、しかしこれまでの相手とは明らかに次元が違う強さだった。
AI最善手は当然。こなみの僅か点差-50の一手から風穴を空けてくる指し手。
一手10秒の早指しルールなのに、その内容はもはやプロの二日制のレベルを凌駕していた。
そうして指し続けていると、その相手【Dakusii】からチャットが来た。
『――Dakusii 今日はもう遅いので、勝手ながらまた日を改めて如何でしょうか?』
確かにもう時刻は日付も代わり午前一時を過ぎていた。
ゲーム配信者ならこれからという時間だが、相手が一般人ならとうに寝ている時間帯だろう。
渋々ながら、こなみも了承のチャットを送る。
『Tougenzaka_konami わかりました。本日は遅くまでありがとうございました。また是非教えてください』
『Dakusii こちらこそありがとうございました。とても勉強になりました。またお願いします。』
そのチャットを最後に、【Dakusii】は対局場から退出した。
「……だれだったんだろうね。 鬼つよだった……ね、みんな?」
コメント欄には『バケモンバトル』『もう将棋辞めます……』『恐ろしいものを見てしまった』など、称賛と畏怖が入り交じったコメントが高速で流れ、スパチャも飛びまくっていた。
そんな阿鼻叫喚のコメント欄を眺めながら、ふう、とこなみはため息を一つついて天井を仰ぐ。
――ゲーム配信を始めてから三年。
世界中に手を伸ばせば、きっと見付かると思った『わくわく』も、結局見付からないまま月日が過ぎてしまった。
子供の頃のように、みんなこなみを怖がって遊んでくれなくなってしまった。
でも今、初めて……ようやく、現れた。
やっと、見つけられたのだ。
思い切りの全力を預けられる、そんな相手が。こなみの前に現れたのだ。
「……次はぜっっったい負けない。 引き分けじゃ引き下がれない。」
こなみが、飲みかけのエナドリを一気に飲み干して、空になった缶を机に叩きつけた。
「 次は、ぜっっったい勝ち越してやるの……!」
こなみが、初めて感情を顕にし、笑みを浮かべた。
長らく退屈に錆びていた表情筋で作られた笑顔はコメント欄で『魔女の微笑』などと冷やかされてしまったが。
こなみの心に初めて焔が灯ったのを、視聴していたリスナー達も、こなみ自身も確かに感じ取っていた。
――同時刻、都内某所のマンションの一室。
「えーっと……『こちらこそありがとうございました。とても勉強になりました。またお願いします』……と」
旧式のPCを前に、事務椅子に座り、辿々しい手つきでキーボードを叩く、眼鏡を掛けた中年の男性がそこに居た。
「あっ。 来月の三日はいよいよ名人位のタイトル防衛戦の一日目か……早いなあ、年月の流れは」
彼は、独り言を呟きながら席を立ち、別室で現実の将棋盤で駒を並べ始めた。
……娘に教えてもらって、何とかパソコンを使えるようになったけど――苦労したかいがあったな。
あんなに強い人が居るなんて。これなら、退屈のしようが無さそうだ。
しかし、それにしても……。
一枚の駒を音もなく指先でつまみ上げ、盤上に向けて一閃。振り下ろす。
真っ直ぐに盤に指された指先がしならせ弾いた駒音は、まるで彼の心に呼応するかの如く高く澄み渡り、部屋に鳴り響いた。
「僕はまだ、入り口にも立って居なかったんだって……。 この年になって気が付かされるなんて……将棋はなんて面白くて、深くて、広い世界なんだろう」
齢、50と少しの男性が、少年のような瞳で盤上を見つめていた。
プロ入りから30年。未だ勝率八割の全タイトル独占経験者。
その長い、長い、孤独の戦いの中で凍えかけていた彼の心の中にも――また消えない焔が灯る音が確かに聞こえた。
「終わらない問い」
午前三時。
微睡んでは覚め、また微睡んでは覚めを繰り返すある日の夜。
私は眠ることを諦め、ただ横たわったまま朝が来るのを待っていた。
小夜時雨が窓を濡らす音だけが部屋を満たす、静かな夜だった。
こんな夜ほど、いつにも増して忘れていたことを取り留めもなく思い出すものだ。
どれだけ彩られた日々を過ごしてきたとしても、いつかは遠花火の残響のように殆どのことは忘れ去ってしまうものだけれど。
でも、大切なことだけは、昨日のことのように思い出してしまうものでもある。
戻れはしないのに。ただ、いたずらにノスタルジーを掻き立て感情を揺らす、甘暗い過去の残映。
もう同じ世界にいない、大切な人の冷たい温もり。
私はその幻日のような全てを抱き締めるように布団の中で身体を丸め、後悔と闘うように終わらない問いを繰り返しては打ち消し、ただ雨の降る音に身を委ねようと努め続けながらひとりの夜を過ごしていた。
そうしているうちに、気が付くと窓の外は明るくなり始めていた。
相変わらず降り続く雨と寝不足が寄越した気だるさを背中に背負いながら、私は日課のコーヒーを入れる為にゆっくりとベッドから起き上がった。
私はあと何年、何十年先も、眠れぬ夜の度に終わらない問いを繰り返して過ごしていくのだろうか。
そんな憂いを吹き消すように、薄明かりの射し込むカーテンを引いて窓を開け、秋の寒空を部屋に招き入れた。
時折、雨の匂いが混じる風が吹きこむ中、まだ熱いコーヒーを少しずつ飲みながら、窓の外の変わらない景色を眺める。
私はまた新しい朝を迎え、訪れた今日を生きていく。
「揺れる羽根」
図書館の一番奥。
決まった時間、決まった席にいつも座っている女性がいた。
彼女の見た目は、目深にフードを被り、いつも同じような格好をしている以外は特に変わっているという程ではなかったが。
それよりも気になったのは、彼女の読んでいる本のタイトルが、いつも微妙に変わっているものばかりだった事だ。
一週間ほど前に見た時は……。
確か――【突き刺さったスプーン】とかいうタイトルの本を読んでいたし。
三日前は【止まったコーヒーカップ】だったかな。
そして今日は【揺れる羽根】というタイトルの分厚い本を真剣な眼差しで読んでいる最中だ。
彼女の年齢は私と同じくらい……二十代前半か。もしくは十代後半ぐらいに見える。
そのくらいの年なら、漫画やライトノベル。
もしくは、もう少し爽やかな恋愛小説でも読んでいそうなイメージがあったが……。
まあ『自分の常識 他人の非常識』というやつだろうか。
私は少し離れた席に座り、読んでいる最中のラノベに視線を戻した。
暫くすると、本を閉じる音が聞こえた。
あの分厚い本をもう読み終わったのだろうか。
ふう、と息をつくと、彼女は席を立って近くの本棚に本を戻した。
――【揺れる羽根】か。
内容が気になった私は、その本を棚から取り、席に戻る。
少しわくわくしながら、私はその本を開いた。
―――――――――――――――――――
半分ほど読み進めた辺りで、私はそっと本を閉じ、棚に戻した。
本の内容を要約すると『これから出荷される運命にあるオス鶏とメス鶏の悲恋』を描いた小説だった。
……私は内容より先に、このテーマで長編を書き切った本の著者に感動を覚えた。
同時に、私の心の中では「一生出会わないであろう世界に触れてしまった感動」と「時間を返して欲しい」という率直な気持ちが隣り合って座っていた。
それから、数日後。
相変わらず彼女はいつもの時間。決まった席に座り、本を読んでいた。
タイトルは――。
「……気になりますか?」
気が付くと、彼女はくすりと笑みを一つ浮かべ、こちらを見ていた。
どうやら、本のタイトルが気になりすぎて、いつの間にかじっと見てしまっていたらしい。
「あ……ごめんなさい」
ばっちり目があってしまい、顔が赤くなる。
私は誤魔化すように、自分が読んでいたラノベに視線を戻した。
すると、暫しの間を置いて彼女の方から話し掛けてきた。
「……よろしければ……私、お店。 古本屋をやっておりまして」
彼女が、すいっと一枚の電話番号と住所の書かれたメモを滑らせるように差し出して来た。
「今度は、是非私のお店にいらしてください。 私が喜びますから」
妙な言い回しで伝えたいことだけを伝えて、彼女は席を立ち、その足で図書館を出て行ってしまった。
「綺麗だったけど……ミステリアスというか、変な人だったな」
メモには、お店の名前も書かれていた。
そのお店の名前を確認した私は……とりあえず、彼女は酔狂や暇潰しでテキトーに本を選んでいたわけではなかった事だけは理解できた。
なんとなく彼女の存在に興味を持った私は、自分の読んでいた本を棚に戻し、図書館を後にした。
「事実は小説より奇なり」
とは、誰の言葉だっただろうか。
私は自分の心が揺れる羽根の様に踊っているのを感じながら、秋の遊歩道を歩いていた。
お題:秘密の箱
タイトル「魔女ロゼ・アルマーニャと呪いの箱の伝説」
―――――――――――――――――――
:プロローグ【国家魔女試験】
「えー……受験番号666番、ロゼ・アルマーニャ。 前に」
「は、はい!」
――ここは【ラインベルト王国】の首都「マルゼンバルト」中央広場。
晴天の下、大聖堂前の広場に集まる人々は、皆どこか緊張した面持ちで並んでいる。
それも当然だ。
なぜなら、今日この場所では名誉ある「国家魔女資格」を得るための選定試験が行われているのだから。
国家魔女――それは、疫病や襲い来る魔物などから人々を守る才ある魔女達の集いにして全ての魔女の憧れ。
「では、準備は宜しいですかな? 良ければ早速始めなさい」
貫禄のある声で、試験官の一人がロゼに呼びかける。
ロゼはこくりと頷くと深呼吸をひとつ、前を向く。
空に手をかざし、意識を集中させ、並べられた的に狙いを定め詠唱を始める。
『大いなる数多の神々よ……』
詠唱と共にロゼの周囲に魔力の奔流が生まれ、頭上に集まって行く。
「おお……これは……」
試験官も群衆も、ロゼから感じる凄まじい魔力に圧倒され、思わず息を飲む。
『その叡智を我に今授けたまえ! さればその力で恐るる全ての災厄を消し去りたもう!!』
ロゼの頭上に渦巻く魔力の塊は、放つ波動だけで地鳴りを起こし、どんどん膨らんでいく。
群衆がわっ、と歓声を上げる。
試験官も思わず身を乗り出し、ロゼの魔法に目を見開く。
『我の命に……呼応し! 立ち塞がる魔を払い道を開け!!』
ぽむっ――。
「……ん?」
群衆と試験官全員が呆気に取られる。
あれだけ派手な雰囲気から放たれたのは、ちょっとした火花と煙だけだった。
「あはは……ちょっと押さえすぎちゃいまして……。 その、もう一回やらせてもらえたりとか……」
「……666番、もういい。 帰りなさい」
「そ、そんなあ……」
ロゼは泣きそうに顔をくしゃくしゃにしながら、肩を落としてその場を立ち去った。
:第一章【ロゼ・アルマーニャ】
「ああ……なぜ私はいつもこうなるのかしら……」
町の端にある小さな酒場のカウンターで、ロゼは「不合格」の太鼓判が押された羊皮紙を片手に握り締めながら、独りでミルクを喉に流し込んでいた。
……あの試験官たちと群衆の冷たい視線は、暫く夢に出そうだった。
「あ~あ! 魔力には自信あるのに全然制御出来ないし! ……思いっきりやるわけに行かないしなぁ……」
――実は、ロゼは伝説の大魔法使いの家系に生まれた魔女だ。
扱える魔力の量だけなら、王国中を探しても並ぶものは居ないだろう。
しかし、逆にそれが仇になり、制御が全く効かないのだ。
昔、小さい頃に『指先から蝋燭程度の火を灯す呪文』を唱えた時には、隣町から見える程の火柱が上がり大騒動になった事もあった。
それから、ロゼは限界まで魔力を押さえる訓練をしてきたが……成果は出ず今日に至る。
「……私も、おばあちゃんみたいな立派な国家魔女になりたかったのになぁ」
ロゼはため息を一つついて立ち上がり、革袋から銀貨を数えて出し、カウンターに置いて店を出た。
酒場から出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
ランタンに火を灯し、我が家を目指して歩き始め――。
「んぎゃあっ!!」
道に落ちていた何かにつまづいて、盛大に転んだ。
「あ~もう! 今日はほんとに散々! イヤーっもう!! ……むきーっ!!」
鬱憤が限界に達したロゼは、道に寝転がったまま駄々っ子の様に暴れた。
酒場の近くだったせいで酔っぱらいと思われたのか、道行く人も何も言わず避けて行くだけだった。
暫くして落ちついたロゼは、自分がつまづいた何かにランタンを向けた。
「……何これ。 何か、嫌な気配……」
そこに落ちていたのは、オルゴールぐらいの大きさの、金属で出来た紫の箱に、どこか禍々しい雰囲気のする金の装飾が施された妙な箱だった。
ロゼが足を引っ掛けて蹴り飛ばしたのにびくともしていない所から、相当に重たい物だと分かる。
「この感じ……まさか」
ロゼが、ごくりと唾を飲む。
箱の隙間からは、絶え間なく邪悪な魔力が微かに漏れ出ていた。
次の瞬間――耳をつんざくような咆哮と悲鳴が、町のあちこちから聞こえた。
―――――――――――――――――――
第二章【襲来】
【精霊の加護を我が手に! 大地よ! 鳴動し邪悪を退けよ!!】
国家魔女たちが隊列を組んで大魔法を詠唱する。
首都マルゼンバルトの夜空に、真昼のような閃光が連続して炸裂し、轟音が絶え間なく鳴り響いていた。
――それは、突然の出来事だった。
首都全体を囲む様に大地が裂け、おびただしい数の魔物達がそこから這い出し、町を襲い始めたのだ。
逃げ惑う人々。
倒せども数を増す魔物の群れ。
押され、倒れていく兵士と国家魔女たち。
町はもはや、収拾困難な状況に陥りつつあった。
「避難を!! 早く!! こっちに!!」
兵士たちが、市民を中央広場に誘導する。
全方向から魔物の群れが町を囲んでおり、もはや逃げ場など何処にも有りはしなかった。
その頃、ロゼは、町で一番高い時計塔の最上階を目指して駆け登っていた。
「あの箱……! 確か、おばあちゃんの本にあった……」
本には確かこう記されていた。
『災厄が訪れるその時、その地には何処からともなく【箱】が現れる。
その箱には、この世界の全てを滅ぼす呪いが詰まっているのだ』、と。
息を切らしながらも、何とか時計塔の最上階にたどり着いた。
だが……眼下には、悲惨な光景が広がっていた。
「そんな……こんなことって……」
町は、あちこちから火の手が上がり、壊滅状態だった。
国家魔女たちの魔法ももはや中央広場を守るのが精一杯の様子だったが、魔物の数はさらに勢いを増していた。
その光景を見て、ロゼは覚悟を決めた。
「私が……やるしかない!!」
ロゼは、生まれて初めて自身の魔力を全て解放した。
身体がバラバラになりそうな程の膨大な魔力が際限無く溢れてくる。
【……大いなる数多の神々よ】
魔力が、ロゼの周りを渦巻き始める。
異変に気がついた魔物達が、一斉にロゼの居る時計塔に向かってくる。
しかし――中央広場からの援護射撃が、魔物達の足を止めた。
「誰だか知んないけど、何この凄まじい魔力の波動……!」
「この魔力……何処かで?」
「――っ! あの時計塔に近づけさせるな!!撃ちまくれ!!」
中央広場から、国家魔女たちの叫ぶ声が聞こえる。
その隙を逃さずに、ロゼは最大火力の魔法を詠唱する。
【その叡智を我に今授けたまえ――さればその力で恐るる全ての災厄を消し去りたもう!!】
激しい魔力の波動が衝撃波となって絶え間なく空間を切り裂き、もはや魔物達は近寄る事すら出来なくなっていた。
【我の命に……呼応し! 立ち塞がる魔を払い道を開け!!】
ロゼが天高く右手をかざすと、時計塔を中心にして、まるで隕石が衝突したかのような衝撃波と閃光が夜空に爆ぜ、魔物の群れを一匹残らず消し飛ばした――。
―――――――――――――――――――
:エピローグ「未来」
あれから数年の時が経った。
あの日の出来事は『伝説の大災害』として歴史に刻まれ、町には至るところにその痕が遺されていた。
中央広場には、あの時犠牲になった多くの人たちを弔う為の石碑が建てられていた。
そして少し離れた所にある時計塔前には、町を救った『伝説の魔女』の像が建てられていた。
あれからロゼは、自身の全ての魔力を注ぎ放った大魔法の反動で殆どの魔力を失ってしまって。
せいぜい、指先に蝋燭程度の火を灯すのが精一杯なくらいになってしまい……国家魔女は諦めざるを得なくなってしまった。
そんなこんなで色々あって、現在ロゼは町の外れにある小さなパン屋で働いていた。
「ロゼー!? 焦げてるっ! てかパンが燃えてる!!」
「わーーー!? 水、水、水ーーー!!」
伝説とは、その名の通り遠い遠い過去から未来へと伝えられていくもので。
それが嘘か本当かなんて、誰にも確かめようがないものが殆どだ。
しかし、少なくともこの町を救った伝説の魔女は、今日もこの町の片隅で、誰もあずかり知らない所でこっそりと平穏に暮らしているのだった。
お題「無人島に行くならば」
タイトル「そうなんですよ、この三人で」
「なぁなぁ。 もし無人島に行くとして……一つだけ持って行けるとしたら、何持って行きはります?」
夜月 奏(よづき かなで)が、長い黒髪を丁寧に結いながら、はんなりした口調で右隣に座る友人に問いかける。
「そうですねぇー。 とりあえず、ゲームとお菓子! かな? あっ、あと日焼け止めとかも欠かせませんよね~。 あとは――」
三人の真ん中に座る、問いかけられた友人A。
水白 春花(みずしろ はるか)が、早口に動きの激しい身振り手振りを交えて好き勝手にまくし立てる。
「……いやいや、一つだけっていわれたじゃん。 話、聞いてないでしょアンタ。 バカなの?」
左隣に座る春花の饒舌を、日ノ坂 陽子(ひのさか ようこ)が鋭いツッコミを被せて中断させた。
いかにもファミレスで駄弁る仲良しJD(女子大生)三人組と言った雰囲気だが、周りをみればそんな日常のワンシーンでないことは直ぐに分かる。
――さんさんと輝く太陽。
――眩い白い砂浜に何処までも青い海と空
――大破した小型ボートの残骸
――砂浜に書かれたでっかい「SOS」
――そして、横並びになって膝を抱え座りこむ三人のJD。
……つまり、この三人。
現在、リアルに無人島にて遭難真っ最中なのだ。
―――――――――――――――――――
――とある8月の日のこと。
太陽が眩い、常夏の海と空の下。
奏の運転するクルーザーが、三人を乗せ、風を切って海上を走る。
海風が少し髪をベタつかせるが、そんな些細なことなど一切気にならないほどの絶景が広がり続けている。
良いところのお嬢様である夜月 奏の所有する自家用クルーザーに乗っての、奏と春花と陽子のJD三人組での友情旅行は、きっと楽しい思い出になるはず、だった。
「ねぇ! あの島、景色めちゃ綺麗じゃない? もっと近付ける、かなちゃん!?」
春花がぴょんぴょんと小さく跳ねながら、
少し向こうに見える島を指差した。
「ええよ~? ほな揺れるさかい、しっかり掴まっとってなぁ~」
奏がぐいっと舵を切る。
クルーザーが旋回し、春花の指差す島を目指してまっしぐらに進む。
「ヨーソローーー! このまま島まで突き進めぇーい!!」
「春花マジ声でっっっか! うるさっ」
陽子が片耳を押さえながら、ハイになって叫ぶ春花から少し距離を取る。
次の瞬間――激しい衝撃音と共にクルーザーが跳ねて空を飛んだ。
島の周りを囲む、水底に隠れた岩礁に乗り上げてしまったのだ。
クルーザーは勢いを殺さず、緩い放物線を描いて島の砂浜に突き刺さり――真っ二つに大破した――。
「……ああ、海、きれい、ダナー」
現実逃避にふける陽子が力なく呟く。
先ほど「無人島に一つ持って行けるとしたら」なんて下らない話をしていたが、現実は更に悲惨で。
クルーザーが大破した衝撃で荷物などは全て吹き飛び、海底に沈み、一つどころか全ロスである。
今あるのは命と身体と着ている服だけだ。
「まあ、奇跡的に皆さん無傷ですんだんやし。 「万事塞翁が馬」ともいいはりますやん? きっとこのあとええことありますよ~。 多分」
「この状況なら、「骨折り損のくたびれ儲け」のほうがピッタリじゃないのか?」
「くたびれも立派な儲けのうちやって~。 元気出してーや、陽子ちゃん♡」
「……お前の骨とか材料にして『いかだ』作れないかなって考えてるんだけど、どう思う?」
奏の励ましてるのか煽ってるのか微妙なラインの言葉に、陽子が顔中のシワを眉間に寄せて言葉を返す。
「まあまあ、二人ともギスギスしないで! 何とかなるよ! 知らないけど!!」
もはや何か言う気力も萎えた陽子は、大きなため息をついてからゆっくりと立ち上がり、森に向かって歩き始めた。
「まあこんなとこで座ってても確かに何も変わんないし……とりあえず何か使えるものでもないか探しに行こうか」
「おお、いいねー! 冒険の始まりだー!」
「春花はん、こないな時でも元気やね~。 励まされますわぁ~」
春花のハイテンションなシャウトと奏のテキトーな相づちを聞き流しながら辺りを見渡していると、妙なものを視界に捉えた。
「……石碑? いや何だろうあれ」
近付いてみると、穏やかな顔をしたお地蔵さまにも見えるそれは、まるでこの島を守るように海に向かって置かれていた。
明らかな人工物。
――もしかしたら、人がいるかもしれない。
陽子の胸に期待が沸き起こった。
春花と奏も同じく顔を綻ばせていた。
「かなちゃん! ようちゃん! これって明らか誰かが作った感しない!? てことはここ、無人島なんかじゃないんだよ!」
そう春花が言う傍ら、奏が少し不安そうな顔に変わる
「いうて、もし誰かがここにいてはるとしても……その誰かがうちらのこと歓迎してくれるとは限らへんよな……」
ピタリと三人の時が止まる。
確かに奏の言うことはもっともだ。
逆に、その誰かに敵と見なされて襲われたりしたら?
非力なJD三人では、なすすべもないだろう。そうなったらどうすれば――。
陽子が考え始めたその時だった。
草が掻き分けられる音がして、何かが這い出してきた。
三人に一斉に緊張が走る。その時だった。
「……お父さん?」
奏が、声を上げる。
「は???」「お、お、お父さん?」
春花と陽子が同時に間の抜けた声を出す。
「あれぇー?奏じゃないかぁ。 こんなところでなーにしてんだ?」
奏に「お父さん」と呼ばれた人物は、まるで近所の道端で偶然出くわしたくらいのテンションで軽く返す。
よれよれのアロハシャツの襟を直しながら、その男性は重そうなリュックを砂浜の上にそっと降ろした。
「こないなとこで~はこっちのセリフやわ! ほんまに何してはりますのお父さん!!……てかいややわ~もうなんなんその格好!? ダサすぎひん!?」
奏が珍しく慌てた様子で騒ぎまくるが、全てスルーされる。
「お、隣のお二人さんは奏の友達かな? 奏がいつもお世話になってます」
ぺこり、と軽く頭を下げる奏の父親に、慌てて春花と陽子もお辞儀を返す。
「えっと……私たち、三人で奏のクルーザーに乗ってて。 それで事故っちゃって……えっとこれってどういうことでしょうか?」
陽子が駆け足で状況を説明して質問する。
「……あー、なるほどね。まあ、奏は運転下手くそだからなあ。 良かったなあ三人とも無事で! はーっはっは!!」
「はーっはっはー、やあらへんて! だから……何でこないなとこでお父と合わなあかんの!?」
奏の慌てるのとは対照に、奏のお父さんは落ち着いて事も無げに答える。
「奏、忘れたのか? ここは――俺が持ってる避暑地の一つだぞ?」
「「「……はい?」」」
三人の声が見事にハモる。
「てか、ここら辺の島は大体うちのグループが買い取ってるからなー。はっはっは!!」
「あっ、あと奏。 クルーザーの十個や二十個ぐらいまた買ってやるから! な? 落ち込むな! せっかくだし、三人で楽しんで行きなさい!」
「それで落ち込んでるんとちゃうわ!!」
「あの……えっと……え???」
「と、とりあえずバカンス続行! ……で良いのかな? とりあえず助かったー!! ヤッホーい!!」
「いや、呑み込み早いって! 何だコレ……」
ため息をついて脱力する陽子と対照的に、元気を取り戻した春花は意気揚々とはしゃぎはじめた。
「あ。 三人とも、迎えのヘリは何時でも呼べるからなー! あと別荘はこっから真っ直ぐ徒歩十分ぐらいだからな。 野宿なんて危ないことするんじゃないぞ?」
「あの、ちなみにあそこのお地蔵さまみたいなのは……?」
「ああ、あれか? あれは俺が掘った作品だ! どうだい?良い感じだろう?」
「いややわ……もうアカン……恥ずかしすぎる……」
頭を抱えてへたりこんだ奏を尻目に、
良かったなー、良い友達が出来て!わっはっはっは~!
などと言いながら、奏のお父さんはまた草を掻き分けて森へと帰って言った。
ひとりで大型犬のように無邪気に浜辺を走りはしゃぐ春花と、まだへたりこんだままガックリうなだれて両手で赤くなった顔を押さえて動かない奏を交互に見ながら、陽子は浜辺に座り、一息つく。
「まあ、終わり良ければすべて良し、……なのかな?」
気軽な気持ちとノリで出発した三人の旅行は、とんでもないハプニングの末、ぶん投げたようなオチに収束してしまったが。
陽子の心は、なぜかわくわくとした楽しさに満ちていた。
「かんにんしてな~……。 もう帰ったら二人とも何っでも好きなもんこうてもろてええから。何でも 好きなもん食べさせたるから……」
「いいって、そんなん。気にしないでも……お~い、春花ー! あんまり離れたら危ないよー! 戻ってこーい!!
」
すっかりしおらしく、というかしなしなになってしまった奏の頭を撫でつつ、点にしか見えないほど遠くまで行ってしまった春花に陽子が大きな声で呼びかける。
「……万事、塞翁が馬、か」
本当に何が起きるかわからないのが人生というものなのだな、などと陽子は悟りを得た気持ちに浸りながら、広がる海の向こうの地平線を眺めた。
この島から戻ったら、またいつも通りの日常が始まり、続いていくのだろう。
そしていつか、ひとり退屈に埋もれる日があっても。
何もかも嫌になるくらい悲しい日がやって来ても。
今日この日の三人で出会った非日常な体験は、いつまでも忘れることなく……。
――この楽しさとともに、心に残り続け、私たちを助けてくれることだろう。