秋茜

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「揺れる羽根」


図書館の一番奥。
決まった時間、決まった席にいつも座っている女性がいた。

彼女の見た目は、目深にフードを被り、いつも同じような格好をしている以外は特に変わっているという程ではなかったが。
それよりも気になったのは、彼女の読んでいる本のタイトルが、いつも微妙に変わっているものばかりだった事だ。

一週間ほど前に見た時は……。
確か――【突き刺さったスプーン】とかいうタイトルの本を読んでいたし。
三日前は【止まったコーヒーカップ】だったかな。

そして今日は【揺れる羽根】というタイトルの分厚い本を真剣な眼差しで読んでいる最中だ。

彼女の年齢は私と同じくらい……二十代前半か。もしくは十代後半ぐらいに見える。
そのくらいの年なら、漫画やライトノベル。
もしくは、もう少し爽やかな恋愛小説でも読んでいそうなイメージがあったが……。

まあ『自分の常識 他人の非常識』というやつだろうか。
私は少し離れた席に座り、読んでいる最中のラノベに視線を戻した。

暫くすると、本を閉じる音が聞こえた。
あの分厚い本をもう読み終わったのだろうか。
ふう、と息をつくと、彼女は席を立って近くの本棚に本を戻した。

――【揺れる羽根】か。
内容が気になった私は、その本を棚から取り、席に戻る。
少しわくわくしながら、私はその本を開いた。

―――――――――――――――――――

半分ほど読み進めた辺りで、私はそっと本を閉じ、棚に戻した。
本の内容を要約すると『これから出荷される運命にあるオス鶏とメス鶏の悲恋』を描いた小説だった。

……私は内容より先に、このテーマで長編を書き切った本の著者に感動を覚えた。
同時に、私の心の中では「一生出会わないであろう世界に触れてしまった感動」と「時間を返して欲しい」という率直な気持ちが隣り合って座っていた。

それから、数日後。
相変わらず彼女はいつもの時間。決まった席に座り、本を読んでいた。

タイトルは――。
「……気になりますか?」

気が付くと、彼女はくすりと笑みを一つ浮かべ、こちらを見ていた。

どうやら、本のタイトルが気になりすぎて、いつの間にかじっと見てしまっていたらしい。

「あ……ごめんなさい」
ばっちり目があってしまい、顔が赤くなる。
私は誤魔化すように、自分が読んでいたラノベに視線を戻した。
すると、暫しの間を置いて彼女の方から話し掛けてきた。

「……よろしければ……私、お店。 古本屋をやっておりまして」

彼女が、すいっと一枚の電話番号と住所の書かれたメモを滑らせるように差し出して来た。

「今度は、是非私のお店にいらしてください。 私が喜びますから」

妙な言い回しで伝えたいことだけを伝えて、彼女は席を立ち、その足で図書館を出て行ってしまった。

「綺麗だったけど……ミステリアスというか、変な人だったな」

メモには、お店の名前も書かれていた。
そのお店の名前を確認した私は……とりあえず、彼女は酔狂や暇潰しでテキトーに本を選んでいたわけではなかった事だけは理解できた。
なんとなく彼女の存在に興味を持った私は、自分の読んでいた本を棚に戻し、図書館を後にした。

「事実は小説より奇なり」
とは、誰の言葉だっただろうか。

私は自分の心が揺れる羽根の様に踊っているのを感じながら、秋の遊歩道を歩いていた。

10/25/2025, 4:08:46 PM